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この人と語る 21世紀のアグリビジネス

農協が頑張れば日本農業はもっとよくなる
   
大塚化学(株)

専務取締役・農学博士   梅津 憲治
インタビュアー:坂田 正通 (農政ジャーナリストの会会員)
 「これからはアグリサイエンスの視点が必要」と梅津専務。単なる生産資材の開発・供給にとどまらず技術や情報の提供を含めて日本の生産者を支援していきたいという。新たなアイデアを支えるのは科学者の目。家庭菜園ですらも「趣味なのか実験なのか、分かりません」と語るほど科学者としての立場にこだわり、農薬の正しい知識の普及にも責任感から取り組んできた。今後の展望やJAグループへの期待などを聞いた。

梅津 憲治氏

自然は安全、農薬は危険というテーゼは間違い

坂田  入社前はカリフォルニア大学昆虫学部で研究者生活をされていたとか。

梅津  米国には7年間いて、入社したのは33歳でした。ただ、その後もしばらく研究を続けましたから帰国して実質的に仕事を始めたのは37歳のときですね。
 大学では毒性薬理学科に席を置いて新しい殺虫剤のデザインを研究していました。そのころ、弊社に新しい殺虫剤開発の計画が持ち上がって私に声がかかったわけです。最初の仕事としては弊社の鳴門研究所のスタッフとともにオンコルという殺虫剤の開発です。これは水田と畑作用の農薬ですが、とくにイネミズゾウムシの特効薬として当時急速に広まりましたね。

坂田  一般的には、自然は安全、農薬は危険と思われていて梅津専務は、それは間違いで正しい知識が必要だと主張されてこられました。

専門家でも驚く農薬の安全性
―― 農家に貢献できるメリットある製品・サービス提供へ

天然物には意外と毒性物質や発ガン性物質が含まれる
梅津 憲治氏
(うめつ のりはる)
昭和21年山形県生まれ。
東北大学農学部農芸化学科卒。
昭和54年大塚化学入社、
同社海外派遣研究員、
昭和63年同社取締役農薬研究開発部長兼
鳴門研究所長、
平成4年同社常務取締役農薬肥料部長、
平成13年同社専務取締役農薬肥料部長。
日本農薬学会副会長、
免疫化学測定法研究会副会長、農学博士。

梅津  世の中には、農薬に対してかなり誤解と偏見がありますね。私は何も農薬が安全で、天然物は危険だと言うつもりはありません。ただ、科学的な事実に基づいて検証すれば、現在登録されている農薬は、使用基準にしたがって使われるかぎり、安全上問題はなく、人の健康にも悪影響を及ぼさないということが明らかにされているわけです。
 これは農薬に関する各分野の研究者による膨大な試験成績の結果で確認されており、国も保証しているわけですね。実は、天然物を農薬と同じような基準で安全性の検証をするといろいろ問題があるものが見つかるんです。天然物というのは、意外に思われるかもしれませんが、毒性物質や発ガン性物質が含まれています。
 なによりも人類が食料を確保してきた歴史を考えると、食べ物から毒性のある天然物を取り除くか、その含量を減らすということだったわけですね。現代人はすっかりそのことを忘れてしまったんですが、実は天然は怖いものだったんです。そのことをもう一度思い起こしてほしいと思いますね。

坂田  農薬は科学の塊、つまり、数多くの分野の成果で開発されているとも指摘されていますね。

梅津  農薬は20種類ぐらいの総合した学問の総結集の結果で生まれているわけですね。ですから専門的知識のない人がメディアでコメントすると非常に誤解を生むもとになると思うんです。農薬は軽々しく扱うものではなくて、もう少し技術的な背景が分かる方が有用性なり危険性なりをディスカッションすべきです。
 松本サリン事件のときに、マスメディアは自宅で農薬を調合している際に発生させたのではないか、と報じましたよね。こんなことは少し科学の知識がある人なら、常識的に考えてあり得ないんです。それをマスコミは本気でずっと報道しました。そういう大変な誤報道で犯人扱いされたわけですね。
 農薬がこんなにさまざまな試験をして安全性を検討しているということを話すと、みなさん驚きますね。専門家でも驚きます。たとえば、環境ホルモンは次世代への生殖機能に異常があるかどうかが問題になっていますが、農薬はすでにその試験も行っているんですね。これは専門家でも知らない人がいます。
 また、農薬がアトピー性皮膚炎の原因だとか、発ガン物質だと言う人がいますがそれも間違いです。ガンについては、疫学調査によって農薬は発ガンとは関係ないデータも出ているわけです。アレルギーの問題でも、皮膚感作性があるかどうかを試験し、それがあるものは農薬にしていませんし、若干でもあるものは使用上の注意がつきます。天然になかったものだから怖いという恐怖心はなかなかなくならないと思いますが、一括りにしないでそれぞれについて安全性、有用性を検証すべきなんです。

