農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

誰のために、何のために競ってDNA判定するのか
 15年産のコメが出回るようになってから、民間のDNA判定をする検査会社に分析を依頼するコメが殺到しているという。DNA判定にはいくつかの方法があるが「公定法」はない。そして品種は特定できるが、複数産地の違いを見分けることはできないし、安全性はもちろん品質を判定することもできない。それなのになぜいまブームともいえる現象が起きているのか。その背景を探ってみた。

◆米卸中心に、10月だけで700件超えるコメが

 最近、遺伝子の本体であるDNAによるコメの品種判定がブームともいえる状況にある。首都圏にある大手検査分析会社に聞いたところ、今年10月の1カ月間に依頼を受けた検体数は、200検体を超える2社、100検体以上1社、相当な件数になっていると答えたのが2社だった。正確なところは分からないが、10月だけでおそらく700〜900検体がDNA判定されたのではないかと推定される。11月もほぼ同じような状況にあるという。
 昨年の同じ時期と比べて同じだと答えた1社を除いて、他の4社は「倍以上」「昨年の10月は10検体程度だった」と、今年になって依頼が急激に増えている。
 DNA判定を依頼しているのは、米卸会社、量販店、生協、百貨店、全農県本部・経済連、東北や関東の米主産県(行政)など多岐にわたっている。行政としては大消費地である東京都が「米の表示取締りを強化するため」にDNA判定を取り入れた検査を実施している。
 もっとも依頼が多いのは米卸会社だが、量販店などが検査会社に依頼して、その判定料金の請求書を取引先の米卸会社にまわしているという話もよく聞いた。
 判定料金は「コシヒカリ100%となっているが間違いないか」と、特定の品種であるかどうかを調べるのは1検体あたり2万円前後だ。品種が不明なので特定したい場合は、3万円〜8万円とかなり幅がある。品種判定で、検査希望品種以外と判定された混入品種を特定したりその混入率を調べる場合には、1検体につき4万円〜6万円がかかる。DNA判定にはかなりの費用がかかる。とくに米卸会社のように全国の米を扱うところでは、当然、検査分析する数が多いから、その費用は馬鹿にならない金額だといえる。
 DNA判定にはいくつかの方法があるが、残留農薬分析のような公定法はない。A社で「○○ではない」と判定されてもB社では「○○」と判定されるケースもあるように、それぞれの判定方法に一長一短がある。それでも競うようにしてDNA判定をするのはなぜか。
 その最大の理由は、JAS法が強化され、食品の表示について厳格に運用されるようになったからだといえる。コメの場合の小売段階での精米表示は、JAS法にもとづく「玄米および精米の品質表示基準(13年4月1日施行)」によって、原料玄米の産地・品種・産年を農産物検査証明にもとづいて記載することになっている。例えば、ある品種が100%と表示されている場合でも、他品種が少しでも混じっていれば表示違反となる。

◆国が600検体をDNA判定し表示違反を調査

「コシヒカリ判別ポジキット」による判別例
「コシヒカリ判別ポジキット」による判別例
主要品種群の中にコシヒカリと同じパターンはない

 農水省消費・安全局の食品表示・規格監視室では、現在、表示どおりのコメが消費者に提供されているかを確認するために、単一品種100%と表示して売られている600検体についてDNA判定を含めた調査をしている。DNA判定で他の品種が混じっていることが分かれば、業者に対して必要なすべての書類、データを提出させて分析し、JAS法にもとづいて業者名を公表するなどの措置がとられることになる。どの程度の混入が処分の対象になるのかが問題となるが、「1粒たりとも混入してはいけない」(卸関係者の話)といわれているという。
 国がそこまでいう背景には、次のようなことがあると推定できる。
 昨年12月から今年1月にかけて、東京都は30馬力以上の精米機をもつ37業者が販売したコメについてDNA判定を実施した。その結果「表示と全く異なる品種(銘柄)が使用されていた」(表示米が0%)「価格が安い未検査米や古米などが混米されている」「表示違反が多いとされる魚沼産コシヒカリについても調査を行ったところ、5業者が産地・品種・生産年を偽って販売」していたことが判明し、悪質な6業者を行政処分した。
 これはほんの一例で、こうしたことが長年、一部の業者によって行われ業界では公然の秘密となっていた。しかも、JAS法が強化された以降も表示違反があって、そういう体質が改善されない。そこで「誤魔化しはいっさい許さない」ということになったのではないだろうか。
 さらに、15年産米は作況が悪く米価が高くなっているので、過去の経験から、混米をして利益をあげようとする業者が出てくる可能性が大きいということもあるのではないだろうか。
 国のこの姿勢が米卸や小売業界の「尻に火をつけ」DNA判定「大ブーム」となっているといえる。

