コラム

今村奈良臣の「地域農業活性化塾」

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【今村奈良臣】
農業の六次産業化と農商工連携法

◆農業の六次産業化と同じものだ
◆足し算から掛け算に変えた
◆なぜ農業の六次産業化を考えついたか――日本の農村の智恵に学ぶ
◆農村の女性起業の激増
◆農産物直売所の激増
◆農商工連携の目指すもの――国民の血税を活かそう

農商工連携という政策用語が、昨年の夏から、あちこちで盛んに聞かれるようになった。...

農商工連携という政策用語が、昨年の夏から、あちこちで盛んに聞かれるようになった。農商工等連携二法(農商工等連携促進法、企業立地促進法改正法)が平成20年7月21日に施行され、政策的に実施に移されるようになったからである。そして、この法律は、(1)農水省、経産省という省庁間の枠組みを超えて政策的推進を図ろうという前例のない法律である点、(2)ますます求められている農業、商業、工業という産業間連携を推進しようとしている点、(3)国産農産物重視と農村地域振興を目指している点などの特色が注目を浴びているからである。
 それを具体的に判りやすく述べれば、食料品に対する国民の消費支出額80兆円に対して、農業の国内生産8兆円をいかに付加価値をつけてふやすか、つまり、川下のニーズに対応した農業の再構築、地域の食品関連の中小企業の経営力向上、農村地域の雇用、就業機会の増大など、要するに農村地域における所得の増大をはかるため、農水省と経産省とが密接に協力して合計200億円にのぼる予算措置を講じて「川上から川下まで」の農商工連携の取り組みを推進しようというものである。

◆農業の六次産業化と同じものだ

 ところでひるがえって考えてみると、農商工連携とは、私が15年前から提唱してきた「農業の六次産業化」を立法措置により、省庁間連携の名の下に、政策的に支援しようという、いわば官庁版の六次産業推進方策である。
 今から15年前、私は「農業の六次産業化を推進しよう!」と全国の農業、農村、農民の皆さんに呼びかけた。
 一次産業+二次産業+三次産業=六次産業というのが提案の内容であった。
 農業は農畜産物の生産という一次産業にとどまるのではなく、二次産業(農畜産物の加工や食品製造など)や三次産業(流通・販売や情報サービス、グリーンツーリズムなど)にまで踏み込むことで、農村に新たな付加価値を創造し、所得を増やし、地域の中に新たな就業機会や雇用の場を創り出す活動を全力を挙げて進めようというものであった。

◆足し算から掛け算に変えた

 しかし、2年後に足し算は不充分だと考え、足し算から掛け算に変えた。
 一次産業×二次産業×三次産業=六次産業である。
 一次産業がゼロになったら、つまり無くなったらいくら掛けても零である、という警鐘を鳴らすためであった。バブル経済が横行するなかで「土地を売れば金になる」という考え方に終止符を打つための警鐘のつもりであった。さらに、それにとどまらず、掛け算にすることによって、一次・二次・三次産業間の有機的・総合的な結合が重要であることを説いたわけである。
 この私の提言は燎原の火のごとく全国の農村に拡がっていった。

◆なぜ農業の六次産業化を考えついたか――日本の農村の智恵に学ぶ

 いろいろの人たちから、「どうして農業の六次産業化ということを考えついたのですか」と聞かれる。答は簡単である。日本の農村では、もともと自給のものも含めていろいろと農林水産物を加工してきた。例えば味噌を作る、餅やかき餅もあられも作る、干し椎茸や干し大根も作る、豆腐やこんにゃくも作る、たくあんやいろいろな漬けものも作る、漁村ではいりこや魚の塩物、干物も作る、というように数え上げればきりが無い程、いろいろな農産物を加工し、自分の家で食べ、余分なものは五日市、七日市、十日市というような町名にも残る市(いち)に持っていって売っていた。保存食を作り、それを売り、所得を稼ぐ智恵をどこの農村でも持っていた。農村の英知である。こういう歴史的英知を現代にふさわしい姿でいかに活かすか。このように私は考えて、現代的課題として、「農業の六次産業化」という路線を提起したのである。

