農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム 今村奈良臣の「地域農業活性化塾」

手をたずさえて農地を生かそう(下)
―集落営農と門徒を考える―

 「集落の農地は集落のみんなで守る。生きがいと安心して暮らせる地域営農をめざす」。
 こういうスローガンを掲げて活動している農事組合法人“なひろだに”が、広島県三次市三和町成広谷(なひろだに)地区にある。
 三次市の南端に立地し、標高800mの大土山からの清流に恵まれる急傾斜地で、谷間に面しているものの、30年前に実施された県営圃場整備事業により大型機械の入れる水田になっている。
 この法人のある地区の総戸数は76戸、農家戸数68戸、そのうち57戸が法人に参加し、参加者全員による出資金は778万円で平成17年10月に設立された。もちろん、この設立に至るまでには数多くの準備のための会合と討議が積み重ねられてきていることは言うまでもない。しかし、もっと大きな契機は平成10年に集落排水事業により集落の環境整備が完成したこと、平成12年に中山間地域直接支払制度にもとづく集落協定の締結による多面的な活動が、法人結成への飛躍台になったということができる。他の地域でも同じような経験をこれまで聞いてきたが、従来の全国画一的補助金方式とは異なる中山間地域直接支払交付金制度により、地域の自主性が盛り上がり、主体性を持った多面的な活動が、次の地域農業法人化への大きな飛躍へとつながったと成広谷地区を見て痛感した。
 成広谷地区の総農用地面積は59・5ha、そのうち法人へ利用権が設定されている面積は平成19年現在、49・2ha(82・7%)で主として水田であり、水稲の他に野菜、大豆などが主に作付けされ、また、農機具等は可能なかぎり、リース事業等を活用しており、ライス・センターと育苗ハウス等が新規投資であって、不要となったJAの施設を借りるなどして、初期投資負担の軽減につとめている。
 この地区はその立地特性により昔から美味しい米の産地とされ、また酒米の産地でもあった。ここで生産されたコシヒカリは魚沼産のコシヒカリよりもまさる食味値を示しており、八反錦などの酒造好適米やモチ米も生産している。転作は厳格に割当を守り、転作として白大豆や多様な野菜を作っているが、モチ米や大豆はのちに述べる女性部で豆腐や餅加工に供されている。
 この農事組合法人なひろだにの経営成果等については、まだ創業間もないので次の機会に紹介することにして、女性部が注目すべき活動をしているので、その紹介に移ろう。

◆スモーク豆腐の考案―活発な女性部―

 「なひろだに」のなかに女性部と加工部を設け、野菜作りなどと合わせて、女性のリーダーシップのもとに豆腐や餅、味噌、漬け物などの加工食品作りが進められている。加工用の原料は「なひろだに」で生産したものを使い、JAの加工施設や建物を借り受け、そこでできた加工食品はJA三次の運営する直売所「きん菜館」はもちろん「夢プラザ」や地元の道の駅「三和物産館」、そしてインターネット販売も行っている。ここでいただいた心づくしの昼食も美味しかったが、なかでもウィスキーの樽の廃材や桜の木の枝払いの廃材を活用したスモーク豆腐やスモーク卵は逸品であった。詳しく紹介する余裕はないが、この「なひろだに」だけでなく、三次市布野地区の「こぶしグループ」のすぐれた活動などJA三次管内で女性グループによる多彩な活動を見ることができた。それらはいずれも貴重な農地を守り生かそうという考え方に根ざしているように痛切に感じた(詳しくは、第53回JA全国女性大会特集を参照 「http://www.jacom.or.jp/tokusyu/toku222/toku222s08012808.html」)。

◆安芸門徒の地盤で拡がる集落営農

 さて、JA三次管内を調べてみると、管内だけで集落営農数が実に130に達している(2008年1月現在)。そのうち法人になっているのが16(うち農事組合法人14、有限会社5、株式会社1)であり、その参加戸数は599戸という多数にのぼっている。また、このJA三次管内は「大豆生産ネットワーク」を作っており、それに全法人16が参加し活動している。大豆生産ネットワークというのは、生産段階で必要とされる技術や専門機械の効率的活用をめざしネットワークを組んでいるだけでなく、生産した大豆を豆腐や納豆などに加工するために加工企業とネットワークを組み、さらに販売に当たっては「きん菜館」や「Aコープ直売所」あるいは管内の道の駅の直売所などで、確実に販売しようという組織化である。私がかねてより唱えてきた「農業の六次産業化」を大豆で具体的に実現しようというものである。要するに高付加価値を生産者と地域にもたらそうというネットワークである。
 ついでながら、安芸門徒の地盤である広島県全体の集落法人数について最新のデータを示しておくと(1)集落営農数572、(2)農業法人数117となっている。本稿の(上)(2007年11月20日付)で示していた農林水産省調べと若干異なっているが、農業法人数はやはり全国トップレベルにあることが判る。

