農業協同組合新聞 JACOM
   

風向計
報道機関の主体性確保を
信濃毎日新聞社専務 猪股征一氏に聞く
聞き手:原田康本紙論説委員

 メディアが多様化し、新聞読者が減っている。今までは購読料収入で経営できたから、いいたいことがいえたが、そこが危なくなっていると猪股専務は新聞各社の実態を明かす。今回はスポンサーに迎合するような記事に囲い込まれそうな新聞ジャーナリズムの危機に焦点を当てた。聞き手は原田康本紙論説委員。

◆料理人そして栄養士
猪股征一
いのまた・せいいち
1944年東京生まれ。
慶応義塾大学法学部卒業。信濃毎日新聞社入社、報道部長時代に連載「扉を開けて」が菊池寛賞、編集局長時代に連載「介護のあした」が新聞協会賞を受ける。2006年3月から専務取締役。04年10月から半年間は東京大学大学院情報学環教育部非常勤講師。著書に「実践的 新聞ジャーナリズム入門」(岩波書店)。
信濃毎日新聞社は優れた報道姿勢で高い信頼を得ている長野県の地方紙。

 ――メディアが多様化し、情報があふれる中でますます重要になっている報道機関のあり方をどのようにお考えですか。

 「報道機関は料理人を兼ねた栄養士に例えることができます。料理人としては、お客がどんな料理を食べたがっているか、つまり読者や視聴者がどういう情報に関心を持っているかについて敏感でなければなりません」
 「一方、メディアは世の中全体のことを見渡せますし、様々な情報を集めていますから、その上で今どんな情報が大事なのか、どの情報に関心を持つべきかを提案できます。つまり、この栄養を摂るべきだとする栄養士のような役割も担っています」
 「その相克でニュースは選ばれます。読者の関心を重視し過ぎるとセンセーショナルな話とか、のぞき見趣味に流れジャンクフードばかり出すことになります。また栄養士的な立場に偏ると、独りよがりになりがちです」

 ――今の世の中は人々の関心がてんでばらばらです。

 「多様化がメディアの立場を難しくしています。1つには、読者の関心の前提になる価値観がばらばらになっています。山崎貴監督の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」が続編を作るほどヒットしたのは、どこの家庭でも電化製品の“三種の神器”を早くそろえたいなど価値観の均一性があった時代への郷愁です。今は家族それぞれに別々のテレビ番組を見たりしてタコ壺化しています。人々が共通に関心を持つニュースを選びにくくしています」
 「2つ目には、ここ10年ほどの間に人々の関心が内向き型、引きこもり型になったことも報道の立場を難しくしています。自分の暮らし向きを見詰めるのに精いっぱいで社会全体に関心が向かないのです。政治や経済のことなどを報道しても関係ないと思われてしまいがちです」
 「3つ目には映像メディアの影響で人々の関心が安易な方向に流れていることがあります。ニュースをショー化し、芸能人のプライバシーや絵になる話題を追うテレビ番組が増えました」
 「ジャンクフードばかり食べている人はメタボリックになるだけでなく、本当の料理の味がわからなくなります。とくにテレビはジャンクフードみたいな話題を中心にし過ぎます」

◆危険性はらむWeb

 ――読者・視聴者環境が非常に難しくなっているのですね。

 「報道機関側としては、わかりやすく書くなどの工夫がいっそう必要になっています。また新聞社や放送局の内部事情もあります。比較的裕福な家庭に育って社会の底辺の人たちの痛みが理解しにくい記者が増えてきました。政治家にも同じことがいえますが、記者教育が昔以上に重要になっています」
 ――新聞社がWebに走るのは問題だと思いますが…
 「新聞発行部数(スポーツ紙を除く)はピークだった01年から07年の間に約60万部減り、広告収入も大幅減です。そこで第3の収入源をインターネットに求めようとしていますが、Webの広告収入は新聞社全体の収入の1%にも満たない水準です」
 「新聞のニュースの品質が高く信頼できるのは、膨大な人手と取材費をかけているからですが、それは『紙』の新聞が購読料や広告料を稼ぐからです。ところがWebはただでニュースを流す結果、『紙』を売れなくする危険性を持っています。『紙』の部数が減れば新聞社は人件費や取材費を減らさざるをえず、信頼できる情報の提供が難しくなり新聞のジャーナリズム性が脅かされます」
 「将来、仮に『紙』の新聞が廃れた時、インターネットでは、新聞購読料に相当する、ニュースへの課金の仕組みができそうもありませんので、広告収入に頼らざるを得ません」

