コラム

思いの食卓

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【秋貞淑】
地球環境のこと ―危機的な「今」

 われわれは、「今、何を考え、何を求め、何をしているのか」。その「今」の蓄積が、...

 われわれは、「今、何を考え、何を求め、何をしているのか」。その「今」の蓄積が、個や集団、ひいては、地球の未来の有り様を決定づける。
 世界の到る所で多発している異常現象と言われる天変地災。その多くは、過去の「今」を節制無く生きたわれわれ人間の欲望が生み出した副産物にほかならない。
 地球という生命体を「進歩」という美名の下、むやみに傷み付けてきたツケが、ブーメランのようにわれわれに戻ってきているのである。
 遅れ馳せながら、国連をはじめ、主要先進国などはその危機の打破を多方面において模索しているものの、新自由主義という無限競争の経済思想が世界を支配している今、これといった解決策は見出せずにいる。
 しかし、もうこれ以上、地球の悲鳴から耳をそらすことはできない。着地点の定まらない国際間の協議はさておき、われわれは、当事者意識を持って、地球環境の改善・保護のため、自分にできることを積極的に見つけ出し、「今」実行に移すべきであろう。
 さて、我が家では、台所や洗濯に合成洗剤は使わないし、コピー用紙やトイレットペーパーなどは再生紙を購入している。新聞は新聞屋さんに回収してもらい、リサイクルになるゴミはきちんとリサイクルに出す。食品の無駄を防ぐため買い溜めはしないし、買い物袋は持参する。風呂や温水の温度設定は季節によってこまめに調節する……。といった程度をもって、自分なりには環境に配慮する生活をしていると思っていた。
 しかし、手紙や本などのやり取りを度々している友人がいて、彼女からの郵便には、送受信者のアドレスを消した書類封筒が再利用されたり、きれいな和紙などの包装紙が便箋として用いられたりする。ほかにも、節々で見受けられる彼女の積極的かつ楽しいエコライフは、とても格好いい。私は自分の生ぬるい時代意識を恥じつつ、封筒や包装紙の再利用など、さっそく真似をしている。
 もうひとつ、ちょうどこの原稿を書きはじめている時、先月の拙稿で話題にした夫の従弟が、今度はミラノに行くのに、成田経由の便であり、東京で1泊するとのことで、夕食を一緒に食べた。
 先月、世話になったお礼だといって、お土産を持ってきてくれた。そのなかに6個に束ねた固形の洗濯石鹸があった。彼の言い分は、「日本に留学している友達から、日本には洗濯石鹸がないということを聞いた。洗濯物が多い時は、洗濯機を使うけど、靴下や下着程度の時は、洗濯機を使うともったいないから手で洗うだろうに、洗濯石鹸がないと不便ではないか」とのことであった。
 日本にも洗濯石鹸がないわけではないが、めったに見かけられないのは確かである。だが、洗濯石鹸の有無が問題ではなく、20代の男の子の洗濯精神(?)に感心させられた。大事なおしゃれ着などは手洗いをしたことがあるものの、洗濯機を回すほどの量ではないから手で洗うという発想は私にはなかった。せっかく洗濯石鹸ももらったし、これからは、時々、ゴシゴシと自分の手で洗濯しながら、文明の利器に頼り切りになっている鈍った我が体と精神を戒めよう。
 地球は「今」、われわれの労わりを痛切に求めている。大げさなことは要らない。自分にできることを見つけ、「今」はじめなくちゃ。

(2008.07.14)