コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
東日本復興計画の理念が見えない

 東日本大震災から立ち上がるための復興構想会議が、復興基本法の制定をめざして、活動を始めている。
 「復興会議」ではなく、「復興構想会議」だという。構想を練るだけの会議だ、というのだろう。「復興会議」は、これとは別に作るようだ。また1つ組織が増え、責任が分散され、責任の所在が不明確になる。そうして、無責任体制が広がる。
 また、法律の制定を目指しているのに、野党を排除し、その政策を議論する組織になっていない。これでは、現地に強力な組織を持っている野党が吸い上げた、現場の要求する政策を反映できないだろう。
 かつて首相は、与野党協議に参加しないものは歴史の反逆者だ、と脅したことがある。もう忘れたのだろうか。復興のために、与野党を含む全日本の叡智を集めることは、念頭にないようだ。それとも、仲間うちで作った法律を野党に押し付けるつもりなのだろうか。ねじれ国会の状況の中で、そんなことが出来る筈がない。
 ことに問題なのは、農業復興についての構想である。一部では、国際競争に勝つための、また、少子高齢化に備えるための、効率的な大規模農業を構想しているようだ。
 震災のどさくさに紛れて、自分勝手な間違った思い込みで、出来もしないのに農業を「改革」し、TPP参加への準備をしようと考えているのだとすれば、現場は迷惑するだけだ。

 農業は効率的でなければならない。機械が非効率的に使われているなら、もちろん改めねばならない。ここに異論をはさむ余地はない。だが、国際競争に勝つことを目標に掲げることには、多くの人が反対している。出来もしないことを目標にすることは、農業者の意気を阻喪させるだけだ。

 少子高齢化で、農業者の数が少なくなり、遊休農地が増え、今後、農業は危機的な状況になるという。だが、その認識は間違っている。農業を志す若者は大勢いる。だが、農業では食えないので、せっかくの尊い志を断念して、農業以外のところで働いている。ここに農業危機の真の原因がある。そういう農業にした政治に責任がある。少子高齢化などという、いわば自然現象のような、誰に責任があるのか分からない原因によるものではない。
彼らは、やがて60歳で定年になり退職する。そして、その後、若い頃からの夢だった農業を始める。60歳を過ぎても10年か20年は農業ができる。
 こうした現場の実態を深く見ることのできない政治家は、若い後継者が少なく、高齢な農業者が多い、という現象だけを見て曲解する。そして、高齢者は、やがて農業を引退するから、今後、農業者の数が少なくなる、と誤解する。
 この誤解は、若い人が農業では食っていけない、という現場の実態と、定年後に新たらしく農業を始める人が多い、という現場の状況が見えないことによる。

 大規模化にも問題がある。2つの大規模化を分けて考えねばならない。
1つは、1人の個人に任せて大規模化する方法である。他の人たちは、農業をやめて、今後はいっさい農業に手をだすな、という方法である。このばあい、農業をやめた人たちは、いったい何をすればいいのだろうか。政治がそうした人たちを見捨てることは許されないし、農村社会では、1人勝ちは許容できない。
 首相は、かつて「1に雇用、2に雇用、3に雇用」といったことがある。そして多くの人の共感を得た。「仕事があることで、人間としての尊厳を保つことができる」ともいった。まさに至言である。これは、農業問題の核心でもある。市場経済が解決しようとして、未だに解決できない根源的な問題でもある。復興構想会議は、この首相の理念を共有して構想を磨き上げてほしいものである。

 大規模化の、もう1つの方法は、この理念を目ざす方法である。農業を1人の人に任せるのではなく、集落が一体になって、若者も高齢者も協力しあって共に働き、農業を営む方法である。
 この方法は、1人は万人のために、万人は1人のために、という農協の高邁な理念にかなっている。

 もう1つ加えたいことは、農村地域での雇用の創出である。農業部門だけで雇用を大量に生み出すことには限界がある。この点をどのように構想するかが、もう1つの評価の分かれ目になる。
 かつて、農村の心ある先人たちは、心血を注いで農村に工業を誘致した。しかも最先端の技術を駆使する工業を招いた。そうして日本経済を先導し、農村に雇用を新しく作り、農村を豊かにし、そうして日本全体を豊かにしてきた。いまこそ先人たちの業績に学ばねばならない。原発事故を貴重な教訓にし、全国に先駆けて新エネルギー産業を、この地域に創出することは有力な政策になるだろう。
 復興構想会議は、被災地全体の雇用をどのように構想するか。それは、農業復興の核心でもある。そして、それは、かつて首相がいったように、一国の経済問題の核心でもある。注意深く見守っていきたい。


(前回 原発の事故処理体制の無責任

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(2011.05.09)