農業協同組合新聞 JACOM
 
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解説記事

寄 稿
「食べるために作り続ける農業」の考え方と制度(上)

大嶋茂男 永続経済研究所 共同代表、農学博士


大嶋茂男氏
おおしま・しげお 昭和12年茨城県生まれ。慶応大学経済学部卒。昭和35年慶応大学生協専務理事、44年日本生協連に移籍、組織部長、関西支所長、関西地連事務局長を歴任、61年全国消費者団体連絡会事務局長、平成10年永続経済研究所共同代表。農学博士。

 農協大会での方向は決まったが、単位農協では何をどういう手順で進めたらよいのかについて迷っている人が多いと聞いています。
 それに関連して、私の本紙15年9月16日付(1891号)(http://www.jacom.or.jp/kaiset03/rons103w03091702.htm)の論文に対し、いろんな人々から反応がありました。とりわけ、JA仙南のHさんなど多くの人から「売るための農業」と「食べるために作り続ける農業」との違いと、その農業を実現する制度と主体について明確にせよとの要望がありました。今回は、その2つの課題に関して2回にわたって深めてみたいと思います。

1.輸入米と国産米の5つの違い

 「売るための農業」と「食べるために作り続ける農業」の違いについて考えるために、輸入米と国産米の果たす役割について具体的に比較することによって考えてみたいと思います。両者は同じ米であっても、以下に述べる本質的な5つの違いを持っています。
 (1)生産と健康を守る国産米、守れない輸入米
 健康と栄養の中心になるのがその国の主食であり、主食は同時にその国の農業生産の軸となるものです。日本の農業生産では米・小麦・大豆を軸に野菜、果実、林業、畜産、酪農品、漁業などが営まれてきました。この生産を維持するためには、土づくりをし生産をしている生産農民を持続的に守っていく以外には、日本人の食生活を守る道はないのです。その点、輸入米がそうした意味での生産の軸になれないことは明らかだし、同時に多様な農産物を保障して健康な食生活の軸になることもできません。輸入米は単なる一つの商品にしか過ぎないことを十分に認識すべきでしょう。
 (2)環境と景観を守る国産米、守れない輸入米
 米という商品は輸入できても、米をつくることを通じて農民が守っている水田、水、土壌、緑、大気の循環、景観という途方もなく大きな価値を、米と一緒に輸入することはできないというのは厳然たる事実です。農産物の国民総生産GDPは年間に10兆円程度だが、農林業が守り生み出している価値は、計算できる部分に限定したものでも1985年の価格で48兆円にのぼると試算されています。つまり、農産物そのものの価値より5倍も大きい価値を守っているのです。ひとたび耕作放棄が行われると、水路管理が放棄され、畦が破壊され、表土が流出し、雑木や雑草が生えて、再び農業を営むことが困難になります。「水田、水、土壌、緑、大気の循環機能、景観は米と一緒に輸入できない」のです。
 (3)農村地帯で働く場と地域共同体を作る国産米、働く場を奪い、共同体を壊す輸入米
 米づくりは、農機具や肥料などの生産資材や米を原料とする米菓や味噌などの地場産業とそれを流通させる地域商店街の労働をつくりだす。同じ量の輸入米のつくりだす働く場を1とすれば、国産米は波及効果によって、3の割合で労働をつくりだすと言われています。輸入米が少しぐらい安いからといって、輸入米に依存するならば、農業が雇用をつくりだす機能を弱め、非常に多くの失業者をつくりだすことを消費者は知らなければなりません。
 (4)アジアの食料安全保障に貢献する国産米、その可能性を弱める輸入米
 現在の世界人口62億人の6割はアジアに住んでいて、人口が90億人から100億人になる2050年には、その6割がアジアに住むことになります。つまり現状における世界のすべての人口がアジアに住むことになります。そこで、世界の食料危機はアジアから起きるだろうという予測がありますし、IRRI(国際稲作研究所)では、2030年までにアジアでは米を70%も増産しなければなりませんが、それは、耕地面積の減少や水不足から大きな困難に突き当たるだろうと予測しています。
 (5)持続可能な農林業を子孫に残す国産米、その逆をいく輸入米
 2000年以上の歴史を持ち、森林と米とともに歩んだ農林業の生産構造を継続しない場合、そこで蓄積された生産技術を次代に引き継がないことは子孫にとっての大きな損失となるでしょう。また、祖先が2000年近い歴史を通じて蓄積してきた20〜30センチの表土を、現代の世代が、流失させてよいということにはならないのです。イギリスの経済学者シューマッハが強調したように、表土は人類にとっての最大の財産であるという視点に立って、表土を次世代に引き継いでいかなければならないはずです。
 結論的に、国産米と輸入米のこうした5つの違いを理解するということは、「儲けるために売るための農業」の代表格としての輸入米でなく、「生きるために作り続ける農業」である地域農業を守る必然性が明確になるはずです。

2.地産地消の重視と再生産の保障を――政策・制度は政府と政治家の責任

 以上の5つの違いを認める限り、「食べるために作り続ける農業」を守り、次の世代に引き継ぐ責務がいま生きる世代にあるし、そのことを保障するために、政治と政治家がどういう政策・制度を採用すべきかについて述べます。
 1)食糧危機の自覚
関係者すべてにとって重要なことは、先にも述べたように、「10年後、25年後に日本人・アジア人の食べる食べものは、どこでだれがつくっているのか」に責任をもって答えるようにすることです。それに真剣に答えようとすれば「食べるためにつくり続ける農業」の立場に立ちきって、日本での食料自給力を高める道以外にはありません。
 2)アジアの食料の生産と消費に関する基本的な政策
アジアにおいて、これからの四半世紀もしくは半世紀の間に、水・土壌・緑と食料の生産がどう変化し、食料の消費がどうなるかについての基礎的な調査を行い、基本的な対応策を明らかにすることです。
 3)日本政府の採用すべき政策
政府は「食料・農業・農村基本計画」で、現行の食料自給率40%を10年後に45%に引上げを公約した以上その責任を必ず果たすべきです。
 また、日本経団連がいうように、FTA(自由貿易協定締結)などで農産物の輸入自由化を一層促進する政策に偏重するのは「儲けるために売るための農業」を強める戦略でしかなく、以上の基本計画にそって、関係国双方の農業の持続可能な発展を最優先する原則を貫くべきです。そのためには価格保障政策と所得保障政策の組み合わせを実現すべきです。
 また、株式会社の農業参入で、土地を使い捨てにし転用したり見せかけの安さで家族農業を切り捨てるのでなく、「基本計画」にそって、持続可能な農業のための「土地利用計画」を定め、プロ農家の育成政策にしても少数の農家、法人に絞りこむのでなく、実際に営農する主体を中心に考え、その再生産を可能にすることを最優先事項として政策を定めるべきです。
 4)地方自治体
地域の農業食料を守り発展させるという決意をもって、「地域食料自給力向上計画」とそれにそった「土地利用計画」を策定し、地産地消を本格的に推進すべきです。いま、こうした方向で都道府県の条例をつくったところが8以上(97年北海道、00年宮城県、01年福島県、福岡県、青森県、山形県、富山県、滋賀県等)、市町村の段階でも、天童市、上越市、会津若松市、北海道佐呂間町、日野市、今治市、飯田市など条例や制度をつくったところも急速に増えています。

 ここで重要なことは、(1)以上述べた5つの違いなどのような本質を見据えて「なっていたい姿」を関係者の合意で描き、(2)それを実現するストーリー(=事業計画)を各参加団体がつくりあげ、(3)地域の各集団が自発的に参加する状態をつくりあげることです。 (2004.2.16)

 


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