農業協同組合新聞 JACOM
   

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シリーズ みちのくを生きる女性たち
麗ら舎(うららしゃ)につどう
簾内敬司

小原麗子さん


小原麗子さん
小原麗子(おばら れいこ)さん
1935年、岩手県生まれ。67歳。

 「女性たちがつどえる場所がほしかったんです」
 麗ら舎は小原麗子さんの自宅である。そこが麗ら舎(うららしゃ)であることを示す看板も何もない。玄関先にモクレンの紫色の花が咲いていた。麗ら舎読書会の女性たちは月に一度、そこにつどう。
 会員は7名。会友が8名。読む本はさまざまだが、読むだけではない。聞き書き活動もする。「戦争」にこだわりがある。手づくりの文集には、そのこだわりが綴られるばかりでなく、無名の人びとの人生譚が発掘され、伝承され、しっかりと地域に根をおろしているさまが感じられる。
 手書きも混じる文集を読んでいると、人間の声がしてくる。
 「10月30日、麗ら舎に集まった23人、千三さんのお墓に詣で線香と花をたむけました。そのとき小原昭さんが私の傍で、『5年前にセキさんの歳まで5年あると思ったら、今年はとうとうセキさんと同じになったよ』と、つぶやいたのです。セキさんは75歳で亡くなっていますが、昭さんもその歳になったというわけです」(別冊『おなご』21号「婆ちゃたちの五木の子守唄」石川純子)
 そうして昭さんが、みずからの人生を語りつつ、母ひとり子ひとりだったセキさん・千三さん母子の記憶をたどり、語っていく。
 千三さんは25歳で、ニューギニア戦線で戦死した。母親の橋セキさんは貧乏のどん底で、食べるものもきりつめ、戦後10年目にして、息子の墓を建てた。墓碑の表面には「南無阿弥陀仏」とだけ彫った。建てた場所は県道沿いであった。
 なぜ県道沿いなのか?「五木の子守唄」の一節に、「おどんが打死んだら、道端いけろ、通る人ごち花あぐる」とある。セキさんは生前、その子守唄をうたっていたという。
 「おれが死んだら、千三の墓さ花こあげる人もいねべと思ったんでしょ。あの唄っこの内容が、セキさんを動かしたんでねえの」
 麗ら舎読書会で、その昭さんと会った。昭さんは麗子さんとつきあって30年になるという。それなのに、「もっと早くに麗子さんと会いたかった」とつぶやいた。「麗ら舎の玄関に入るとホッとする」ともいう。
 千三さんの墓は麗ら舎の近くにある。麗子さんは年に一度、「千三忌」をいとなみ、供養を続けている。身内でもなければ親戚でもない。まったくの他人だ。だが、「身内としか暮らせない血縁社会を超えたいと思って」人一倍、苦心もし、努力もした人生だった。その道を歩んできて、たどりついたのが、麗ら舎でもあったのだ。
 だから、他人でありながら「千三忌」をいとなみ、供養を続けることは、麗子さんにとってはごく自然なことであったのかもしれない。その「千三忌」もすでに18回を数えた。いまでは花をたむける人びとが40人ほどもつどうようになった。その持続力は並大抵のことではない。
 19歳のとき、たった一度だけ、ふるさとを離れた。静岡県沼津市の魚ひらき屋で「女中」をした。魚をひらく仕事をおぼえたかったが、子守りだけさせられた。自分の部屋がなかった。手紙や日記も書けなかった。そのことが苦痛だった。
 「当時はまだ『自立』という言葉はなかったですけど、自活さえむずかしかったですね」
 10ヶ月で帰郷し、その後、農協に勤めた。青年会活動が地域で盛んだった。ガリ版刷りをおぼえ、鉄筆でガリを切った。旺盛に詩を書いた。
 29歳のとき、家を出て、単身でアパート暮らしをして「自活」を始めた。そして、1967(昭和42)年、30歳までの作品を集めて詩集『サワ・ひとりのおんなに』を出した。
 「詩集を一冊も読まないまま詩を書いていたんですよ」
 麗子さんはそういって笑うが、半端ではない、本格派詩人の誕生だった。
 49歳のとき、27年間働いた農協を退職した。「地域」や「ふるさと」のよさもわるさも知り尽くしたうえでの、さらなる「自立」への出発であったろうか。
 麗ら舎読書会は205回を数えるという。「まだやってるの」と驚くひともいるが、やめようとは思わない。そうした活動が重荷でつらいと思うときはないかと尋ねると、あっさりとこう答えた。
 「千三忌も読書会も詩の会も、私にとっては自分が生きることと同じことなんです」
 気負いのない声音だった。読書会の最年長メンバーである昭さんの、「何もかもすべて麗子さんの魅力、人柄なんですよ」という言葉を思い出した。
 魅力といい、人柄といい、それは明らかに能力の別名だと思った。 (2003.6.23)



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