農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

BSE報道 「中間報告」の政治的利用は許されない
今こそ、消費者・生産者の参加が重要
−安全と「安心」の確保が大前提−
山内一也 東大名誉教授
山内一也 東大名誉教授
 「BSE全頭検査見直し」、「20か月齢以上は除去」「米国産牛解禁へ」――。 9月6日に食品安全委プリオン専門調査会が中間とりまとめを行って以降、マスコミ報道にはこんな見出しがあふれている。牛丼チェーン店が輸入再開に向けてさっそく準備をはじめたとか、一部には今月21日に行われる小泉首相とブッシュ大統領との日米首脳会談で牛肉輸入再開に合意する可能性があるなどの報道まで飛び出した。
 しかし、中間とりまとめ案はわが国のBSE検査体制を検証し、これまでの事実を整理したもの。その事実のひとつとして「これまでの検査では20か月齢以下の感染牛は発見されていない」ことを指摘するにとどまっており、「20か月齢以下の感染牛を現在の検査法で発見することは困難」との記述は科学的根拠がないとして結論から削除することになった。
 このような内容から多くの報道のように全頭検査見直しや輸入再開へと、なぜ、一足飛びに進むことができるのか。中間とりまとめを都合よく解釈し、政治課題解決のために利用する思惑が政府にあることを根拠にした情報なら、それは国民不在の政治だ。また、早期の輸入再開に向けた先走った世論誘導なら、マスコミ報道もまた国民の視点に立ったものとはいえない。
 食の安全・安心確保という重要な問題が、十分な手続きと論議を尽くさず、既定路線を実現するためのまるで「消化試合」のように決められていくことは許されない。
 「BSEのような科学的知見が少ない問題の安全対策の見直しは、消費者・生産者も含めて議論すべき」とプリオン専門調査会委員の山内一也東大名誉教授は話している。中間とりまとめの内容と今後の課題を考えた。

◆「20か月齢以下」の安全性は判断できず

 6日に提出されたとりまとめ案では当初、「20か月齢以下の感染牛を現在の検出感度の検査法によって発見することは困難」との記述が入っていた。
 しかし、委員からは「これまでの全頭検査では20か月齢以下の感染牛は見つかっていない、ということが言えるだけ」、「異常プリオン蓄積には個体差がある。月齢で割り切ることがなかなかできない」など科学的ではないとの異論が出て「20か月齢以下の発見は困難」という記述は削除することになった。
 とりまとめ案の修正は吉川座長と金子座長代理に一任され、9日の食品安全委員会には以下のような結論が報告された。
 (1)これまで約350万頭の検査によって9例の感染牛が発見され、そのうち2例は21、23か月齢。この事実から21か月齢以上の牛については現在の検査法で感染牛が確認できる可能性がある。(注:発見されたのは全部で11例だが1例目は現行体制になる前、また、11例めは死亡牛サーベーランスによるもの)(2)一方21、23か月齢の感染牛の異常プリオンたんぱく量は他の感染牛と比較して500分の1から1000分の1と非常に微量。また、これまでの検査では20か月齢以下の感染牛は発見されていない――。
 つまり、一定の月齢に検出限界があることは認めるが、その具体的な月齢は示していないのである。いくつかの報道にあるような「20か月齢以下の牛の検査は除外しても安全性に問題はない」といった判断を専門調査会が下したわけではない。
 山内氏は「われわれが得ている知見からは、具体的に何か月齢以下から発見できなくなるかを推測することはできない、と判断したということです。これが科学的な見解。そもそも検査体制の見直しを促すという内容ではありません」と話す。

