JACOM ---農業協同組合新聞/トップページへジャンプします

特集:21世紀の農業に虹の橋を架けよう
     農業再建と地域活性化のために

「骨太の方針」に即した重点プラン
生産から流通まで総合的な改革を
農林水産事務次官 熊澤 英昭
東京農工大学前学長 梶井 功
 農水省は8月末に今後の農業政策の方向を示した「食料の安定供給と美しい国づくりに向けた重点プラン」を決めた。このプランは、食料自給率の向上などをはかるための「構造改革」や都市と農村との共生などをめざしており、今後、具体的な施策、予算などが明確になっていく。なかでも米政策について抜本的な見直し方針を打ちだし、当面の農政議論の焦点となっている。同プランについて熊澤英昭次官に聞いた。聞き手は梶井功前東京農工大学学長にお願いした。

農林水産業の構造改革
 21世紀へ向け2つの視点で

農林水産事務次官 熊澤英昭 氏

 梶井 今日は、経済財政諮問会議に出された「食料の安定供給と美しい国づくりに向けた重点プラン」について伺います。
 まず私が感じている違和感についてお聞きしたいのですが、それはこの重点プランの決め方です。というのも、たとえばWTO農業交渉に向けた「日本提案」の作成では、世論を集めて国民の総意として打ち出した、このところの農政の進め方を象徴していると思ったわけです。
 ところが、今回は大臣がまず私案を発表してその私案を農水省が練り上げて諮問会議に出した。どうも今までの農政の展開の仕方と違うのではないか。なぜ、こうした経緯になったのでしょうか。

 熊澤 まず経済財政諮問会議が、小泉内閣の政策立案において大きな役割、リーダーシップをとっていくということがあります。経済財政諮問会議では6月に今後の日本の経済財政の大きな方向、あるいは重点を示したいわゆる「骨太の方針」が出されたわけです。
 その方針をもとに農林水産行政についても総理から大臣に対して、イニシアティブをとって所管行政について重要政策の方向を示すように、というご指示があり、武部大臣としても、農林水産行政に関する方針を示すために8月30日の第17回経済財政諮問会議において「食料の安定供給と美しい国づくりに向けた重点プラン」を報告しました。
 この重点プランは、先ほど申し上げた「骨太の方針」のなかで示された4つの大きな視点、「環境・水・食料などのヒューマン・セキュリティの確保」、「食料自給率の向上に向けた農林水産業の構造改革」、「都市と農山漁村の共生と対流」、「ハードからソフトへの政策手段の転換」に即して農林水産分野における構造改革を10のプランに取りまとめて発表したものです。したがって、基本的な視点はいわゆる骨太の方針をふまえたものであり、今後の農林水産省としてはこの重点プランに即して農林水産業の構造改革を図っていこう、そういう性格のものです。

 梶井 首相の方針ということですか。このプランの基本的な考え方を聞かせてください。

 熊澤 重点プランについては大きな視点が2つあります。
 1つは、21世紀にふさわしい食料供給システムの構築のため、意欲と能力のある経営体に施策を集中することなどによって、食料自給率の向上などに向け構造改革を推進するということです。
 2つめは、都市と農山漁村の共生・対流、おいしい水、きれいな空気に囲まれた豊かな生活空間の確保、それに加えて自然との共生などを通じた「美しい国」、あるいは「環の国づくり」を推進するといった観点から、都市住民のニーズにも対応する農山漁村の新たな可能性を切り開くというものです。

「米」の総合的な見直し
 幅広く論点を示した素案

東京農工大学前学長 梶井功

 梶井 この重点プランにもとづいた新たな施策にはどういうものがありますか。

 熊澤 1つは、公共事業から非公共事業へと政策をシフトすることです。そのシフトのなかで、とくに地域農業の構造改革への取り組み、これは主として先ほど申し上げた土地利用型農業の構造改革をめざしておりますし、セーフガード関連での野菜等の生産・流通への構造改革への取り組みを支援することです。
 2つめは、地域における多様な農業経営の存在をふまえて、意欲と能力のある経営体を食料の安定供給を中心的に担うものとして、いわば産業としての農業、そうした面からの農業政策を集中化、重点化していこうということです。
 とくに先ほどから申し上げていますように、米については生産から流通に至るまで総合的かつ抜本的に見直そうということで現在、問題を提起しているところです。
 そして3つは、都市と農山漁村との共生・対流が可能になるように、人・もの・情報が循環する共通社会基盤、これをプラットフォームとも言いますが、そうした共通社会基盤の整備を行うことによって、都市住民にも開かれた新たな村づくりを展開していきたいと考えています。
 それから4つめは、農山漁村の社会資本の整備については環境に配慮した事業、自然と共生する環境を創造した事業に転換していこうと考えています。
 そのなかでとくに諫早湾の干拓事業は、環境創造型の転換に向けた先駆的な取り組み事例として、今後、取り組んでいこうと考えています。

