コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
TPP問題の核心―政治的対立のもとでの経済統合

 TPPは、アジア太平洋地域でEUのような、自由貿易圏を目指すのだという。だが、はたしてそれは可能だろうか。
 この地域には、自由貿易圏を目指す、もう1つの組織としてASEANがある。さらに、両者を融合させるFTAAPの構想があって、両者とも、その実現を最終的な目的にしている。だが、両者は政治的に対立している。
 一方、模範となるEUは、欧州議会ができるほどに、政治的な統合が進んでいる。そうした政治状況のもとでの経済統合である。
 それに反して、アジア太平洋地域、ことにアメリカを含めたこの地域の政治状況は、残念ながら対立関係にあって、EUのような政治的な状況ではない。そうしたもとで、この地域の全体を含めた経済統合ができるだろうか。
 かつて、アメリカの前大統領は、北朝鮮を「悪の枢軸」といって敵視した。そうした政治状況がアメリカにある。
 また、半年ほど前から、アメリカは軍の再編を行おうとしているが、その仮想敵国は、北朝鮮とその後ろ盾の中国である。
 こうした政治的対立のなかで、アメリカが主導するTPPが、EUのような経済的な統合であるFTAAPをこの地域で目指すのは無理だろう。日本のTPPへの加盟は、多くの犠牲をはらっても、結局、この地域の政治的対立を深めるだけになるだろう。

 TPPは、アジア太平洋地域に位置する全ての国を含む自由貿易圏構想のFTAAPの実現を目指しているし、ASEANもFTAAPをめざしている。目的地は同じで、そこへ到るまでの道筋が違うだけだ、という人がいる。目的が同じだから、道筋にこだわることはない、TPPでもいいではないか、というTPP推進派がいる。
 だが、そうだろうか。

 政経分離という言葉がある。政治体制が違っていても、それを乗り越えて経済交流はできるし、積極的に交流しよう、という考えである。
 この考えは、互いに相手国の政治体制を認めあい、尊重しあう、という相互の理解があって、その上での経済交流である。
 しかし、アメリカが主導するTPPには、こうした考えはない。アメリカの政治、経済体制が唯一つ正しいものだ、とする独りよがりの考えである。そうして、それを相手に押し付けようとしている。

 たとえば、医療制度をみると、アメリカの制度こそが最善で、それと違う日本の制度はよくない、と考えている。だから、日本の医療体制をアメリカのように変えることが正義だ、と考える。
 医療制度だけではない。日本の保険制度や公共調達や、移民制度までもアメリカと同じにせよ、と数年前から要求し続けている。日本をアメリカ化したいのである。
 日本だけではない。アラブ地域のアメリカ化に失敗したアメリカは、こんどはアジアのアメリカ化、ことに中国のアメリカ化を狙っているのだろう。そのためのTPPだろう。

 こうした状況を考えると、日本のTPP加盟は、アジア太平洋地域の政治対立の一方に加担し、その対立を煽ることになるだろう。しかも、農業を崩壊させるなど、国の存亡にかかわるほどの犠牲を払ってである。
 政府は、「参加交渉」などと回りくどいことをいって、情報を隠蔽しながら時間をかせぎ、土壇場になってTPP加盟を決めようとしている。
 日本はTPPに加盟するのではなく、米中両国の文化を理解する数少ない国として、両者の対立を超え、両者の架け橋になって、アジア太平洋地域を、豊かに安定した地域に作りあげる努力をしなければならない。


(前回 TPP問題の核心―輸入米は旨くて安いけれど

(前々回 所得補償制度にはトゲがある

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(2012.03.19)