農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム 今村奈良臣の「地域農業活性化塾」

「Change」を「Chance」にする
―“g”を“c”に変えよう―


 特定農業生産法人、株式会社和農日向(わのうにっこう)というのが、酒田市(旧八幡町)日向三ヶ字(にっこうさんかあざ)地区に去る2月11日に誕生した。
 加工・販売ならともかく農業を主たる活動分野として農村の内部から内発的に株式会社の組織形態を選択して設立されたという前例を、山形県下ではもちろん、全国でもまだ聞いたことがない。
 株式会社を選択した意図の中には非常に重要な要素を含んでいるが、その点はのちに詳しく考察してみたい。
 また、酒田平野の中心部の歴史的にみても優良水田地帯から新しい改革への動きが起こらずに、鳥海山麓の日向川上流の中山間地域からこういう斬新な発想のもとに革新的な動きが出てきたことを、やや古めかしい表現だが、私は「辺境から革命は興る」という言葉を想起したのである。

◆多面的な共同活動をもとに法人化

 日向三ヶ字地区(下黒川、上黒川、草津)は東経140度、北緯39度という記憶に残る立地にある。
 この地区では、かねてより中山間地域直接支払制度を生かすべく集落協定を組織化し、水田の圃場整備事業を実施し、さらに高齢化の進展の中で農用地利用改善団体を設立するなど多面的な地域の共同活動を進めてきていた。
 そういう共同活動の積み重ねの中で、今年度から実施に移される品目横断直接支払制度という農政改革にいかに対応すべきか討議を深めてきていた。
 その討議の中で、単に農政改革に対応する水田農業のみの改革に止まったのでは、地域の将来展望は見出せないのではないか――こういう考え方のもとに株式会社という組織形態を選択したのである。
 そこで、なぜ株式会社という組織形態を選択することにしたか、その背景と理由ならびに根拠について整理してみよう。

◆迅速な意志決定などメリット生かす

 第1。定款をみると、農業および農業関連事業と合わせて、農産物の加工・販売、林業にかかわる事業、除雪や建設などの請負事業、農業生産資材の製造・販売など広範な事業分野が盛り込まれている。農村地域社会、とりわけこの地区のような中山間地域では水田農業のみで成り立っているわけではなく、林業はもちろん除雪などの多分野にわたる活動もしなければならないことを意図しているのである。
 第2。農業については、地区内農家62戸のうち53戸から50haの水田の利用権の設定をこの株式会社が受け、多面的に活用しようとしている。食用の水稲はあきたこまちを中心に約30haの作付(生産調整の割り当てを遵守)のほか、のちに述べるホール・クロップ・サイレージや牧草、そば、赤かぶ、山菜、花木など、多彩な作付体系のうえで高度活用を目指している。
 第3。この地区の非常に大きな特徴は、ホール・クロップ・サイレージ作りを通して、耕畜連携の望ましい方向を打ち出しているところにある。ホール・クロップ・サイレージとは、水稲の登熟期に実もワラも合わせて刈り取り、ラッピングして乳酸菌などを加えて、乳牛などの良質発酵飼料となるものである。すでに中山間地域直接支払交付金で調達したラッピング機械などを引き継ぎ活用しようとしているが、この飼料は鳥海山麓牧場や遊佐町など近隣地域の酪農家に高く評価され、飼料高騰の中で引く手あまたの状態である。他方、畜産廃棄物であるふん尿は堆肥として全量引き取り10a当たり2トンを水田に還元して地力の向上に役立てている。
 第4。株式会社を選択したいま1つの、かつ、最大の理由は、農事組合法人などの場合は構成員全員の1人1票の原則のため迅速な意志決定ができ難い場合が多いが、株式会社の場合には取締役会で迅速な意志決定ができ弾力的かつ的確な運営が行える利点が大きいという。もちろん取締役会の自己責任の原則を徹底するとともに、地権者等構成員関係者への情報公開と意見の汲み上げは徹底して行っている。

◆新しい時代のネットワークづくりを

 以上、日向三ヶ字地区での株式会社和農日向が、なぜ株式会社を選択したか、その理由と根拠について整理して述べてきたが、最後に強調しておきたいことは、取締役会などのリーダーの資質についてである。
 取締役社長の阿曽千一君と取締役(販売・営業担当)の阿曽右貢君の両君は、私が塾長をつとめている酒田スーパー農業経営塾の塾生で今年3月の卒塾生である。
 その卒塾論文では三ヶ字地区の将来像とそのために株式会社を設立して新しい時代を切り拓くという内容を2人とも明快に展開している。この卒塾論文に結実する前提には昨年7月に三ヶ字地区でスーパー農業経営塾の公開研究会を開催したことが大きな契機になったように思う。この公開研究会には塾生たちはもちろん、地区の長老や役員はじめ住民の皆さんも多数参加した。この席上で、私は「いまの小学生、中学生がこの村に残るか、残って農業をやるだろうか、農業をやってもらうためにはどうすべきか」という問題提起をした。議論は白熱した。それを紹介するいとまはないので省略せざるをえないが、この地区のリーダーはもちろん、村人たちの将来構想に向けての意志は、これをきっかけに固まっていったように思う。
 さて、両阿曽君以外に取締役3人、監査役2人がいるが、いずれも市内の有力企業や公務員として現在は勤めており、それぞれ経理や建築士、あるいは大型免許を持つなど、多部門のエキスパートが揃っている。また社員は1人専従でいるが、農業技術はもちろん、大型機械についての免許はほとんど持っているという有能な人材がこの会社を支えている。
 私はかねてより「多様性の中に真に強靱な活力は育まれる。画一化の中からは弱体性しか生まれてこない。多様性を真に生かすのがネットワークである」と説いてきたが、株式会社和農日向は、正に地域に根ざした新しい時代のネットワークであると考えている。この地区の小学生、中学生が、5年後、10年後には、和農日向を基盤にさらに発展させようという熱いまなざしをむけるようになることを心から期待している。

◆「g」を「c」に変えよう

 農村はいま激変の状況にある。英語で言えば“change”ということである。これを“chance”に変えようではないか。“g”を“c”に変えるという言葉のアヤだが、激変していく農村を、単に天を仰いで嘆くのではなく、変化の中に新しい発展のチャンスの芽を見出し、それを伸ばしていこうではないか。そのためには、地域の人材を掘り起こし、老若男女の英知を結集して、外部の知恵は借りつつも、地域自らが新しい道を切り拓くことが基本である。和農日向はそのことを教えてくれていると思う。

イラスト:種田英幸
イラスト:種田英幸
 
(2007.6.11)


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