◆問われるのは中間報告の解釈

6日のプリオン専門調査会
6日のプリオン専門調査会

 中間とりまとめには、「検出限界以下の牛を検査対象から除外するとしても、現在の全月齢を対象にした特定危険部位(SRM)除去措置を変更しなければリスクは増加しない」という記述もあるが、これは「たとえば、感染直後の牛など検出できない対象をいくら検査しても意味がないという当たり前のことを指摘している」(山内氏)に過ぎず、むしろここで重要なことはすべての牛からSRMの除去が確実に行われることが前提だということだろう。
 ただ、前述したように350万頭を検査した結果では20か月齢以下の感染牛は発見されていないことと、21、23か月齢の感染牛の異常プリオン蓄積量が非常に少なかったということも科学的な事実。中間とりまとめでは最終的にこの2つのことについて「今後のわが国のBSE対策を検討するうえで十分に考慮にいれるべき事実である」との記述も加わった。
 しかし、その一方で、検査法の改良が進むことをふまえて検出限界の改善や生前検査法の開発についても研究すべきことや、SRMの適正な除去と実施状況の検証、飼料規制のチェックが引き続き重要であることも結論部分で強調している。
 リスク管理を担当する厚労省と農水省はかりに見直しを検討するなら、こうした内容をもふまえて検討する必要がある。
 「20か月齢以下の牛を検査から除外するといった見直し案を出すことは、報告書の間違った読み方とは言えない。
 しかし、検出限界改善への取り組みや適正なSRM除去の実施などの点に配慮されていない変更案なら、それは都合のいい解釈ということになるのではないか」と山内氏は指摘する。

◆無視できないリスクコミュニケーション

 さらに、かりに検査体制を見直す方向になったとしても手続きは重要だ。
 食品安全委員会は中間とりまとめをうけて、16日(東京)と18日(大阪)にリスクコミュニケーションのための意見交換会を実施する。
 また、検査体制見直しについて一部の報道では省令の改正ですむかのような伝え方もあるが、リスク管理体制の変更には食品安全委員会に意見聴取を求めなければならないことは食品安全基本法に定められている。
 ただ、それ以前の問題として、厚労省と農水省が見直し案を決定してから事後的に国民の納得を得るためにリスクコミュニケーションを行うなら、それは単なる説明の場に過ぎず真の意味でのリスク“コミュニケーション”なのかとの批判が出ることも考えられる。やはり事前にリスクコミュニケーションを実施するなど国民が納得できる手順で議論を尽くすことは必要だ。

◆米国の検査体制は本当に信頼できるのか?

 米国産牛肉の輸入がすぐにも再開するかのような印象を与える報道もあるが実際には問題は多い。
 かりに検査をしない牛を一部に認めたとしても、日本はすべての牛のSRM除去が前提。米国は民間業者の一部はそれに取り組み、確実に実施されているかどうかを米国農務省が保証するとしている。
 しかし、最大の問題は月齢判定だ。かりに20か月齢以下を除外するとした場合、トレーサビリティ・システムの確立していない米国では月齢をどう判断するのか明確ではない。日米協議のワーキング・グループ協議で米国は歯列による月齢判定は30か月齢以上であることを明らかにしただけだ。
 課題は多く、輸入再開を急ぐあまり条件を安易に決めれば国民の反発は強まり食への信頼は失われる。
 そもそも米国のBSEに対する危機意識には不信感がある。
 日本は検査のみならず、飼料規制も徹底して実施してきた。それは牛肉の安全性確保とともに、BSEの撲滅という目的もあるからだ。そのことが生産者の安心につながる。米国はどうか。日米ワーキング・グループの委員でもあり米国での調査にも加わった山内氏も「(米国には)撲滅を目標にしなければならないといった危機意識は全体としてありません。安全確保に対する不信感はある。それをふまえて輸入再開をどう考えるかだと思います」と話す。
 日本は市場に出る牛については、BSE検査(スクリーニング)とSRMの除去の二本立てで安全を確保をしてきた。そのうえに市場に出荷される「全頭」を検査対象とすることで「安心」につなげてきている。
 こうした体制のもとで、食の安全と安心の確保のためには、科学的で冷静な議論が必要なことや、また、安全確保のためのコスト負担の問題も含め、これまでに国民的な議論の経験を積んで理解を広げてきたといえる。
 その蓄積をないがしろにするような判断はあってはならない。あくまでも国民の理解と納得が前提となるべきだ。

◇   ◇   ◇

(追記:「20か月齢以下の感染牛を現在の検出感度の検査法によって発見することは困難であると考えられる」との記述は、最終修正で本文には残され、9日の食安委で了承された。
 6日の専門調査会後の記者会見で吉川座長は、結論部分から削除することになったことにともない本文からも削除する考えを示していた。
 この記述が残ることになった経過は明確ではなく、やはり政治的な圧力があったのではとの憶測を生むのは避けがたいのではないか。同委員会のあり方に課題を残した。)

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(2004.9.10)


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