生産調整方式の転換
 市場に見合う流通システムも

 梶井 米政策の総合的、抜本的な見直しを重点プランにあげているということですが、ポイントはどこになりますか。

 熊澤 米については、食糧庁からいくつかの問題点を提起しています。
 1つは、生産調整をこれまで30年にわたって実施してきたわけですが、最近では豊作が続いているということもあって、在庫が増加し、米の価格が下落するという実情にあります。それから、そうした状況のなかで稲作を主業とする農家の経営が大きな影響を受けています。また、計画外流通米の増大という問題もあります。
 こうした現状のなかで、米の生産・流通構造の抜本的な見直しを提起しようということですが、問題提起のひとつには生産調整について面積による生産調整から需要にあった数量による生産調整に転換すること、それから現在の稲作経営安定対策のあり方について議論をすることです。
 また、3番めには、流通過程で市場に見合った流通調整ができるシステムが構築できないかということです。いくつかの論点を提示して、今後、幅広く関係者と意見交換を行い11月を目途に米政策の生産から流通に至る政策の見直しのとりまとめをめざしたいと考えています。

安定した生産構造へ
 農村の将来像をどう描くか

 梶井 稲作経営安定対策については副業的農家を対象外にするらしいといわれていますが、そういう方向なんでしょうか。

 熊澤 私どもの問題提起は、まず、稲作経営安定対策が現在の稲作の生産構造のなかでどのような実態になっているか、です。すなわち、この対策の補てん金は、3分の1が主業農家に、3分の1が準主業農家に、そして3分の1が副業的農家に配分されているわけですね。
 他方で、この対策が稲作を経営のなかに取り込んでいる農家に与えている効果を考えると、主業農家は一戸あたり約60万円もらっていますが、副業的農家では約6万円ということで、この稲作経営所得安定対策が主業農家により効果のあるような仕組みにできないかという問題提起をしているわけです。こういう問題提起のなかで副業的農家の方の位置づけについてご議論していただくわけです。

 梶井 この問題は生産調整問題とも絡んでいることを考える必要がある…。

 熊澤 そういう意味で、私どもは生産から流通まで総合的にご論議いただくべく、大きな論点を掲げております。全体の構造のなかで問題を考えていただきたいと思います。

 梶井 米政策について農政としては、まず水田を将来とも一体どれだけ守っていくつもりなのか、という姿勢を明確にすることがいちばん大事なんじゃないかと思うんですがね。

 熊澤 その点は、まず現状で日本の米の需要がどの程度あるか、他方、米の消費拡大運動などの政策をふまえたうえで今後の米の需要をどうみるのか、それに見合った生産が確保されることがいちばん重要な点だと思いますから、そういう意味では、需要に見合った生産量、それに見合う水田を確保していくことは重要だと思います。
 ただ、同時に現在の生産構造を考えますと、副業的農家の戸数も依然として多く、全体として生産構造が脆弱なわけですね。一方、最近の米をめぐる状況のなかでは稲作を主業とする農家の経営が極めて苦しいという状況にあり、今後、安定した稲作生産構造を構築するにはどうしたらいいか、その問題提起をしているということです。

 梶井 新基本法では、不測の事態に備えることも明確に方針として出されていますね。やはり不測の事態になったときに頼りになるのは水田です。その意味では、たとえば水田250万ヘクタールなら、そのなかで現状でどれだけを米づくりに活用するかは別問題としても、これだけの面積は水田としての機能を維持し、守っていくと。こういう問題提起をしないとなかなか整合性のとれた施策にならないんじゃないかと思うんですが。

 熊澤 もちろん今、指摘された土地利用の基本的なあり方、考え方という問題も米政策を考えていくうえでは大変重要な視点だと思います。
 ただ、他方で、現在、新しい村づくりを提唱しており、そうした村づくりのなかで農村の将来の姿をどのように描いていくか、そのなかで水田、あるいは畑作など地域の特色をいかした村づくりをどう進めるか、そういった視点からのアプローチも農村振興局ではじめたところです。ですから、農水省全体としていくつかの視点から政策を構築していくことになるとお考えいただければと思います。

 梶井 分かりました。またの機会にその他の問題もお聞かせいただければと思います。ありがとうございました。


インタビューをおえて
 このところ、農政上の重要課題が一挙に噴出してきた感がある。WTO農業交渉や新経営所得安定対策などは引き続き問題だが、セーフガード問題、狂牛病問題などなど事務次官は多忙を極めているようだ。
 今回のインタビューも予定した時間を半減せざるを得なかったが、物静かな次官は冷静にこれらの諸問題に対処しているという感想をもった。健闘を期待したい。
 ところで、今回主題にした“重点プラン”いずれも重要な問題だが、なかでも米政策の抜本的見直しは、見直し後の新施策がどういう施策になるかで、日本農業の今後を左右することになろう。研究会との年余の検討を加えてきた新たな経営所得安定対策などよりは、はるかに重要問題だと私は考える。そもそも経営所得安定対策の必要がいわれるようになったのも、稲作経営安定対策の機能不全からだった。米政策の抜本的見直しから問題は始まったのに、経営所得安定対策に論議が流れてしまったことが問題だったのだが、将来を誤らぬ施策をしっかりたててもらいたいと思う。
 11月まで幅広く関係者と意見交換を行うと次官も言われていたが是非そうして欲しい。(梶井)


農業協同組合新聞(社団法人農協協会)
webmaster@jacom.or.jp