◆企業防衛のため判定設備を導入する米卸

 米卸会社がDNA判定するのは、自分たちの商品が間違いないかを確かめ証明するためと、量販店や大手外食などから「自分の店で売っているコメに間違いがないことを証明しろ」という要求があり、それに応えるためにDNA検査をせざるをえない、という2つの側面がある。量販店などからの要求は「仕入先選別政策の一環」とみる関係者もいるが、いずれにしても米卸会社としては企業防衛上DNA判定をせざるを得ないというのが実状だ。自社にDNA判定機を導入した米卸会社もある。
 ある米卸会社幹部は「正直にいえば、われわれ流通業界がいい加減だったからだと思う。しかし今そんなこと(異品種混入)をすれば企業の存続が問われるから、異品種混入などする会社はほとんどないと思う」という。にもかかわらず彼らには大きな心配の種がある。精米工場のラインは、石や虫などの異物を混入させないためにさまざまな装置を装着し複雑になっている。そのために精米後、ラインの中に一定量のコメが残留する。その残留米が次に別の品種を精米したときに混入してしまうというコンタミネーション(コンタミ)問題だ。

◆深刻なコンタミ問題

 「100%」と表示されている以上、多少でも他の品種が混入していれば表示違反だということになる。しかし一般的な精米工場の実状を考えれば「5%以内のコンタミは不正とはいえない」のではないか、と大手検査会社のトップはいう。
 長らく消費者運動のリーダーとして活躍してきた日和佐信子さんも「故意に多品種を混ぜる詐欺行為は許してはいけないが、遺伝子組み換え食品ではコンタミ5%を認めている。コメの場合には、他の品種が混じっていても安全性には問題がないのだから、一定のコンタミは認めてもいいのではないか」という。だが「コンタミを隠蓑に、利益を得ようとしているのでは」という消費者もいる。東京都の場合には表示違反を4つに分類してもっとも悪質な業者を処分したが、国のDNA判定ではどうなるのかが分からないことから、関係者が不安に駆られているともいえる。
 コンタミをなくすには、残留米を出さない、あるいは排出するための装置を新たに投資して設置しなければならないが、「そうした投資にどれだけの卸が耐えられるのか? 再び米卸の再編が始まるのでは」という人もいる。

◆産地にも要求される コンタミ防止とDNA判定

 コンタミは精米工場だけの問題ではない。産地サイドでも起こりうる。だから産地に対して「出すコメについてきちんとDNA判定を」と要求する米卸もある。もっといえば、2品種以上作付けしている生産者のコンバインでも起きる。
 すでにJA全農茨城県本部では、販売力強化と産地として間違いのない米を供給していることを説明するために、「米DNA鑑定施設」を新設し、この11月から稼働させている。また、福島県会津地方の4JAでは生産者が記帳する「米栽培管理日誌」に、播種機・コンバイン・乾燥機・籾摺機などの清掃日を記入することにしている。卸会社から要求されたからではなく「会津米の販売力強化」のために自主的に設けたものだが、消費サイドから生産者に要求される可能性は高いといえる。
 農水省総合食料局食糧部は、産地での品種・等級を検査する農産物検査の今後のあり方として、16年産米から全産地全品種の一定数量を抽出し「DNA鑑定」することを検討している。これが実現し、このデータを流通段階で活用することができれば、産地・生産者の負担を軽くすることができるかもしれない。

◆不正抑止力とはなるが品質はわからない

 詐欺行為は決して許してはならないが、不可抗力的なコンタミまで表示問題の対象にする必要はあるのだろうか。一部の消費者は望んでいても、多くの消費者が望んでいるとは思えない。大手検査会社・ジェネティックID(株)の塙章社長は「DNA判定で品種が分かるので、不正の抑止力にはなります。しかし産地は特定できないし、コメの品質(鮮度や食味)は分かりません」という。
 消費者が本当に望んでいることは、残留農薬など安全性と美味しさなど価格に見合った品質が保証されているかどうかではないだろうか。ごくわずかなコンタミはコメの安全性とは関係ないし、品質を劣化させるものでもないといえる。そこに異常ともいえる熱意とコストをかけるよりも「精米とかコンバインでコンタミが起こりうる状況をきちんと消費者に知らせて理解してもらい、一定率のコンタミを認めるようにする」(日和佐さん)ことの方が消費者にも生産者にも、そして流通関係者にとってもいいのではないだろうか。
 ある米卸会社は「新米の時期だけではなく、毎月、DNA判定を行うことを取引先と約束している」という。そのためのエネルギーとコストを、もっと消費者の望んでいることに使うことはできないのかと一連の取材で痛感したが、それは間違いなのだろうか。

用語解説
DNA 〔deoxyribonucleic acid〕
遺伝子の本体。 デオキシリボースを含む核酸。ウイルスの一部およびすべての生体細胞中に存在し、真核生物では主に核中にある。アデニン・グアニン・シトシン・チミンの四種の塩基を含み、その配列順序に遺伝情報が含まれる。(三省堂「大辞林」より)
(2003.11.27)



社団法人 農協協会
 
〒102-0071 東京都千代田区富士見1-7-5 共済ビル Tel. 03-3261-0051 Fax. 03-3261-9778 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。