農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

韓国の農政と農民(上)
韓国、「直接支払い」で稲作農家を支援
―チリとのFTAではコメを除外―


北出俊昭 明治大学教授
 韓国における最近の農政課題は、わが国と同様、WTO・FTAの国際化対応と米対策の2つに集約されているような感がある。ここでは実態調査に基づき、この2つの課題を中心に、韓国農政が当面している課題について検討したい。

◆所得政策 環境保全も目的に直接支払い

北出俊昭
きたで・としあき
昭和9年生まれ。京都大学農学部卒業。昭和32年全中入会、営農部長、広報部長を経て58年3月退職、同年石川県農業短期大学教授、61年より明治大学農学部教授。「農業協同組合新聞」論説委員。
  1990年以降の韓国農政をみると、中期までの「構造改善農政」(第1段階)、中期以降の「中小農農政」(第2段階)、最近の「所得農政」(第3段階)の3つに区分できるといわれている(注)。このうち第3段階「所得農政」の内容を示したのが表1である。
 韓国では1999年に「農業・農村基本法」が制定された。この法律はUR農業合意後の農政展開と同時に、1997年末の通貨・金融危機に対応するために制定された法律である。この法律は第2条で、食料供給、国土環境保全など農業がもつ経済的・公益的機能の重要性を強調し、あわせて農業人が自立と創意を基に経済的主体として成長すること、農村固有の伝統と文化を保存することなどを基本理念として規定した。
 この「農業・農村基本法」の第3章「農業構造の改善」では「家族農の経営安定」、「後継農業人の育成」、「専業農業人の育成」などを規定しているが、表の「経営移譲直接支払制度」はこうした法律の農業構造政策を先取りしたものである。現在のレートはほぼ10ウオン=1円なので、経営移譲すると1ヘクタール約28万円の助成措置が講じられることになる。
 最近、韓国の農政上でも強調されているのが親環境農政である。「親環境農業直接支払制度」はそのための助成である。環境保全は「農業・農村基本法」でも強調していることで、農地を「国民食糧の安定供給及び環境保全の基盤」と位置づけ、「大切に利用・保全」する必要性を明記している(第19条)。なお、「水田農業直接支払制度」、「米所得補てん直接支払制度」は米政策とも関連するので、詳細は後述する。
 これらに加え、「条件不利地域直接支払制度」がある。これは04〜05年はモデル的に実施し、06年から全国的な実施が予定されている政策である。
 以上のように、韓国でも大きくは農業者、農産物所得、地域の3つを対象とした所得政策が実施されているが、こうした政策方向はわが国とあまり異なっていない。ただ、ここで注目したいのは、「農業・農村基本法」の条文をみるとわが国の「食料・農業・農村基本法」との間に重要な違いがみられることである。
 韓国の「農業・農村基本法」の第39条(農業人に対する所得の支援)は次のように規定している。
 「政府は、農業人の所得及び経営の安定のため必要と認められるときには、次の各号の支援を行う。
 1、零細農等のための支援
 2、土壌等環境の保全のための支援
 3、農業災害に対する支援
 4、農業経営の規模化等構造調整のための支援
 5、条件不利地域に対する支援
 6、その他農業生産と直接関係しない所得の補助」
 このように所得政策の対象を具体的に示した規定は、わが国の「食料・農業・農村基本法」にはみられない。法律の目的や基本理念はあまり異なっていないにもかかわらず、所得対策規定ではわが国と韓国の基本法には大きな差がみられるのである。

表1 韓国の直接支払制度の実施概況
対象名 導入年次 単価 支払条件
経営移譲
直接支払制度
1997 281万ウォン/ha 他の人に経営を移譲した者に支払う
親環境農業
直接支払制度
(環境にやさしい農業)
1999 52.4万ウォン/ha 親環境農業を守る者に支払う
水田農業
直接支払制度
2001 50万ウォン/ha (振興地域) 40万ウォン/ha (その他の地域) 水田の形態を維持する農家に支払う
米所得補てん
直接支払制度
2002 価格が下落した分について一定比率で補てんする 約定を締結し負担金を納入した農家に支払う
条件不利地域
直接支払制度
2006 50万ウォン/ha 条件不利地域の農家を対象に支払う
・04〜05年はモデル事業
・06年から全国的実施


◆FTA交渉 セーフガード発動も盛り込む

 韓国の国会は2月16日、チリとの自由貿易協定(FTA)批准同意案を賛成多数で可決した。その主な内容をみると次の通りである。
 1、米、リンゴ、梨など21品目を関税撤廃の対象から除外する。
 2、唐辛子、ニンニク、タマネギなど373品目はWTO交渉妥結後再協議する。
 3、ブドウは季節関税とする。
 4、桃、豚肉、甘柿など197品目は10年以内に関税を撤廃する。
 5、チョコレート、麺類など545品目は5年以内に関税を撤廃する。
 6、種牛、種豚、小麦など224品目は協定発効の際関税を撤廃する。
 以上を含め、1432の農産物を11に区分し、それぞれに応じた多様な実施策を規定し、別に農産物に限り緊急輸入制限措置を講ずることができるとしている。なお、ブドウの季節関税とは、生産期間である4〜10月は関税をかけそれ以外の11〜3月は無関税とするもので、ブドウ生産への打撃を緩和することになる。また、政府も農家への補償措置を講ずることを決定した。
 このチリとのFTA交渉は交渉開始から妥結までに5年位が費やされた。韓国が最初にチリを交渉相手としたのは、チリは多くの国とFTAを結んでおり、学ぶべきことが多くあると思われたからだという(韓国農民新聞社での意見)。
 しかし、交渉の過程で農業・農民団体および農林議員から強い反対を受けた。このため昨年末から採決が3回も見送られた。批准同意案採決の際には数千人の農民が国会に集まり、警官との衝突事件も起きた。韓国では40以上の農業・農民団体があるが、全国農民団体協議会、全国農民連帯、韓国農業経営人中央連合会などが中心となり、運動を展開した結果である。韓国農民新聞もその一員となり、農業の重要性を訴えた。
 わが国と異なり、韓国では専業農家が多く、農家経済に占める農業所得のウエイトが高い。したがって、農民の間にはFTAやWTOなどの国際化対応にはわが国以上に敏感である。そのためチリとの妥結内容について、政府の努力を評価しながらも今後の影響を懸念する意見も聞かれる。
 しかし一面で韓国は、チリのあと日本、シンガポールとのFTA交渉をひかえている。また、ASEANとも共同研究が始められようとしており、メキシコ、アメリカとの交渉も検討課題だという。その上WTO交渉もある。「農業・農村基本法」でも「農産物貿易及び国際協力」(第5章)を規定している。こうした情勢であるだけに、政府はもとより農業・農民団体の中にも、国際化対応が重要な課題であるとする認識が深まっている。したがって、今後は、国内農業生産の維持発展と国際化対応をいかに調整するか、が課題である。
以下、次号

(注)「WTO体制下の日韓農業の進路」(報告論文集)63ページ (2004.3.31)



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