農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事
協同組織金融機関の独自性発揮を
米国クレジット・ユニオンに学ぶリテール金融戦略
永井 敏彦 (株)農林中金総合研究所 調査第二部 部長代理


◆競争が激化する米国リテール金融市場

永井 敏彦氏
ながい としひこ
1960年長野県生まれ。東北大学経済学部卒業。1983年農林中央金庫入庫、92年 大蔵省財政金融研究所(現財務省財務総合政策研究所)上席研究員、98年 シンガポール支店支店長代理、01年 (株)農林中金総合研究所出向・調査第二部部長代理。主な著作に「総研レポート『米国の住宅ローン証券化とリテール金融業の再編』」((株)農林中金総合研究所、03年)、「総研レポート『米国クレジット・ユニオンの経営戦略』((株)農林中金総合研究所、04年)。

 わが国の大手銀行は、収益力強化のために個人リテール金融業務を拡充している。具体的には、住宅ローンや個人年金保険の販売強化、資産運用など相談業務への取組みが行われている。個人取引に特化した新型店舗の展開や、ATMの夜間開放、窓口の夜間および休日営業等に着手したところもある。大手銀行・JA間の競争の度合いについては、地域による温度差もあるが、都市部を中心として、大手銀行は低金利のローンを武器に、JAの組合員もターゲットとした営業を展開しているようだ。
 一方米国では、金融機関の間での競争の激しさは日本以上である。企業向け貸出が伸び悩むなか、多くの銀行はビジネスの軸足をリテール金融に移した。この際に大手銀行がほぼ足並みをそろえた戦略は、大規模化であった。大手銀行は、地域金融機関を買収することで、規模拡大によるスケール・メリットの享受、リテール店舗網の拡充、競争相手の消滅という一石三鳥を狙った。そして多くの場合、買収された金融機関は、新銀行の経営管理方針に組み込まれることで、地元色を薄めることとなった。また経営効率化のために、店舗の統廃合が進められた。
 このように大手銀行の規模拡大指向は強まる一方であるが、今のところ、勝ち残った銀行が絞り込まれている状態ではなく、大手銀行といえども楽勝からは程遠いシェア争いが続いている。都市部を中心とした大手銀行の顧客層の金融ニーズは飽和状態にあり、限られた顧客を巡る争奪戦が展開されている。そこである大手銀行は、新たな成長分野として移民が流入している人口増加地域への集中的な出店を進めている。

◆顧客選別色を強める米銀

 大手米銀はリテール金融業務強化にあたり、例えば利益の8割は2割の上位顧客から生み出されるという考え方に基づき、2割の上位顧客のニーズを徹底的に把握し、彼らが望む金融商品をあらゆる方法で揃えようとした。そして、上位顧客として選別されなかった一般顧客に対する取引収支を改善しようとした。具体的には、テラーとのやりとりに手数料を課すことで一般顧客の来店にハードルを設け、小口預金や小切手取扱など決済業務に少なからぬ対価を求めた。
 一方で収益性が高い上位顧客に対しては、手数料の軽減・免除・各種優遇措置を適用した。その結果として、小口取引をしていた多くの一般顧客は、金利・手数料率面で不利な立場となった。このため多くの地域住民は、近隣に店舗がなくなったことに伴う利便性の悪化や不利な金利・手数料率により、銀行に対する不満を募らせた。

◆クレジット・ユニオンとは

 大手銀行が展開している激しい競争に一定の距離を置き、独自の顧客戦略によりリテール金融市場で勢力を拡大している、クレジット・ユニオンという金融機関がある。クレジット・ユニオンは、職域・地域など限定された範囲の組合員を対象として、預金・貸出を主体に行う協同組織形態のリテール金融機関である。
 銀行と異なり、組織目標を利益ではなく組合員の生活向上に置いており、「利益でも慈善でもなく、より良いサービスのために」というスローガンのもと、すべての組合員に対して深い思慮と尊敬の念をもってサービスを提供することを経営理念としている。具体的には、株主への利益還元がないという組織構造上の特性、また法人税納税が免除されているという制度上の恩典を生かし、組合員に対してより良いサービス、より高い預金金利、より低い貸出金利・手数料率を適用することに努めている。
 このため、業界全体の収益力はROAでみて1%程度と銀行と比較して低い。しかし、経営者の優れたバランス感覚により、組合員へのサービスの向上と利益計上を両立させていることは、注目に値する。
 04年3月末時点での全米のクレジット・ユニオン数は9579であり、この数は全米の銀行数(03年12月末時点でのFDIC預金保険対象銀行数は9182)よりも多い。組合員数は約8600万人であるが、これは全米人口の約3割に相当する。一組合当り平均資産残高は6760万ドルで(1米ドル=110円で換算すれば74億円)、概して資産規模は小さい。

