コラム

「林佳恵のぎっしり、にっこり!村の知恵袋」

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【林佳恵】
人とつながる 人をつなげる その(一)

わたくしが山形県東田川郡庄内町(旧余目(あまるめ)町)へ初めてうかがったのは'00年10月半ば。 '01年8月26日の第5回全国亀の尾サミットが、亀の尾発祥の地で開催される記念の本の制作会議のため。当時庄内経済連の米穀課長であった奥山賢一さん(現庄内町助役)、富樫透さん(現庄内町議会副議長)、成田浩輝さん(創造ネットワーク研究所代表幹事)の三人と、鯉川酒造代表の佐藤一良さん(TMO(株))イグゼあまるめ社長)にお会いしました。

『浪漫・亀の尾列島』 わたくしが山形県東田川郡庄内町(旧余目(あまるめ)町)へ初めてうかがったのは'00年10月半ば。 '01年8月26日の第5回全国亀の尾サミットが、亀の尾発祥の地で開催される記念の本の制作会議のため。当時庄内経済連の米穀課長であった奥山賢一さん(現庄内町助役)、富樫透さん(現庄内町議会副議長)、成田浩輝さん(創造ネットワーク研究所代表幹事)の三人と、鯉川酒造代表の佐藤一良さん(TMO(株))イグゼあまるめ社長)にお会いしました。生まれ、育った地をこよなく愛し、誇りとする彼らの行動力の渦の中にわたくしも巻き込まれ…編集とデザイン全般を担当。 サミットに間に合わせた本は『浪漫・亀の尾列島』写真(1)版元は論創社。亀の尾を育種した阿部亀治の青春時代から、現在、栽培に取り組む方々、酒造りの方々、食べて飲んで楽しむ人々までの歴史と想いの詰まった内容となっています。本書は版元(03・3264・5254)に少々残部があるとのことです。

◆神出鬼没
   踊る百姓

 百姓ということばを使う時、ちょっと躊躇します。文脈によって軽蔑の意にも謙遜の意にも用いられるからなのですが。農業にたずさわる人、家の古い言い方です。
 新村出さんの広辞苑によりますと、第一に一般の人民。民。青人草とあり、第二に農民とあります。百の姓(氏・苗字)というところから出発したことばが、特定の職をあらわすようになったということでしょうか。前回紹介したJR余目駅舎内の「あまるめホッとホーム」の片隅で一冊の写真集を見つけました。写真(2)『1978庄内平野 山形県東田川郡余目、米作りの町』で、'08年9月の発行です。
 本の装幀、ブックデザインを仕事にしているからでしょうが、背巾7ミリの本に手が伸びました。というより呼ばれた…とでもいうのでしょう。パラパラめくり、写真に釘付けとなりました。そしてなんと巻末には「としかつ父ちゃんの哀鴨日記」が。なつかしい阿部利勝さんの合鴨農法の文と写真。『浪漫・亀の尾列島』にも「踊る亀の尾栽培日誌」と題して寄稿して頂いた方で、舞踏家でもある。栽培日誌の最後には、「田植機」という詩とともに舞踏の写真も。
『1978庄内平野 山形県東田川郡余目、米作りの町』 舞踊ではなく舞踏。'70年代初頭、土方巽(ひじかたたつみ)氏や麿赤児(まろあかじ)氏によって旋風を起こした芸術で、わたくしもかつて麿さんの大駱駝艦(だいらくだかん)に出入りしていました。阿部利勝さんには、昨年末、なんと東京の原宿、NTTの劇場、クエストのロビーでぱったりお会いしました。ひとり芝居のイッセイ尾形さんの公演の休憩時間に。

◆この人に会いたい

 写真集『1978庄内平野』の写真にわたくしは引き込まれました。登場する方々にお会いしたい…その想いを実現する夢を次回に…。そして写真家、丹野清志さんのことも。
その二の記事はこちら

 


 
(写真)
上:写真(1)『浪漫・亀の尾列島』創造ネットワーク研究所編 論創社
下:写真(2)『1978庄内平野』丹野清志 写真・文グラフィカ編集室発行

(2009.07.24)