農業協同組合新聞 JACOM
 
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特集:第23回JA全国大会特集 改革の風を吹かそう
    農と共生の世紀づくりのために

提言
地域的多様性を踏まえた水田農業構造の確立が課題

安藤光義 茨城大学助教授

◆西と東では全く異なる農業構造をもっている

安藤 光義氏
あんどう・みつよし 昭和41年神奈川県生まれ。東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。平成6年茨城大学農学部助手、9年同大学助教授、現在に至る。主な著書に「21世紀日本農業の基礎構造」(共著・農林統計協会)、「農業経営安定の基盤を問う」(共著、農林統計協会)など。

 現在、農協が直面する最大の問題が水田農業構造の確立である。新しい米政策改革大綱によって農協は水田農業構造の改革を進める役割を名実ともに担わなくてはならなくなった。単純な市場メカニズムの導入で、移動不可能な資源である土地と労働力(短期的には移動不可能な資源である)の組み替えが行われ、望ましい農業構造が実現するとは考えられない。また、農地制度をはじめとする何らかの制度的規制がそうした資源の組み替えを阻害しているのだからそれを撤廃すれば望ましい農業構造が実現するという主張も現実的な路線とは考えられない。こうした急激な構造改革路線は、たとえそれに成功する地域があったとしても十に一つでもあれば上出来であり、たいていの地域では構造調整に要するフリクションが大きすぎて失敗に終わるのではないだろうかというのが農村の現場を歩いた私の偽らざる感想である。
 ハードランディングではなくソフトランディングをどのようにして実現するか、そのための音頭をとることが農協に求められている。この水田農業の構造改革では集落営農等の生産組織が政策的に重要な位置づけを与えられている。市場メカニズムに任せていては進まない地域資源の組み替えを「組織」という「場」を用いて円滑かつ速やかに進めようということであろう。そこで集落営農組織→特定農業団体→農業生産法人という発展路線が敷かれ、このステップを進めるかたちで地域農業を組織化していくことが水田農業の構造改革のための途として示されることとなった。
 しかしながら、こうした路線が全ての地域で当てはまるものではないという点は注意しておく必要がある。集落ぐるみ型の組織を立ち上げ、土地、労働力、資本(機械施設)という生産要素を効率的なものとなるよう組み替えてそれを一つの経済収支単位とし、さらに専従者を置いて農業経営体として自立させていこうというのは、西日本の担い手枯渇地域が典型とされるものだからである。集落のなかで担い手が形成されず、団栗の背比べのまま地域農業全体が危機を迎えているという状況の下で、それに対する危機意識を共有した地域社会が集落営農組織あるいは特定農業団体の産みの親となっている。広島、滋賀、富山などの集落営農組織はこうしたタイプのものが多い。これに対し、関東や東北の集落はある程度の担い手が形成されており、かつ、その経営面積は集落内の他の農家より頭一つ分以上は抜け出ている(所有面積も大きい場合が多い)ため、集落等「地域」が危機意識共有の場としてなかなか機能しない傾向が強く、集落営農組織の立ち上げを起点に水田農業の構造改革を進めていくのは難しいというのが私の認識である。
 西日本は担い手不在であるがゆえに危機意識の醸成も容易で、「上」から地域を動かしていくことに対する抵抗は小さく、農政が描いた青写真を比較的そのまま採用できる地域が多いのに対し、東日本はある程度担い手が形成されているがゆえに政策がはたらきかける余地が乏しく、それがもたらすフリクションも大きいため農政が示した地域農業組織化路線をそのまま適用するのは難しいと言い換えてもよい。これを「天気と社会は西から変わる」タイムラグとして捉える論者もいるだろうが、構造改革のために残された時間の長さからするとこの問題は構造的な違いとして把握すべきであると筆者は考える。
 やや極端な言い方をすれば、西と東とは全く異なる構造を持っているのであり、それぞれの構造的特徴に応じた施策が必要であるということ、農政は東日本については明確なビジョンを示していないということになるのではないだろうか。麦大豆作に対する水稲作の優位性の高い良食味米産地が多く、担い手も一定程度層をなして存在している東日本の水田農業の構造改革を、削減された生産調整助成金の下でどのようにして進めていくかは今後の詰められるべき大きな課題として残されている。