 ――そうなればスポンサーの影響力が絶大となります。

 「行政や政治権力を含めたスポンサーに気を使うニュースばかりになる恐れがあります」
 「昨年12月14日に、ある大手企業が東京の各紙に全面広告を出しましたが、その4日前に社のイメージにマイナスになる記事を書いた朝日新聞には出しませんでした。購読料が収入の柱なら、その程度の広告減は無視できますが広告収入だけが頼りなら無視できなくなるでしょう」

 ――テレビはNHK以外すべてがスポンサーつきです。その顔色をうかがいながら視聴率を高めようと一億総白痴化を競う面があります。Webにも、そういう危険性があるのですね。

 「新聞購読料は、スポンサーに迎合するようなニュースばかりに国民が取り囲まれないようにする保障でもあるわけです」

◆記者クラブから撤収

 ――活字メディアの役割は非常に大きいのですが、発表ものに依存した官報的な記事が多いと思います。脱記者クラブの問題についてはいかがですか。

 「田中康夫前長野県知事の功罪は別にして、『脱記者クラブ』宣言に限って言えば、全国の地方新聞の編集局長は概して好感もって迎えました。信濃毎日新聞では前知事が県政記者クラブを追い出したのを機会に経済記者クラブ(農協ビル内)と市政記者クラブからも記者を撤退させました」
 「クラブがあると記者は現場を回らず、役所のフィルターを通してしかものごとを見なくなるなど記者の育成に害があります。クラブは、一社だけが記事を書き損なう、いわゆる『特オチ』をしないための保険機構のようなものだともいえるでしょう」
 「しかし東京の新聞はクラブがあれば少ない記者で情報をカバーできるし、また脱クラブが東京に飛び火すると、中央官庁や経済団体を根城にしている大勢の記者を引き揚げさせないといけないので概して反対のようでした」
 「私は、この問題を日本新聞協会の編集委員会で正面から議論してほしかったのですが、東京紙の編集局長たちには長野だけの問題にとどめようという空気が強かったように感じました」

 ――読売新聞の渡辺恒夫会長が福田康夫首相と民主党の小沢一郎代表の密室協議を自ら計り、仲介したことについてはどうですか。ジャーナリストとしてはどうかと思いますが。

 「昔は政治部の記者から政治家になる人が多く、政治家と政治記者の間は緊張関係ではなく同類みたいなところがありました。その延長ともいえる行動ですね」
 「しかし今は、読売新聞は別として、あの行動に共感を示す記者は少ないと思います。両党の大連立を考えたのなら紙面でそれを主張すべきです。自分が仲介する行動は、ジャーナリストと関係ありません」

◆大学に講座開設して

 ――話は戻るようですが、インターネットで情報を得ているから新聞はいらないよという人は増えると思いますか。

 「新聞協会の調査結果では、そういう人ほど実はインターネットも見ていないのです。つまりもともと情報に関心がないのですね。『ネットで間に合う』というのは新聞を断る方便です。面白いのは新聞読者のほうがネットをよく利用しているということです」

 ――新聞を読まない学生たちが増えました。どうしてこうなったのでしょうね。

 「昔は親が新聞を取らないというのは恥ずかしいことだという雰囲気が各家庭にありましたからね。今は学校の先生の中にも読まない人がいます。携帯電話に金がかかりすぎて新聞代に回らないこともあります」

 ――購読料収入が減れば広告料収入も減ります。特定のスポンサーに頼るという新聞社経営は危険です。

 「これまでは購読料で経営できていたから、言いたいことが言えましたが、そこが危なくなってきており、私としては危機感を深めています」
 「最後に読者を増やす対策の1つを挙げますと、先生たちの卵の段階から新聞に関心を持ってもらおうと信州大学教育学部と提携して新聞活用教育概論という講座を我が社の費用で開いています」

インタビューを終えて

 新聞を読まない人が増えている。インターネットで見ていると云われているが、新聞協会の調査では新聞を読んでいない人ほどインターネットでも見ていないという。
 新聞を丹念に読み、考えて、判断の出来る人が増えては困るのでテレビで1億総白痴化を狙い、ケータイで促進をしようとしている人たちの思惑どうりにすすんでいる。
 大手の新聞社が「紙」から「Web」に移行をする動きが出ている。新聞は読者の購読料が主たる財源であるからこそ「社会の公器」として報道の自由が保たれている。Webとなれば視聴料は取れず広告料にたよることになる。スポンサーの意向で報道の内容が決まってくる。新聞メデイアとしては自分で首を絞めることになろう。
 猪俣専務の貴重なお話を全部紹介できないのが残念である。専務の書かれた「実践的 新聞ジャーナリズム入門」(岩波書店)をぜひ読んでいただきたい。(原田)

(2008.1.24)



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