コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
TPPの2つの狙い

 アメリカが、日本のTPP交渉参加を認めるかどうか、を検討している。これには、政治と経済の、2つの狙いがある。
 1つは、アメリカを盟主にしたアジア太平洋地域の経済統合である。日本の貿易や投資や労働力移動など、日本の制度をアメリカ基準に変更させることで、実利を得ようとする狙いである。大統領選挙が今秋に迫っている中で、実利は捨てがたいだろう。そして、それは、次の2つめの狙いのための前哨戦である。
 2つ目の狙いはアジア太平洋地域の政治統合である。この地域をアメリカが経済的に支配するだけでなく、政治的な中国包囲網を作り、それに日本を参加させようとする狙いである。今後、アメリカは西アジアや北アフリカから手を抜き、この地域の盟主になって政治を支配し、覇権を立てたいのだろう。そうした政治的な思惑が、あからさまに見える。
 2つとも、アメリカが強大な軍事力と、衰えかけている経済力を背景に、なりふりかまわず国益を追求する、身勝手な狙いである。ここに眼を開かねばならない。TPPは、日本農業を壊滅させるだけでなく、第2次大戦の前夜のように、世界を排他的で危険な政治、経済のブロック化へ向かわせるからである。

 アメリカは、この2つのうちの前哨戦に留まるか、それとも、一気に政治支配という中国包囲網にまで進むか。それ次第で要求の強さが変わってくる。ここを見定めねばならない。
 政治支配を重視するなら、経済では大胆に妥協するだろう。そこに目を眩まされてはならない。これには、韓米FTAの前例がある。

 韓米FTAのばあい、アメリカが妥協して、コメは関税をゼロにしなくていい除外品目になった。しかし、除外品目になったのはコメだけで、他の農産物は全て関税をゼロにすることになった。
 アメリカは、韓国に畜産物市場を開放させただけでなく、韓国を、この地域のアメリカ・ブロックへ、いっそう強く縛りつけたのである。

 もしも、日本がTPPに加盟すれば、韓米FTAよりも開放度の高い市場開放を要求されるだろう。そして、アメリカが、政治統合をより強く考えるなら、僅かばかりの譲歩をするかもしれない。
 だが、それは楽観的にみても、韓国と同じように、せいぜいコメだけを除外品目にする、という程度の譲歩になるだろう。コメ以外の農産物は、韓国と同じように若干の猶予期間は許されるものの、やがて、関税がゼロなることを覚悟しなければならない。

 そうなれば、日本の畜産は壊滅する。最も被害が大きくなるのは、北海道や南九州の畜産地帯だろう。そして、日本は、コメと野菜と果樹だけという、いびつな農業になる。食糧自給率は極端に下がる。
 だが、これも、コメだけは関税がゼロにならない、という楽観的な条件のもとでの予想である。実際には、コメも猶予期間を設けて、その後の関税ゼロを約束させられるかも知れない。

 アメリカが、このような少しばかりの譲歩をしたからといって、TPPに加盟してはならない。
 TPPは、韓米FTAよりも「高いレベル」の経済連携だといっている。それは、韓国より市場の開放度を大きくすることを意味する。それには、コメも除外品目にしないで関税をゼロにするか、猶予期間を短くするしかない。
 そうなれば、日本は野菜と果樹だけの農業になってしまう。食糧自給率は、ますますゼロに近づいてしまう。だから、多くの国民はTPPに反対しているのである。

 以上は、農産物に限った影響だが、農業以外の分野でも、韓国と同じような、制度のアメリカ化を約束させられるだろう。ことに医療や保険などの分野の日本の制度のアメリカ化は、アメリカが従来から狙っていた。ここにも計りしれない程の大きな影響が出てくるだろう。
 日本が、アジア太平洋地域の経済協力を進めるなら、アメリカがコメで僅かばかりの譲歩をしたからといって、世界の大国のアメリカと中国がにらみ合うTPPに加盟するのではなく、互いに国家主権を尊重しあう協力関係を築くべきである。日本は両国の間の架け橋になる、重要な役割がある。
 多くの国民は、それを否定するようなTPPに反対している。だから、まもなく行われようとしているTPP参加交渉で、いかにして多くの譲歩をアメリカから引き出せるか、に関心はない。
 そうではなくて、このようなTPPに参加するための交渉そのものに反対しているのである。反対運動は、TPPに深く根ざしたアメリカの狙いを、見極めねばならぬだろう。


(前回 TPP推進派の元官僚の妄言が日本を滅ぼす

(前々回 今年こそ食糧自給率向上を前面に


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(2012.01.16)