◆水田農業構造改革のための「場」をどのように設定するか

 話を地域資源組み替えのための「場」に戻そう。西日本の場合、集落の構成農家の経営面積・所有面積はほぼ横並びで、兼業化が進んでいてもオールII 兼化ということが多く、農家の社会経済的性格もほぼ均質というケースが多い。それゆえ、その「場」を集落あるいは場所によっては大字に求めることが無理なくできるのである。西日本で問題となるのは「特定農業団体→農業生産法人」への移行である。経営安定対策で20ヘクタール以上が集落営農組織の交付要件とされたことに対して強い異議が唱えられ、中山間地域についてはその水準が引き下げられたことは記憶に新しいが、西日本の集落は農地面積が狭小なため、たとえ集落の農地を全て1人の担い手に集積したとしてもそれだけでは「他産業従事者並みの生涯賃金」を獲得できるような農業専従者として自立することは不可能だからである。集落を「場」として活用し、地域が置かれた自然的条件の制約の下で可能な限り効率的な営農体制・土地利用体制が確立されたとしても、それだけでは農政が求めるような「担い手」は生まれてこないと筆者はみている。地域が出来る限りの努力をした結果の後については、すなわち、特定農業団体が「他産業従事者並みの生涯賃金」を獲得できる農業専従者を確保した農業生産法人へと移行しない(そうした専従者のいない農業生産法人への移行は制度的にあり得るし、特定農業法人の多くはこのタイプのものである)ことについての責任の所在は農政に、正確には日本全体の経済政策にあるということを悪びれることなく主張していくことが必要なのである。
 東日本の場合、「場」の設定は著しく困難なところが多い。大規模な担い手は集落の範囲を超えた農地集積によって規模拡大を実現しているため土地利用調整の「場」を集落に求めることは難しく、農家の分化・異質化が進んでいる集落は危機意識を共有する「場」としてもなかなか機能しないからである。こうした地域では集落ではなく大字あるいはそれよりも広域を「場」として設定するとともに、そこで銘々個別に農地集積を進めている担い手農家を組織化したうえで、地権者集団にはたらきかけを行っていくことがポイントとなる。
 それではこの各プレイヤーを束ねるためのキーはどこに求められるのだろうか。順に考えてみよう。担い手農家は機械施設、特に転作用の機械投資が大きな負担となっており、これが担い手農家を束ねる契機として作用しているのではないだろうか。実際、筆者がフィールドとしている北関東でも補助事業による転作用の機械導入を契機に任意組織が立ち上げられるケースを数多く目にしている。また、稲作についてもコンバイン購入の負担は大きく、ここも狙い目である。ただし、米の独自販売を手がける農家は収穫以降の作業を共同化することは難しい(大規模農家ほどこうした傾向が強い)。それゆえ、機械作業だけでなく同時に米販売についても組織化を進めていくことが求められるのであり、農協のカントリーエレベーターが米販売の単位として機能しているような場合はその下での組織化が進みやすいということになる。担い手がある程度層をなして存在しているような地域では個別乾燥による独自販売よりも農協カントリー単位での販売の方が有利となるような状況をつくり上げていくことが有効ではないだろうか。それにはそれだけの設備投資が必要であり、農協はそのリスクをとらなくてはならないということを意味している。
 地権者集団の組織化とそこへのはたらきかけは、月並みだが彼らの「このままでは地域の農地は守れない」という危機意識を煽るしかないだろう。圃場整備事業等が行われているような場合は地権者の組織化は容易であるのでこのチャンスを逃してはならない。ただし、その場合の取り組みは農協単独では限界があり、市町村役場や農業委員会との連携が必要である。というのは、水田農業の構造改革に必要な借地交換による農地の団地化や担い手農家のエリア分け等を進めるには小作料水準を統一する必要があり、耕作者と地権者集団との間の調整が求められることになるが、基本的には経済団体であり、地権者が組合員の多数派を占める農協では思うような動きがとれない可能性があるからである。
 それでも合併前の農協支所が残されて機能しているようなところでは大いに期待することができるだろう。地域によって違いはあるが、合併前の支所は組合員が普段着で気楽に訪れることのできる場所であり、そこに常駐する農協職員に寄せる信頼は小さくないものがあったからである。合併前の農協支所の活用、それが既に廃止されているような場合にはその再編強化が、水田農業の構造改革のための「場」を創出するには有効ではないだろうか。市町村合併で行政の範域と合併農協の範域とが一致していないような地域も生まれてくることが予想されるが、そうした地域ではこうした小単位を維持・強化することが特に求められる。土地に関わる話をまとめるには合併前農協の範囲でも、ましてや広域合併農協の範囲では不可能なのである。

◆合併前農協のまとまりは貴重な財産

 合併農協は自分たちの新たな地域アイデンティティを模索しているというのが現状だと思われるが、その実現ははなはだ困難というのが偽らざるところであろう。実際、先進的な取り組みが行われている農協もよくみると合併前農協のそれの延長線上にあることがしばしばであり、合併農協がまとまった一つのコンセプトの下で統一的な動きを展開しているというのは非常に稀なケースではないだろうか。
 しかし、新しい地域アイデンティティを打ち出せないということを問題視する必要はないし、それを無理やりつくろうとする必要もないのではないか。合併前農協が持っているまとまりは、新たに築こうとしても容易には実現できない貴重な財産であり、求められるのはむしろそれを最大限に活かした事業展開だと考える。これはある程度以上のロットが必要とされる米のマーケティングにおいてもあてはまる。合併前農協の範囲が実質的な米の販売ロットとして機能しているところは多い。
 例えばJA会津みどりでは合併前から各単協が取り組んできた米販売戦略が現在も引き続いており、合併前単協のつながりのある卸が小売と相談してブランド米の袋を銘々数種類製造し、それに詰めて差別化販売を行っているとのことであった。JAなすのも全農経由での販売が多数を占めているとはいえ、そのほとんどは合併前単協が築いていた販売先からの引き合で産地指定米として捌けている。こうした実情を踏まえJAなすのでは「これまでは合併した6JAを1つにまとめることに力を入れてきたが、黒羽の米、那須の米、大田原の米というように実需者の要望に合わせてきめ細かく売っていく。現在の産地指定米での取引を発展させて細かいブランドをつくる」と話している。米も他の農作物と同様、土壌や気候などの自然的条件によって微妙な違いを有しており、そうした違いはこれまでの取引で築き上げられた信用とともに「商材としての米」の差別化をもたらしている。これを活かさない手はないだろう。もっとも、あまりに細かいグレード分けはマイナスに作用してしまう可能性があることは否定できないが、全体としての底上げを図りながら合併農協内での地域銘柄を複数育てていくことは今後の米マーケティングにとって必要不可欠なのである。
 こうした発想の背景にあるのは「米も野菜と同じような商材になってきている。野菜では市場での売れ行きが悪いとJAと生産者が一体となって反省して対策を講じることになる。米でもこうした対応ができるような関係を生産者との間に築いていきたい」という認識の変化である。既に言い古された感がするが、単なる米の集荷組織からの脱却をいかにして図るかが問われているのである。 (2003.10.8)


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