農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム 昔々その 昔

艶色咄=つやばなし
挿絵: 種田英幸
文: 種田庸宥 日本福祉大学講師





煙草をくれえ

 こないだ、赤ちょうちんで豚の足を噛りもって一杯やっておりますに、お隣がそれは賑やかでございます。
「俺ァ、今晩で酒をやめるきに、これから誘うなよ」
「なぜこんな美味(うまい)ものをやめらァ?」
「なぜち、命が惜しいきよ」
「オンシも死ぬる程酒を飲むこたないわや。酒は“百薬の長”と言うてねや。ボッチリ飲みよったら、かえって長生きするぞ」
「俺ァ、そのボッチリから上へ過ぎるきにいかなァや。煙草も今朝からプッツリやめちょる」
「肺ガンがおとろしゅうてか?」
「そうよ。アレも昨夜(ゆんべ)しおさめをした」
「しおさめをしたち、アレだけは女房が合点してくれまいが」
「インニャ、無理矢理に合点させた」
「フーン。ところで、オンシは幾歳まで生きる心算(つもり)なら?」
「そうじゃねや。せめて八十迄は生きたい」
「八十か。今からざっと四十年も酒も飲まん、煙草も吸わん、アレもせん。俺じゃったら生きちょってのこたない。死んだがましじゃ」
「おい、俺に煙草をくれえ」

漬けもの

 えー、のどかな農村風景でございます。
 ある家で、夫婦が裏口でいい争っている。きくとはなしにきいてみると、
「仰向けのほうがいいわ」
「いやあ、うつぶせのほうがいいよ」
「いやですよ、うつぶせなんぞ。充分に入らないわよ。こぼれたらどうするの。わたしのいう通りにしなさいよ」
「じゃあ、そうするか」
 あとはブッツリ。二人は若い。
 この会話を壁越しにきいていました、となりの亭主、
「ははあ、さては真ッ昼間から、おっぱじめるつもりだな。声のしなくなったところを見ると、いよいよ始まりだな」
 と、境の松の木のかげから、ソーッとのぞくと、夫婦して瓜を漬けていた。

氏子づくり

 ある八幡様の藪のあっちこっちで、夏になるど若い男女が遊んでばりいるがら、神官さんがたまりかねで一組を押せづげだってね。
「神を侮辱するな」て怒ったれば、
「氏子を増やしてっとごだがら、どうぞ勘弁してけでがんせ」て謝ったどさ。
(語り手 岩手遠野 菊池輝士)

嚊下夫上(かかとうじょう)

 ある所(どご)に大っきな百姓家あったど。一人息子さ嫁こ娶(と)んで、いろいろ吟味して、いい嫁こもらったど。とごろが何が原因なのが、二人の仲がうまぐいってねようなんで、親達が心配して仲人呼んで訊いでもらうごどにしたど。そしたら、
「男ば尻に敷ぐような女(おなご)は末恐ろしくて、とっても一緒になってられねえ」
 て、初床の晩から馬乗りになられだごど仲人さ喋ったど。仲人は、あんなめんこい娘こが思ってもみねようなごどやるもんだなど思って、そのわげ訊いでみだど。すたれば、
「おら、今までお父(ど)さんどお母(が)さんの言う通りにすれば間違いねど思って暮らしてきすた。ある晩のごどだが、お母さんがお父さんの上さ乗さって仲良ぐしてんで、夫婦の交わりはああいう風にするもんだど思って、おら、おしょすがったども(恥ずかしかったが)、精一杯努めだつもりでがす」
 て言うんで、仲人は、
「そうが、そうが。男女も睦(むつ)み事にこれどいう型はねども、嚊下夫上と言ってな、聟(もご)さんに導がれる通りに素直についでいげば間違いねんだ」
 て語って聞かせだど。「親は子の鏡」どはよぐ言ったもんで、親はどごまでも気が休まるごどねえもんだな。
(語り手 宮城 熊谷四郎兵衛)


 農作業の多くは、単純重労働の積み重ねですね。実は私も小作百姓の末裔なのですが、夏の田をはいずりまわる草取りがつらくて、農村から逃げ出した一人です。
 艶色咄には、そのつらさをふきとばそうとする、エネルギーと笑いがこめられています。
 今回は二通りの艶色話を紹介しました。農村のじいさんたちの、ちょっとナマッぽい話と、現実の行動と艶っぽさを想像させようとする、高座の小咄です。
 「煙草をくれえ」は半世紀前から、高知で活躍し、私もおつきあいさせていただいた、土佐落語家、司亭升楽氏のラジオ寄席(河野裕「よりぬき土佐落語艶ばなし集」)から。「漬けもの」は、江戸の寄席の小咄(小島卓二「艶笑小咄傑作選」)からです。
 「氏子づくり」と「嚊下夫上」は、「東北艶笑浮世ばなし」佐々木徳夫著、からです。
 実はタイトルも同じの、似たような話が、各地にあります。これは、各地を売り歩いている行商人たちが、自分を売り込むために、聞いた話を、面白おかしく拡めたものだとは、昔話にくわしい、画家・種田英幸氏の話ですが、皆さんの地方ではいかがでしょうか。

(2004.5.27)

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