◆クレジット・ユニオン独自の顧客戦略

 アメリカン・バンカー社及びギャラップ社が毎年実施している「金融機関顧客満足度調査結果」によれば、「大変満足している」と回答した人の割合において、過去20年間連続してクレジット・ユニオンは銀行を上回ってきた。その秘訣は、クレジット・ユニオン独自の顧客戦略のなかにある。
 どれほど優れた商品を開発しても、単一商品をそれぞれ事情が異なる組合員に一律に販売することは、必ずしも個々の組合員の満足度を高めることには結びつかない。また、いかに優れた商品であっても、気乗りしない商品を積極的に勧められると、組合員が尻込みすることがある。そこで多くのクレジット・ユニオンは、リレーションシップ・マーケティングを顧客戦略の中枢に据えている。これは、組合員と徹底的に向き合い確かな信頼関係を築き、組合員との対話を重視しながら彼らのニーズを引き出し、そのニーズに基づいたオーダーメードの商品・サービスを提供することである。
 そして、残高や収益の積み上げが組織の目標ではないため、組合員が乗り気ではない商品やサービスを勧めることはない。
 また多くのクレジット・ユニオンは、組合員や地域の子供たちを対象とした教育活動に熱心に取り組んでいる。ほとんどの場合、参加者が負担する費用は無料か、実費を賄う程度の安価なものである。クレジット・ユニオンの教育活動は、セミナー等の方法で組合員や子供たちの金銭管理能力及び金融知識を向上させ、組合員の金融上の様々な問題に関するカウンセリングを行うものである。この教育活動の意義は、組合員や子供たちにクレジット・ユニオンの存在意義や協同組合精神を理解してもらい、今後何十年という長期にわたる関係を視野に置きつつ、彼らの知的ニーズを満たし、生活を向上させることである。業績向上などの効果が短期間では明確に現れるとは限らない教育活動に本腰を入れて取り組めるのは、クレジット・ユニオンが非営利の協同組織だからである。

◆明確に示された経営戦略レベルでの違い

 以上みてきたクレジット・ユニオンの顧客戦略からも明らかなように、冒頭紹介したような大規模化を指向した大手銀行のリテール金融戦略は、有効ではあるが万能ではない。なぜなら、地域に密着した金融機関と取引したいという住民のニーズが根強いからである。例えば大手銀行がある地域に所在する2つの銀行のうち一方を買収した場合、買収された銀行からもう片方の銀行に相当規模の預金がシフトするという例があった。また銀行の組織が大規模化したことにより、小回りが利かなくなり、スピーディーで柔軟性のある対応がとれなくなったという事例も多い。
 クレジット・ユニオンは、前述の組織構造上の特性と制度上の恩典を生かし、競争力が高い金利・手数料率を武器に業務を拡大させた。ただし、銀行との間で単なる金利引下げ競争をしたわけではない。クレジット・ユニオンは同時に、独自の顧客戦略と教育活動に取組み、銀行との間の金利水準レベルにとどまらない経営戦略レベルでの違いを明確に示してきた。そしてリテール金融市場で高まる競争圧力に対して、銀行と同じ土俵でまともに立ち向かうのではなく、その圧力をうまくかわしつつ、銀行の顧客選別から除外された住民を組合員として受け入れるなど、一見逆風にみえる環境を逆手にとって、ビジネスを伸長させた。
 一方、資産規模の面では銀行とクレジット・ユニオンの間に位置する貯蓄金融機関の多くは、規模拡大を指向したが、規模の利益も地域密着の利益も中途半端となった。全金融機関総資産額に占める貯蓄金融機関のシェアは、ここ20年の間に大幅に低下した。

◆求められるJAとしての独自性発揮

 米国クレジット・ユニオンの顧客戦略を概観すると、わが国JAに示唆するところもいくつかあると思われるが、特に重要な点は、協同組織金融機関としての独自性を十分に発揮することであろう。つまり、リテール金融市場という地図のなかでJA信用事業をどこに位置付けるのか、他金融機関にできないことは何か、顧客ニーズがあるのに他金融機関が取り組んでいない分野はどこか、顧客からどのような個性をもった金融機関としてみてもらいたいかを、明確にしておくことである。
 JA信用事業の競争相手はメガバンクだけではない。むしろ地域社会に根付いた存在としての、信金・信組等地域金融機関との競争が意識されるケースも多いと思われる。しかしJAは、総合事業体であり特に農業と深い関係があるという、他金融機関には真似できない特色をもっている。つまりJAは、地域の子供たちに農業体験の機会を提供するなど、地域でのコミュニティを形成する糸口をいくつかもっており、組合員と独特なリレーションシップを構築することが得意である。
 今後JAにとって、組合員の知的ニーズを満たし不安を解消するための情報発信、貴重な体験の場の提供など、組合員に対するユニークな貢献に取り組むことが、今後の信用事業発展のために重要であると思われる。

(注)クレジット・ユニオンに関する詳細レポートについては、(株)農林中金総合研究所のウェブサイト(http://www.nochuri.co.jp/)を参照。

(2004.6.24)


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