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この人と語る21世紀のアグリビジネス

振幅激しい市況産業の中 堅実経営に徹する

古賀 啓 飯野海運(株)常務取締役
古賀 啓氏
 JA全農がヨルダン肥料「アラジン」などを運ぶ肥料専用船は飯野海運の船だ。古賀常務は入社1年後に営業の全農担当となり、間接的に日本農業と関わり続けた。それだけに最近、過剰農薬で要注意の中国野菜などは、もし商売になっても「運びたくない」と気骨を見せる。もっとも同社は小口を対象としない外航の会社だ。常務の故郷は農村。農家出身ではないが、里山を原風景とし、農業への愛着は深い。「コメ消費をもっと拡大できないものか。子供のころは1年に1人1石は食べるといわれていたのに」と残念がる。そして「コメだけは輸入なしにしたい」と思いを込めた。

 聞き手:坂田正通(農政ジャーナリストの会会員)
 

◆長い提携関係のポイントはやはり『信頼』です

古賀 啓氏
(こが けい)昭和19年5月福岡県生まれ。42年中央大学法学部卒。飯野海運(株)入社、IINO LINES(U.S.A.)INC派遣、飯野海運貨物船第一部長、取締役を経て平成9年常務取締役(現在、貨物船グループ担当)。

 ―農業と船会社は物流で関係が深く、とくにJA全農としては肥料専用船「JAアラジンレインボウ号」と「JAアラジンドリーム号」をチャーターしている飯野海運との付き合いが長い。まずそのきっかけをお話下さい。
 
 「おっしゃる通り、全農さんは44年間の大事なお客様で、このお付き合いは私どもの一つの誇りでもあります。提携の原点は1958年に当時の全購連さんが肥料原料の直輸入を考えられた時です。それまでは商社から買われていたのです」

 ―直輸入は大量輸送で単価を下げる発想でした。しかし商社にとって輸入肥料はドル箱だったから食い止めを図りました。 

 「それで財閥系商社は『全購連に船を回したら、ほかの荷を運ばせないぞ』などと系列の船会社に圧力をかけました。そこで非財閥系の私どもが『うちがやりましょう』と引き受け、全購連さんに感謝されました」
 「その5年後には全購連の肥料取り扱い量が三井、三菱などの大手商社を抜いて日本一のシェアとなりました。70年には私どもへの発注で5万6000トンの『第5全購連丸』が誕生しました。これは日本で初めて、世界でも珍しい大型の肥料専用船でした。その後も『第1全農丸』を就航させました」

 ―今はヨルダン肥料の開発輸入に合わせた『ドリーム号』と『レインボウ号』ですね。

 「来年春には、その『JAアラジンドリーム号』に替えて、最新鋭の2代目が誕生する予定です」

 ―長い提携関係のポイントはやはり『信頼』だと思います。

 「そうです。お互いの切磋琢磨もあって築かれました。ヨルダン肥料を含め全農さんの肥料輸入の6割ほどは私どもで運ばせてもらっています」

 ―常務さん個人としても全農との付き合いは長いですね。

 「入社以来35年間お世話になっています。ヨルダン工場の完成式典にも当時の社長と共に参加させていただきました」

◆中国の荷動き増えても残留農薬野菜は運びたくない

古賀 啓氏

 ―飼料輸送はどうですか。

 「残念ながら現在はわずか数%で一ケタ台です。ちょっと説明しますと、世界の海上輸送量は、2000年で約19億トン。うち鉄鉱石、石炭、穀物の合計が約12億トンで6割強。これを3大メジャー貨物といいます。飼料は穀物の中に含まれます。肥料はマイナー貨物に分類されます」

 ―海上運賃というのは、どんな値動きをするのですか。

 「市況産業であり、需給関係で乱高下します。景気が良いと荷動きが増え、船が不足して運賃が上がるから、新しく船を建造して増やす、すると運賃が下がる、景気が悪くなれば、さらに落ち込む。海運市況は基本的にその繰り返しです」
 「一昨年は荷動き急増で新造船の発注も増え、それが昨年来、続々と竣工しましたが、その後はまた景気ダウンで今は市況低迷です。しかし日本の景気見通しとしては今年初めあたりが底入れの感じです。中国の荷動き増加もあり、それに今夏の酷暑で電力消費の伸びと共に火力発電用の石炭輸送が増えそうで今年後半に期待しています」

 ―中国からの農産物輸送はどうですか。

 「私どもは運んでおりません。それに残留農薬の問題があるから、私としては余り運びたくありません」

◆真っ先にリストラにさらされた海運業

 ―7月20日は『海の日』です。海運立国といわれた時代もありましたが、日本の海運業は真っ先に国際競争にさらされてリストラも早かったですね。

古賀 啓氏

 「ええ。82年に約33000人いた日本人船員が昨年は10分の1以下に激減しました。一方、日本の会社が支配する外国人船員は現在約50000人と見られます。日本人と比べ、給料というか船員費には大きな差があります」
 「日本籍船も同じ期間に10分の1に減り、現在はわずか117隻です。一方、日本の会社が支配する外国籍船は約2000隻とほぼ倍増しています」
 「うち500隻弱は単純な外国よりの傭船ですが、あとは便宜置籍船です。これは税金の安いパナマ籍で主に外国人が乗り組んでいますが、実質オーナーは日本の会社です。便宜置籍船は歴史的に見ますと30年代、米国の禁酒法時代に沖合いに停めた治外法権の外国船で酒を飲むため米国船をパナマ籍に替えたのが起源とされます。その後,米国人より給料の安い外国人船員を乗せるため船籍変更が広がっていきました」

