農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 JA全農畜産生産部特集

和牛素牛
2万5000頭増産めざして

生産現場に近い飼養管理技術を試験・研究
JA全農 肉牛繁殖・肥育研究分場



 和牛の繁殖基盤が著しく脆弱化していると指摘されている。繁殖基盤が脆弱化することは和牛肥育農家など和牛生産にとって大きな問題だといえる。JA全農は繁殖基盤を維持・強化するために平成21年度までに和牛素牛を2万5000頭増産するという方針を掲げて取り組んでいる。そして従来からある「全農肉牛実験農場」(茨城県笠間市〈旧・岩間町〉)に繁殖施設を建設し、「全農肉牛繁殖・肥育研究分場」と改称して本格的に和牛繁殖の試験・研究に取り組んでいる。そこで同分場に、現在の取り組み状況と今後の展開などを取材した。

◆4割も減少した肉牛繁殖農家

 国内の畜産事業は、生産者の高齢化、輸入畜産物の増加などから生産者が減少傾向にあり、生産基盤が脆弱化しつつある。
 肉牛についてみれば平成9年に約14万3000戸あった飼養農家が、15年に10万戸を割り17年には8万9600戸へと5万戸以上も減少した。
 なかでも子取り用メス牛を飼育する「繁殖農家」は、図の棒グラフように平成9年の12万1800戸から17年には7万6200戸へと約4割・4万5600戸も減少している。子取り用メス牛の飼養頭数は9年の65万4000頭から17年は62万3000頭へ約3万頭の減少で、農家1戸あたり飼養頭数は9年の5.4頭から17年は8.2頭へと増加し、規模が拡大してきているといえる。
 しかし図の折れ線グラフのように、10頭以上を飼養する農家の割合は、15年の19.2%をピークに近年は18%台と横ばいの状況にあり、小規模農家が圧倒的に多いといえる。ちなみに、肉専用種肥育牛飼養農家に占める50頭以上飼養農家の割合は25.1%、乳用種肥育農家に占める100頭以上飼養農家の割合は28.7%(いずれも17年)となっており、これらと比べても繁殖農家の経営規模が小さいことがうかがえる(数字はいずれも農水省「畜産の動向」による)。

肉用牛繁殖農家の推移

◆肥育用子牛の確保は年々困難に

 和牛経営としては、素牛を生産する繁殖経営、素牛を購入して肉牛にまで育てる肥育経営、それらをすべてを自前で行なう一貫経営の3つの形態がある。このなかで、肥育や一貫経営では大規模化が進んできているが、繁殖経営は小規模で平均年齢が62歳を超えているというように高齢化が著しく、将来的に存続が危ぶまれている。
 一貫経営の場合には自ら子牛の生産から手がけるので問題はないが、肥育経営の場合には、繁殖基盤が脆弱化すれば「規模を拡大したい」とか「肥育したい」と考えても、もとになる素牛そのものが手に入りにくくなるという事態が生じる。
 こうした事態を回避するためには、肥育経営に繁殖を取り込み一貫経営にしていくか、繁殖農家の経営力をアップさせるか、酪農家など牛の繁殖について技術や経験のある人たちを新たな繁殖農家として育てるなどの対策が必要になる。

◆繁殖施設を建設し研究・技術開発に取り組む

 そのためJA全農は昨年12月の畜産事業委員会で、畜産生産基盤の維持・拡大に向けた取り組みの強化を提案。そのなかで、和牛素牛について、平成21年度までに2万5000頭の増産をはかると具体的な数字をあげて提案し、繁殖基盤の強化に積極的に取り組んでいくことにした。
 また17年4月に、大規模肥育経営・繁殖経営・一貫経営農家に対する技術対応力の強化を目的に、飼料畜産中央研究所(飼中研)の全農肉牛実験農場に繁殖部門の施設を設置。和牛繁殖用メス牛100頭を16年6月から17年5月にかけて逐次導入し、より生産現場に密着した研究・実践農場として位置づけ、今年2月に「全農肉牛繁殖・肥育研究分場」と、繁殖にも注力した名称に変更した。
 同分場は、平成6年にET事業の実証展示農場「全農ET肉牛実験農場」としてスタート。11年にET事業部門を北海道の「全農ETセンター」に移管し、名称を「全農肉牛実験農場」に改め、飼中研の研究開発部養牛グループの研究施設として、常時約400頭の肉牛を飼養管理し、肉牛肥育部門を中心に研究・技術開発を行なってきた。そして前述のように繁殖施設を導入し、より本格的に繁殖部門の研究・技術開発にも取り組み始めたわけだ。

◆すでに40頭が分娩、毎月8〜10頭の分娩が

 同分場はJR常磐線の岩間駅から車で7〜8分のところにあり、総面積12万7495平方メートルという広い敷地内には哺育施設3棟、育成舎1棟、肥育舎1棟、仕上舎1棟、繁殖舎1棟、堆肥舎4棟があり、和牛繁殖用100頭はじめ約490頭の牛が飼養されている。施設の能力をフルに発揮すれば740頭前後まで飼養することができるという。
 繁殖牛の規模を100頭としたのは「早期母子分離哺育による多頭和牛繁殖経営が今後さらに普及した場合、100頭程度が家族経営で飼養管理できる最大の頭数」と考えたからだと同分場の宮崎大平場長。
 繁殖牛舎は母牛房と分娩房に分かれている。母牛房は、さまざまな試験を行なうときに多くの区分けが行なえるように10頭群飼単位の牛房が10房設置されている(間口10m×奥行5m)。分娩房は単房で12房設置されている(間口3m×奥行5m)。そして繁殖メス牛の体重や体型を随時測定できるように、体重・体型測定場が設置され、牛舎の隣りには作業事務所が併設され、凍結精液などを保管し繁殖管理がされている。
 いままでに40頭の子牛が生まれているが、「ほとんどの牛で初産の受胎が確認されており、受胎月齢は平均生後14〜15か月齢、受胎率は70%を超えている。分娩月齢は平均生後24か月齢で、分娩後の健康状況は母子ともに良好」だと、実際に試験研究を行なっている村田一馬さんは話してくれた。今後も毎月8〜10頭程度の分娩が予定されいる。

