コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
新しい農業攻撃が始まった

 先週7日、財務省は財政審(財政制度等審議会)で新しく農業攻撃を開始した。(資料は本文の下)
 その内容は、従来の農業攻撃のむしかえしで、取り立てて新しくもないが、戸別所得補償制度の法制化に難癖をつけた、という点が見逃せない。
 ふり返ると、戸別所得補償制度は、3年前に民主党が政権公約として掲げた看板政策で、多くの国民の支持を得て政権交代を果たしたものである。農業者の支持も熱かった。この看板を下ろそう、というのだろうか。
 この制度には、農業者からの批判も根強くある。それは、この制度そのものに対する批判ではなく、いい制度だが、しっかりした法的根拠をもっていないとする批判である。だから、いつ廃止されるか分からない、という不安がある。
 財務省は、この不安を煽ろうとしている。事務局の見解だ、という言い逃れは見苦しい。城島正光(衆、神奈川10)財務相の責任は免れない。それとも、脱官僚の看板も下ろした、というのだろうか。

 財務省が提出した資料は、31ページのものである。
 会議に提出した資料を見れば、何を主張したいのか、議論をどう誘導したいのか、おおよそ見当がつく。資料の中には、50年も前に識者たちが言った都合のいい意見も入っている。
 そのうちの1つは、食糧自給率の軽視であり、もう1つは、農産物の自由貿易の推進である。この2つが、この資料の基調になっている。

 自由貿易の推進からみよう。31ページの資料のうち、6ページがこれにあてられている。
 TPPを前提にしたものではない、と冒頭でことわっているが、語るにおちた、というべきだろう。TPPを前提にしている。
 ここでは、1年前に国家戦略本部が決めた、自由貿易と農業再生を両立させる、という方針が書いてある。
 どうして農業を再生させるのか。答えは大規模化で、所得補償制度は考えないようだ。この点が、財務相らしい新しい提案といいたいのだろう。だが、これも陳腐だ。

 たとい、所得補償制度を整備しても、自由貿易にすれば、農村の再生はできない。その1つの理由は、この資料がいうように、財政負担が大きくなりすぎるからである。そうなれば、財務相を先頭にして、所得補償制度の廃止を主張するだろう。つまり、農業を再生する政策は大規模化しか残らない。
 大規模化は、明治維新から一部で主張され続けてきた政策である。だが、1世紀半が経った今でも実現していない。それは小農切り捨ての政策だからである。だから、いまだに国民から支持されていない。
 それにもかかわらず、大規模化の政策を強行する、というのだろうか。

 3年前に政権が交代したときの民主党の公約は、小農を切り捨てるのではなく、小農も、つまり、規模の大小にかかわらず、また、高齢者農家も含めて、全ての農家を農政の対象にする、というものだった。だが、この資料は小農を切り捨てるというものである。初心を忘れてしまったようだ。
 初心は、食糧自給率の向上を農政の目標に掲げ、それに貢献するために、食糧を生産している全ての農家を農政の対象にする、というものだった。そのために所得補償制度を創設した。そして、国民の喝采をえた。
 この政策は、政権公約を忠実に守った数少ない政策の1つである。それさえも、かなぐり捨てるのだろうか。

 大規模農家だけを栄えさせる、そのために自給率の向上は、農政の目的から外す、というのなら論理は一貫する。だが、その政策には大多数の国民が反対するだろう。食糧安保を捨て、食糧主権を捨てるものだからである。
 このような国家の存立に重大な影響を及ぼす政策を、国民に責任を負わない1つの審議会の議論に任せていいものではない。
 財務相は政治主導で、この会議資料を、ただちに撤回しなければならない。郡司 彰(参、茨城)農水相も、国会で「大変遺憾だ」と言っている。(資料は本文の下)

(財務相の資料は ココ  農水省の資料は ココ (9時22分ごろの発言) ) 


(前回 第3極の農業政策

(前々回 山下説は蜃気楼―その2)

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(2012.11.12)