 ―禁酒法がリストラにつながってくるとは驚きです。ところで運賃はドル決済ですか。

 「当社は約75%がドル収入(前期決算)です。一方、費用は約55%がドル決済です。だから円高は困るんです。しかし荷主さんは原材料輸入をされる方々が多く、全農さんも円高歓迎ですから、その点、利害が相反します。しかし基本的には為替レート変動による収益の大幅な差はできるだけ縮めたいと思っています。費用のドル化率を上げることも課題の一つです」

◆コメは日本の食文化の中心
  消費拡大の大運動を

古賀 啓氏

 ―農業全体からすれば円安のほうが良いのですよ。円高ですと肉でも野菜でもたくさん輸入できますから。さて、肥料や飼料の原料を輸送する海運業は、日本農業を支える裏方ともいえます。今後の日本農業はどうあるべきだと思われますか。

 「農業問題には国策の視点が必要です。最近は食の話題が多いですね。ここ10年来、日本人は食料に限らず安いものを求める傾向ですが、中国野菜の残留農薬問題はそのしっぺ返しの感じです。安全安心は、ある程度カネで買う必要があります」 「私は福岡県朝倉の農村地帯出身で、センチメンタリズムも含めて田園は私の原風景です。それを持続させるためにも農業をきちんとやってほしい。消費者として私たちが食べるものは日本で作ってもらいたい。自給率を高めるためにも、気概を持ってうまくて良いもの、付加価値の高いものを作ってほしいと思います」
 「コメは日本の食文化の中心だから、ミニマムアクセスとか後継者難とか価格低落など難しい問題がたくさんあることは十分承知していますがやはり国産でいきたい。そのためには消費拡大の大運動が求められます」

 ―最後に飯野海運の会社概要をお聞かせ下さい。

 「1899年に創業者が京都府舞鶴市で海軍に石炭を納入する飯野商会を設立したのが始まりで、艦艇の燃料が重油に切り替わるのに伴い当社もタンカー部門に進出して業容を拡大しました。太平洋戦争の真珠湾攻撃では海軍の要請で高速タンカーを建造し、船足の速い艦艇に燃料油を洋上補給したというエピソードもあります」
 「戦後はタンカー船隊の拡大を図ると共に定期船部門にも進出し、一時は日本郵船と肩を並べる船隊規模を誇りましたが、56年のスエズ動乱に伴うタンカー運賃の高騰に際し判断を誤って苦境に陥りました。64年の海運集約で大幅な業容縮小を余儀なくされたあとは堅実経営に徹して現在は大手3社に次ぐいわゆる中手の一社です」

<会社概要>
 飯野海運(株)(東京都千代田区内幸町2)今年で創業103年目。オイルタンカー、貨物船、ガスタンカー、ケミカルタンカーの4部門からなる海運業のほか不動産部門も。▽資本金107億円▽運航船腹量84隻▽太田健夫社長▽売上高626億円(02年3月期)▽経常利益36億円。

インタビューを終えて 

 古賀さんとは若い頃、一緒に仕事した思い出がある。第一次石油ショック直前、当時の全購連は物不足を予測し、カナダ加里確保のため5万5千トンの大型船を緊急傭船した。バンクーバー港積みで新潟港1港揚げ、バンカーオイル付き条件の傭船契約は業界の常識を破るものだった。積地の倉庫が空っぽになり新潟の倉庫がカナダ加里の荷揚げで満杯になった直後にオイルショックが勃発。農協やメーカー手配のトラックが加里肥料を引き取りに新東(現全農)バース倉庫前に長い列をなしこの緊急傭船した船が宝船となった。28年前のことでその時の飯野海運のカウンタパートが古賀担当だった。古賀さんはニューヨーク勤務などを経て順調に社内の出世コースを歩む。現在一部上場企業の役員4期目。
 趣味は健康維持のためのゴルフ。毎朝ラジオ体操のあとゴルフ用特殊バットの素振りを50回、夜は腹筋・背筋強化体操を10年以上は続けている。通勤は地下鉄霞ヶ関駅から、エレベーターは使わずイイノビル6階の会社まで毎日階段を昇る。ゴルフのオフィシャルハンディは3年前の17から現在は11と進歩.学生時代はスポーツ選手。バレーボールと野球ではキャッチャー。
 長女は昨年結婚して独立、夫婦と末娘さんの3人暮らし。振幅の激しい市況産業に身を置きながら会社も自身も堅実経営。 (坂田)


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