◆素牛導入から初産分娩までの飼料給与体系の確立

 生まれた子牛は、順次カーフハッチに移動して育成され、約9か月齢以降に肥育施設に移動し肥育されることになる。
 ここでは、早期母子分離哺育を行ない、母牛の受胎率の向上と子牛の健全な発育と疾病・事故率の減少をめざし、実証展示を行なっていくことが最大の目標だといえる。そして、それを実践するなかで、基礎的な飼養管理に関する試験研究をし、その成果を情報発信していくことも重要な課題だ。
 「飼養管理としては、導入されたほとんどの繁殖用メス牛が未経産牛なので、初産分娩までの育成期飼養管理がテーマとなる。この時期の飼養管理は、太らせないことが重要である一方、将来の体をつくる発育段階でもあるため栄養面でのコントロールが難しく、飼料給与体系を確立させる必要がある」と村田さん。また、未経産時の受胎月齢が遅くなると後々の繁殖効率が悪くなるので、この時期の繁殖成績も重要となる。
 そのため、配合飼料の給与量や栄養レベルを変えての発育成績や繁殖成績におよぼす影響を検討し、素牛導入から初産分娩までの飼料給与体系の確立をめざしている。

若い人にも希望が持てる
繁殖経営を提示したい

◆「1年1産」を実現するための飼養試験も

 経産牛の飼養管理では、繁殖成績の向上が最大の目標となる。ここでは、分娩後およそ80日で受胎させる「1年1産」を目標にしている。そのため、早期母子分離哺育時の母牛の飼料給与体系の確立や、繁殖成績に有効なビタミン。ミネラルなどの添加物についての評価、和牛における高タンパク質または高RDPの給与が繁殖成績におよぼす影響などに関する飼養試験が大きなテーマとなる。
 また効率よく受胎させるために、発情発見器具や妊娠診断装置の活用方法を確立することも大事なテーマだといえる。人の観察や触診では誤差がでる可能性があるからだ。妊娠診断装置として分場では、携帯式の超音波診断装置を使っているが、「持ち運びが容易で、判定も早く正確なので、非常に便利」だという。

◆哺乳ロボットによる人工哺乳体系確立へ

 生まれた哺乳子牛の飼養管理では、優れた発育と下痢・疾病の減少が目標となる。ここでは、生まれた子牛は順次カーフハッチに移動し、和牛の人工哺育体型の改善・確立に関する飼養管理が試みられている。
 具体的には、母牛からの初乳摂取日数、粉末初乳製剤や代用乳の給与量、給与期間について検討されている。また、子牛の首につけられた個体を識別するセンサーで個体ごとに給与される代用乳の量をコントロールできる哺乳ロボットによる「和牛における哺乳ロボットを用いた人工哺乳体系」の確立へ向けた試みも実施されている。
 約9か月齢以降の子牛は、従来からある肥育施設に移動されるが、そのことによって繁殖肥育一貫経営の飼養管理について検討・実証が行なわれることになる。
 従来は、こうした繁殖関係の試験・研究を目的とした施設がなかったために、生産者の協力を得るしか方法がなかった。しかし、さまざまな試験を行なうことによる母牛への負担というリスクを生産者に負わせることになるので、なかなか実施できないというのが実状だった。

◆人材育成や省力化・効率化への研究も

 「よりフィールドに近い飼養管理ができる」(宮崎場長)繁殖関係の施設を整えたこの分場ができたことで、自らのリスクで前述したような試験・研究が実施され、その成果をJAグループとして県域やJAさらには生産者が活用できるようになったことは、和牛の繁殖生産基盤を強化するうえで、非常に重要なことだといえる。
 さらに、全農の事業所や地域別飼料会社で肉牛関係を担当する人たちがここを訪れ、繁殖の技術的到達点を実際に牛を見ながら研修をおこなうなど、人材育成もこの分場のもう一つの役割だ。
 今後は、県域やJAから後継者など生産者までに広げた教育・研修についても検討していくことにしているという。
 こうしたソフト面だけではなく、低コストな牛舎の建設や自動給餌機、ロボットなど省力化や効率化をはかるハード面の研究・普及をはかることも、繁殖生産基盤を強化するためには必要なことであり、これもこの分場に課せられた役割だといえる。

◆魅力的な飼養管理技術の確立で農家経営に貢献

 そして宮崎場長は「和牛繁殖経営に関する効率的で生産的で魅力的な飼養管理技術の確立や商品の開発に取り組み、繁殖農家の経営や技術の向上に貢献できるようにしていきたい」と今後の抱負を語ってくれた。
 飼養現場で頑張っている村田さんは「和牛繁殖経営が、若い人からみて希望がもてるものを提示できればと思います。お父さんが繁殖経営をしているという若い人がここを見て、もう少し頭数を増やして後継者としてやっていこうと思ってくれるようにしたい」という。
 和牛の繁殖・肥育は時間がかかる仕事だ。この分場で繁殖部門がスタートしてまだ1年。これから着実に多くの成果がここから生まれてくることは間違いないだろう。そして、その成果が生産者に伝えられ、和牛素牛2万5000頭増加に大きく貢献することも。

(2006.4.3)



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