農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム 今村奈良臣の「地域農業活性化塾」

次代を担う農業経営者像を考える

 去る2月初旬、秋田県由利本荘市大内地区で講演する機会があった。合併前の旧大内町では、毎年2月初めに恒例として大内町農業者大会を開催してきており、その歴史は古く今年ですでに18回を数えている。
 さて、私の講演に先立って、大内地区の小、中学生の作文の表彰式が開催され、最優秀賞2人、優秀賞3人の発表と表彰が行われたが、その発表を聞いていて、私は強烈な衝撃を受けた。そのことについて述べてみたい。
 課題は、「がんばれ農業! わたしたちからのメッセージ」というものであった。最優秀賞の2人をまず紹介しよう。
 「今日、子どもが憧れる職業は何でしょうか。スポーツ選手や看護士さんだと思います。これも、若い人達の農業離れの一端を表しているのではないでしょうか。……農業はまさに誇れる職業だと思います。……私は将来、栄養士の道に進もうと考えています」(最優秀賞、由利本荘市立大内中学校1年、畠山栞)。
 「ぼくは将来『調理師』になりたいと思っています。みんなに『おいしい』と言ってもらえるような料理を作りたいのです。カナダに行って、日本料理店を開きたいと思います。おいしい料理を作るためには、新鮮な食材が必要です。大内で取れた野菜を使って、料理ができたら最高だと思います。ぼくが大きくなる頃には、空輸の技術も進んで、カナダまで新鮮な米や野菜を運んでくれるかもしれません。大内のみなさん、ぼくの日本料理店のために、おいしい米や野菜を作り続けてくれるようお願いします」(最優秀賞、由利本荘市立小学校5年、佐々木智樹)。
 最優秀賞の2人とも、このように1人は栄養士の道を、1人は調理師の道を選択すると言っており、農業経営者を職業として選択しようとは述べていない。たしかに、最優秀賞の畠山さんも「農業は、まさに誇りある職業だと思います」と述べてはいるものの、自分は栄養士になりたいと言い、また佐々木君にしても「みんなで協力してやることによって、経費をかけずにやることができると思います」と高価な農業機械の共同利用の方向を作文の中では述べているにもかかわらず、自分は農業を選択せず、調理師の道を、それもカナダに行ってやろうと考えていることを聞いて、強烈な衝撃を受けた。紙数の制約で優秀賞の3人については省略せざるをえないが、農業の重要なこと、地域や国民にとって大切なことは色々の側面からふれてはいるが、自ら農業を選択しようというのは1人もいなかった。
 そこで、新規就農者の動向をマクロの統計でみておこう。農家出身の新規学卒就農者は年2200人、39歳以下の離職就農者は9700人で、合計して1万1900人となっており、ここ数年変化はない。それに対して40歳以上の離職就農者は6万8000人前後でここ数年、僅かずつではあるが増えてきている。それに対して農家後継者以外の新規参入者は近年増加傾向にあり平成13年には530人となっている。ともかく、農業の次代の継承者は激減してきているのである。
 かつて、わが国の農村では家督と田畑山林家屋敷という家産、そして農業という家業は長男が継承し、次・三男女以下は農外の都市や他産業に排出するという慣行が長く続いてきた。戦前は明治民法の家督制度に基盤があったが、戦後の新民法になっても、慣行として長男が継承することが続いてきた。その結果、農村は長男集団という特質を、都市や企業の多くの部分は農村出身の次・三男集団というきわだった社会構成を高度経済成長時代に形造ってきた。しかし、1990年代以降のバブル崩壊、経済の停滞、農業を取り巻く条件の悪化、加えて農村も少子化時代を迎え、長男でも家督や家産は継いでも家業としての農業を選択しようとはしなくなってきた。それだけではなく、親としても子どもに農業以外の職業を選択させるよう小・中学生時代から指導している事例に残念なことだがよく出会うようになった。
 今から22年前、私は文部省在外研究員として米国ウィスコンシン大学に行った時、アメリカの農場継承のあり方について各地の農場をつぶさに調査したことがある。詳しくはふれえないが、要約して言えば、農業をやりたいという子どもは親から農場を買って農場主になるということである。長男でなくても次男でも三男でもよい。借地農が圧倒的に多いので、親から種地(自作地)のみを買い、借地は継承して農場主になるというのである。子どもは農業経営者になることをすぐれた職業の1つとして自らの意志で選択して、自己責任(at your own risk)の原則のもとに、自らの意志で決断しているのである(詳しくは拙著『揺れうごく家族農業―個と集団』1986年12月、柏書房、参照)。アメリカの農場継承の仕方がすべて良いとは言わない。しかし、農業をすぐれた職業として自らの意志で決める、という考え方は、これからの日本農業の展望をするうえで、またすぐれた農業経営者像を構想するうえでは、必要不可欠な考え方ではないであろうか。
 さきにマクロの統計で示したように、農家の子弟で新規学卒就農者は2200人程度で近年変化はないが、この若者たちがどういう経緯で、またどういう意志決定のもとで農業を選択したか、改めてしっかり調査してみなければならない。また、農業外からの新規参入者は年々増加してきているが、この新規参入者の農業選択の契機やその意欲はどのようなものか改めて詳細に調査する必要があるのではないかと考えている。

 
(2006.4.26)


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