コラム

消費者の目

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【花ちゃん】
弥太郎の危機感とは?

 昨年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」で、長崎の町は盛り上がったようです。長崎歴史文化博物館では、このドラマの放送に合わせ、龍馬の人物像やドラマの裏側を紹介する龍馬館という特別展示が1年間にわたり行われました。龍馬と同じ時代を生き、三菱グループの礎を作った岩崎弥太郎展も同館で行われたので見てきました・・・。

 昨年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」で、長崎の町は盛り上がったようです。長崎歴史文化博物館では、このドラマの放送に合わせ、龍馬の人物像やドラマの裏側を紹介する龍馬館という特別展示が1年間にわたり行われました。龍馬と同じ時代を生き、三菱グループの礎を作った岩崎弥太郎展も同館で行われたので見てきました。
 岩崎弥太郎は、土佐の下級武士の家柄ながら母のすすめで学問にはげみ、やがて土佐藩の重役であった吉田東洋・後藤象二郎らに能力を買われ、長崎での活躍とともに驚異的な出世を遂げます。
 長崎の繁華街入り口近くには、弥太郎が主任を務めていた土佐商会跡の石碑がありますが、ここで欧米諸国の商人を相手に武器や艦船の購入に奔走し、坂本龍馬ら海援隊の支援も行っていたそうです。

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 明治時代に入り海運業を皮切りに事業を拡大しますが、家族の教育や優秀な人材を雇うことに積極的で、弥太郎の息子の久弥は米国のペンシルベニア大学に留学、甥の小弥太は英国のケンブリッジ大学に留学しています。新卒採用にあたっては、今でいう東大の卒業生を積極的に採用しています。留学経験者も幹部として迎え入れています。
 長崎で諸外国の商人と渡り合う中で弥太郎が身にしみて感じたのは、うかうかしていたら外国に好き勝手にやられてしまうという危機感だったのではないでしょか。そして自ら外国に負けない力を蓄えようとします。その姿勢は、今の私たちにとって一番のお手本だと思います。

(2011.01.25)