◆北陸地方の集落営農の動向

 福井県も集落営農数もまたそれを基盤においた農業法人数も多い地域である。もちろん浄土真宗の信徒も多いところと聞いている。その福井県の中でも、あわら市の集落営農数が飛び抜けて多い。市内には全部で89集落あるがその中の42集落で農用地利用規定を策定しており、その区域内の面積は市内全水田面積の約70%を占めている。こうした基礎の上に、集落営農組織は55、それを基盤に設立された農業生産法人は30法人に達している。そしてその対象面積は町内水田の約60%をカバーしていると見込まれている。こうした体制のもとに米の生産調整を遵守しているだけでなく、麦+大豆、麦+ソバという周年作を推進し、水田の土地利用率は120%というすぐれた状況を作り出しているのである。こうした水田営農の組織化による合理化の上にたって、地域特産品として「越のルビー」と呼んでいるミディトマトを生産、加工しているのが女性グループで、もちろん直売所で販売するとか、名湯あわらの湯の町で売るなど、多彩な六次産業化に取り組んでいる。このような概況は私なりに調査してきたが、集落レベルまで下りた詳細な調査をいずれ行いたいと考えている。
 かつて本紙にも紹介したように富山県入善町では(本紙2006年8月10日号、10月10日号、12月20日号など参照)、集落を基盤に集落営農の推進や集落をベースにした農業法人化など多彩な活動が見られるとともに、青年農業経営者たちは「平成の結(ゆ)い」とも言うべき活動をしていた。大型機械が農繁期にもし突発的事故に遭えば即座に、機械を持ち寄り作業をすませて、一杯飲んで決済無し、という行動を紹介したことがある。また女性農業機械士会「アムロンの会」にもふれておいた。高齢技能者の食農教育のための学校給食への野菜の供給にも言及した。こういう多彩な活動の基盤と背景には門徒としての精神が根づいているのではないか、と現地調査で訪ねるたびに私なりに考えてきたのである。

◆所有は義務を伴う

 もちろん、私は浄土真宗の信徒でもないし、もし、問い詰められるならば「無宗教です」と答えざるをえない。
 しかし、これまで3回にわたって連載してきたことふり返り整理してみると、門徒の方々には、私の思い入れもあるかもしれないが、その心の奥底に次のような共通した信念を持っているのではないかと考えた。
 (1)農地というものは、たしかに先祖から譲り受けてきたものであるが、人間の生きるための食料を作る基盤であり、それは子孫からの預かりものであると考えなければならない。
 (2)しかし、自分は高齢になり子どもはやらず農業ができない現実があるので、農業をしっかりやれる人に頼んで、農地を生かして使ってもらいたい。もちろん、まだ元気な女性や高齢技能者は野菜作りや色々の農産物加工に励み元気に暮らしたい。
 (3)持て余している水田は、個人間相対で貸し借りという信用関係で活用してもらってもよいが、今の高度の農業機械化段階では、農地をまとめて団地化して効率的にかつ有効に活用するシステムを作り上げなければならない。
 (4)そのためには、地域で充分話し合い、地域にもっともふさわしい、かつ農地を活用する新しい経営者群が活動しやすい仕組みを作らなければならない。
 (5)しかも、水田や畑だけでなくそれに必要な水利施設や農道などの色々の関係する資源がある。それらを子々孫々のためにもどのように維持・管理していくべきか、地域住民全体の智恵と汗を出さなければならない。
 私なりにこのように整理してみた。要するに所有は義務を伴うということである。こうした考え方、行き方は、ひとり門徒の方々だけに止まらず日本農業、地域農業のあるべき望ましい基本的方向ではなかろうか。読者の皆さんの意見を是非聞きたいと考えている。

(2008.2.28)


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