◆農村の女性起業の激増

 この私の農業の六次産業化の提案は、なによりもまず農村の女性たちの心をとらえたのであろう、農村の女性起業が急激に増加していった。
 農村における女性起業は、統計がとられはじめた平成9年の4040事業体から年々着実に増加し、平成12年6624、同15年8186、同19年9444というように大幅な伸びを見せてきている(農林水産省、経営局普及女性課資料)。この統計における農村女性起業の定義は「農村在住の女性が中心となって行う農林漁業関連の起業活動であり、(1)使用素材は主に地域産物であること、(2)女性が主たる経営を担っているもの、(3)女性の収入につながる経営活動であるもの」となっている。
 つまり、私の提唱してきた六次産業の推進主体が女性であることに着目した統計であるというように見ることができよう。近年、農村の女性の高齢化の進展の中で増加率がやや鈍ってきているものの、私が農業の六次産業化を提唱した1990年代後半から2000年代初頭にかけての農村女性起業の増加の勢いは目を見張るものがあった。

◆農産物直売所の激増

 ついで、地産地消、安全な農産物を食卓へ、というようなスローガンを掲げた農産物直売所が全国各地を覆うような勢いで伸びてきていることは周知のことである。農産物直売所は、農業の六次産業化の申し子といっても間違いない。自らの地域で生産した農畜産物(場合によっては林産物や水産物も)を、あるいは加工し、あるいはそのまま、直売所に集積し、自ら価格や生産履歴を表示し、消費者に買ってもらい、食卓をにぎわせようという活動である。
  しかし、残念なことであるが、直売所に関する正確な信頼しうる統計はいまだ充分に整理されていない。
 2005年農林業センサスによると、1万3538の直売所が存在することになっている。ただし、この統計は「定期的に消費者と直接対面で販売するために開設した場所又は施設」と定義されており、「季節性が高い農産物販売のための時季を限定して開設したものも含む」となっているため、かなり多様なもの、例えば無人の直売所などまでカウントされている可能性が大きい。しかし、それはともかくとして農業センサスによれば1万3538という実に膨大な農産物直売所が全国にわたって存在していることが推察されよう。
 また農産物直売所の売上高は、私が副理事長をつとめている(財)都市農山漁村交流活性化機構(通称まちむら交流きこう)による「地産地消の実態及び推進効果に関する調査」により常設・有人・周年営業(週3回以上営業)の4645直売所を対象にした調査によると、平均売上高は年間1億円となっている。直売所に関する統計的考察はここでの課題ではないので別の機会にゆずることにするが、ともかく、農産物直売所はいまなお売り上げを伸ばし、新たな展開をみせていることだけは確かである。そして、それを支えているのが、農村女性のリーダーシップと生産に励んでいる農村の高齢技能者たちのように思う(ついでながら、この欄で私はたびたび書いてきたことであるが、私は農村の高齢者を単に高齢者と呼ばずに、高齢技能者と呼んできた。その五体に智恵と技能が充ちているのが農村の高齢者であると考えて、ピンピンコロリ路線を推進するようにこれまで訴えてきた)。

◆農商工連携の目指すもの――国民の血税を活かそう

 さて、以上述べてきたような農業の六次産業化についての歴史的背景のもとに、はじめに述べたように農商工連携促進二法により新たな政策路線が進められようとしている。この法律の目的を要約すれば、地域の基幹産業である農林水産業と商業、工業等の産業間で連携を強化し、川上から川下をつなぐ農商工連携により、(1)付加価値の高い「売れる」地域商品の創出と供給体制の強化、(2)国内外でのマーケットを意識した「攻め」の経営、(3)「ブランド」戦略による内外でのマーケットの拡大、ということを通して、地域経済の活性化を実現しようというところに置かれている。こうした目的を実現するための装置として、(1)業種の壁を越えた連携を促進するために省庁間の行政の壁を越えた法律にもとづく支援策の推進、(2)中小企業者と農林漁業者が共同で申請した計画を認定した場合、農水省、経産省両省が共同で支援、(3)農水省、経産省がそれぞれ100億円程度、合計200億円以上の予算措置による支援、ということがうたわれている。
 そして、その典型優良事例を示す資料も作成されているが、この中には、私がこれまで調査・分析をして紹介してきた先進事例もみることができる(「所長の部屋」http://www.ja-so-ken.or.jpを参照してもらいたい)。
 最後に強調しておきたいことは、この連携事業へのJAの参加と取り組みがきわめて弱いことである。国民の血税である貴重な予算を有効に活かし、全国の都市にあふれた失業者を呼び込むなどの工夫も含め、地域農業の六次産業化に全力をあげて取り組んでもらいたい。

イラスト:種田英幸
イラスト:種田英幸

(2009.03.11)