コラム

吉武輝子のメッセージ JAの女性たちへ

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【吉武輝子】
生き残ったことの辛さを次世代に味あわせまい

 わたくしの好きな俳優さんに加藤剛さんがいる。俳優座の重鎮だが息子さん二人のうち一人も同じ劇団の後輩である。いつだったか息子さん二人と加藤剛さんがテレビに出ていたが、二人の息子さんから心底父親加藤剛さんへの敬愛の念がにじみ出ていて、かくも息子さんたちに深い思いを抱かせている加藤剛さんにさらに魅せられたものである。

 わたくしの好きな俳優さんに加藤剛さんがいる。俳優座の重鎮だが息子さん二人のうち一人も同じ劇団の後輩である。いつだったか息子さん二人と加藤剛さんがテレビに出ていたが、二人の息子さんから心底父親加藤剛さんへの敬愛の念がにじみ出ていて、かくも息子さんたちに深い思いを抱かせている加藤剛さんにさらに魅せられたものである。

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 その加藤剛さんが毛利恒之さんの「月光の海」の舞台化をされた。沖縄で地上戦が展開されていたころ本島の北西に浮かぶ小島西ノ小島から特攻隊機が飛び立った。戦後50年たったころ、主役の加藤剛さん演ずる速見圭一郎は本島の北西に浮かぶ小島【西ノ小島(ルビ:いいのこじま)】の島の人が呼んでいるギタラ崖の上に立ち尽くしていた。沖縄に地上戦が行われていたころ、この島から一機一艦を狙ってたくさんの仲間が特攻隊員として死んでいった。しかし速水は生き残ってしまった。死を覚悟をしながら生き残った速水の戦後は、死んだ仲間への詫びの苦しさに満ち満ちていた。
 台本の中には「少尉さんがなくなったら泣くのはお母さんです。戦うのは男でも泣くのは女です」というセリフが挿入されている。沖縄には戦死した日本兵の父親の顔も知らない子供もたくさんいる。多くの子どもたちの命と未来を奪いとった事実を再認識させられた速水は、死ぬよりも生き残ったことの辛さを改めて悟らせられる。
 加藤剛さんは俳優座九条の会の会員で、これまでもいかにして平和な社会を次世代に引き渡すか真剣にだが静かに語り行動し続けてきた。
 
 「月光の海ギタラ」のパンフレットに加藤剛さんは「海ゆかば」と題する詩文を掲載している。
 「あの長い戦争が終わった八月
 わたくしは七歳の子どもでした。
 「戦争は終わらせることができるんだ」
 これは衝撃的な大発見。
 ほんとうにその夜から
 敵機は空を飛びません。
 終わらせることができるなら
 「始めないこともできるんだ」(中略)
 「かって青年であった人には思い出してほしい。
 今、青年である人には知ってほしい
 これから青年になる人には感じてもらいたい
 日本中の男たちが銃をとったあの戦いの日のことを」(後略)

  ◇     ◇

 1時間40分の芝居の間中、わたくしは泣きながら心に誓っていた。「次の世代に生き延びたことの辛さを絶対に絶対に味会わせる社会を残しはしないぞと」。
 ねえねえJA女性のみなさま。改めて無傷で平和憲法を手渡していくために、いろんな地域で「月光の海ギタラ」の公演を計画してくださいよ。親と子が共に過ごす1時間40分の間に平和の絆で、しっかりと結びつきあいますから。娘とわたくしがそうでしたもの。

(2011.06.15)