コラム

吉武輝子のメッセージ JAの女性たちへ

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【吉武輝子】
人間の孤独を知るのは優しさの元

 今年の1月の終わりのことでした。わたくしが慢性骨髄炎のために昏睡状態になったのは。
 わたくしには5人家族の廣長さんという地域家族がいるんです。親戚よりは近い他人。

 今年の1月の終わりのことでした。わたくしが慢性骨髄炎のために昏睡状態になったのは。
 わたくしには5人家族の廣長さんという地域家族がいるんです。親戚よりは近い他人。わたくしのように酸素ボンベの世話になってほとんど一人暮らし状態の身にとっては、地域娘の廣長美貴さんの心づかいのほうが血のつながりよりもはるかにはるかにありがたいのです。
 当日、朝の新聞が夕方になっても出しっぱなしだったので、何かあったのではないかと心配して、家の中に入ったら部屋の真ん中でわたくしが昏睡状態で倒れていたのです。同居人の佐藤充が帰ってくるまでずっと見守り続け、充のメールで一人娘のあずさが飛んできて、あずさの勤務していた東京厚生年金病院に真夜中に緊急入院して無事命を取り留めることができたのでした。
 もう10年前、帯広で講演後、呼吸困難で倒れたとき、あずさは心配でたまらなかったのでしょう。「ともかく一番早い飛行機で羽田に送り返してください。」ということで半分意識朦朧のまま羽田に、そしてあずさの胸の中に倒れこんで意識不明になってしまったのです。気が付いたのは集中治療室。目を開けると、上から娘夫妻と40年余なんとなく心の通わなくなってきた夫と妹や姉たちの心配そうな顔が見えたのです。
 「ああ、わたくしを愛してくれている人たちがみな来てくれたんだわ」という喜びを抱いた後、こんこんと孤独感が心の奥底からにじみ出てきたのです。
 何万人愛する人が集まってくれたとしても、誰一人「一緒に死のう」と言ってくれるわけではない。「替わって死んであげよう」というわけでもない。人間は誰でも死ぬときは孤独なものである。孤独死が人間の宿命と実感したとき、人間の存在そのものの孤独さに、心がかきむしられるような気がしたのです。
 気の染まなくなっている夫もやはり孤独死。人間というものが、かくも孤独な存在であるならば役割ではなく人間としてよき付き合いをしていきたい。二人旅ができる間は、二人旅を続けていきたいとの切望が心の底から湧き上がってきたではありませんか。
 その翌年、夫は肝臓がんで入退院を繰り返すようになって以来、やっぱり人間の存在としての孤独さを認識したのでしょう。人は人間の存在としての孤独さを認識すると、心底他人に対して優しくなれる。以来わたくしと夫は夫妻というより、存在として孤独な人間同士として暮らすようになり始めました。それから3年後、夫は亡くなりました。
 でも人間同士として優しく、温かく暮らした3年間があったおかげで、よき人を亡くしたという悲しみがあっても、ああすればよかった、こうすればよかったという悔やみは何一つありませんでした。
 帯広で倒れ集中治療室で、人間は誰もが孤独死と、人間の存在としての孤独さを心底理解したおかげで、娘の人生を奪うことなく、夫の死に後悔を抱くことなく今も生きていられるのだと思います。これも地域家族あってのこと。モノづくりの仲間同士はうらやましい。気が付いたら地域家族がいっぱいいっぱいなんですもの。

(2010.12.02)