農薬使用基準を保証しながら減量を推奨するのは農政の矛盾

坂田  この4月から改正JAS法が施行され、そのなかで有機農産物の検査と認証、それに基づく表示が制度化されました。これについてはどうお考えですか。

梅津  その前に有機農産物とは何かということを考えてみたいと思いますね。先ほどから申し上げていますように農薬は使用方法を守って使えば安全だし、1日の摂取許容量(ADI)を決めていてその範囲であれば、何の問題もないですよと国が科学者を動員して決めているわけです。
 一方、有機農業のいちばんの眼目のひとつは農薬と化学肥料の使用量を減らすということですね。しかし考えてみれば、国が農薬はこう使えば何の問題もないと保証しておきながら、片方で農薬や化学肥料の使用量を半分に減らすことを推奨するというのは、農政の自己矛盾だと思います。これは強調しておきたいことですね。
 しかし、そうは言っても農薬や化学肥料の使用量が少ない農産物を欲しいという要求があります。そこで、それはそれで国も定義しようというのが国の考え方であって、有機農業は国の方針ではなくて、あくまで経済原則から発していることだと思います。ですから、私たちも事業として有機農業用の生産資材の開発もしますが、それは農薬の安全性の問題とは別問題です。有機農産物に対して需要がありそれに取り組む農家がいるから支援しようということなんです。

梅津 憲治氏 営農指導にもっと注力すれば日本農業はよくなる

坂田  全農は4月に新たに21経済連と統合して27都府県本部体制となりました。新しい全農に期待することがあればお聞かせ下さい。

梅津  日本農業の将来を考えると、農協、そして全農という農協系統組織にがんばっていただかないとどうにもならないと思います。基本的にその担う役割は大きいと思っていますが、系統組織に限らず私たち製造メーカーも流通関係者も考えなければならないのは、農家の方々に貢献できる、メリットのある製品、サービスを提供することだと思います。その点から言うと、系統組織に望みたいのは営農指導にもっと力をいれていただきたいということです。そうすれば日本農業はもっとよくなってくると期待しています。

坂田  大塚化学としての今後の方向はどうお考えですか。

梅津  農薬や肥料という分野にとどまらず広くアグリサイエンスという観点で事業を展開しようと考えています。たとえば、そのひとつが養液土耕栽培です。これは、土をベースにした養液栽培です。ハウスの中の畝ですね、そこにたい肥や土壌改良剤を入れて作物を植え根本に点滴チューブを這わせるというものです。肥培管理は、コンピュータ制御で行って自動的に施肥や灌水ができます。私たちは10年前から普及試験をしてきましたが、今は全国的に広がっていて、茨城経済連もこの養液土耕栽培を採用してくれています。

梅津 憲治氏 従来の養液栽培の10分の1の投資額ですむ

坂田  生産者にとってのメリットは?

梅津  苗を植えれば後は、コンピュータ制御ですから労力がかかりませんが、通常の養液栽培を導入しようとすると、かなりの投資額になるんですね。しかし、このシステムは土を利用しますから、ガラスハウスやビニールハウスがあれば、10アールあたり100万円ほどで済みますから、これまでの養液栽培の投資額にくらべて5分の1から10分の1ぐらいです。それでも品質も収量もいい作物が栽培できるのが特徴です。

坂田  何か趣味はお持ちですか。

梅津  家庭菜園、というといかにも、の感じですが、裏庭に野菜と果樹を植えています。そこに、家庭園芸用養液土耕栽培システムを導入しようとしまして(笑)、これは小型のシステムです。趣味なのか実験をやっているのか分かりませんね(笑)。10種類ほどの野菜や梅、柿、みかん、いちじくなどを植えていますが、やはり管理が大変です。

坂田  最後に信条がありましたら。

梅津  天命を信じて人事を尽くす、ですかね。人事を尽くして天命を待つではなくて。これは私の信条というよりも心境ですね。積極的に絶対にうまくいくんだということを信じて頑張るということです。

坂田  ありがとうございました。
「陶板名画美術館」を設立
大塚製薬グループが創立75周年記念事業として徳島県鳴門市に日本最大の「陶板名画美術館」を設立

(インタビューを終えて)  梅津専務は33才で入社。第1次石油ショックの頃オーバードクターで、就職難の時代だった。カリフォルニア大学リバーサイド校でフクト教授について、毒性薬理学を学ぶ。その延長線上に殺虫剤「オンコル」の開発研究がある。
 入社後さらに4年間カリフォルニア大学で研究を続ける。実質的な会社生活は37才で始めたという。だからその理論的背景は全て知っていますと胸を張る。「農薬と人の健康」の著書もあるが、講演依頼があちこちからある。
 JICAでは英語で講演する。講演を聞いた人はたいてい農薬の安全性について納得してくれるという。「天命を信じて、人事を尽くす」が信条、天命を座して待つより積極性がある。
 学生時代に結婚した夫人は仙台―カリフォルニアー徳島(大塚化学の研究所がある)と梅津さんについて寄り添う。彼女は近所の子供たちに英語を教える傍ら47才で大学に再挑戦。現在徳島大学大学院2年生で比較言語学を勉強中。子どもは2人、長男独立、次男は学生。趣味は野菜や果樹などの園芸で徳島の広い150坪の自宅裏庭で育てる。週末は園芸の世話で大変ですとおっしゃる。 (坂田)