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【農業・農政ジャーナリスト】
榊田 みどり 氏

 「農協運動の仲間たちが贈る 第36回農協人文化賞」の一般文化部門を受賞した。

現場の農家の本音発信

 初めて農協の方と出会ったのは、1985年、大学院生の頃だ。東京大学の同期だった河野直践氏(後にJA全中職員を経て茨城大学教授。2011年に逝去)が「エコロジーを考える会」というサークルを立ち上げ、有機農業運動を実践する農村を訪ねたり、神奈川県厚木市の水田を借りて稲作のまねごとをしたりという活動を始めた。

 

◆JAの職員に熱い思い聞く

 私もそのサークルに加わり、最初にお邪魔したのが、福島県の熱塩加納村農協(当時)。営農部長として有機農業運動を推進していた小林芳正さんの、農業への熱い思いに感動したのを覚えている。
 農業地域の秋田県で生まれ育った私だが、18歳で上京するまで、農業との接点はほとんどなかった。農業に関心を持ったのは、農地を目にすることのない東京に来てからのことだ。都市部の消費者と生産現場の農業者の距離の遠さを実感したからだった。
 当時、都市には農産物の情報がほとんど伝わってこなかった。消費者団体のフォーラムなどに参加すると、「農家は自分で食べるものには農薬を使わず、売るものに農薬をまいている」「私たちは危ないものを食べさせられている」という被害者意識を持つエキセントリックな消費者に出会うことも多かった。
 産地と消費地に広がる、この溝は埋まらないのか。埋められなくても、せめて橋をかけることはできないか。私自身、自ら食べているものが、誰の手によって、どこでどのように生産されているのか知りたいという思いもあり、産消提携を重視する生活クラブ生協でアルバイトを始めた。87年、そのまま生活クラブ生協に就職し、広報室の職員として、提携産地を回った。都市部消費者と産地の農業者が直接手を結ぶ産消提携運動が、私にとって、記者としての出発点だったことになる。

 

◆実感できた農業者の本音

榊田さんの寄稿を載せた雑誌 90年、生活クラブ生協を離れ、フリーランスの記者として、AERAなど週刊誌の仕事と平行して農業誌での執筆を始めた。生協メディアでは、農業者の本音を聞くのに限界があると感じたことが理由のひとつ。提携産地にとって、生協は“お客さん”でもあり、本音で話しづらい。農業誌記者の立場なら、本当の声が聞けると思った。
 しかし、最初はとまどった。まだ市場機能が強く、JA出荷・市場流通が一般的だった当時、取材した農業者の多くの視野には、消費者の姿が映っていなかった。「消費者の声」を意識した生産など眼中にない農業者も多く、逆に「消費者はわがままで移り気」という農業者の冷たい本音も実感させられた。それまで産消提携型の産地の農業者にばかり接していた私にとって、大きなカルチャーショックだった。
 今思えば、多くの農業者にとって、農業生産だけに邁進していれば経営が成り立った“いい時代”だったとも思う。あれから24年。農業をめぐる環境は大きく変わった。グローバル化の進展の中、市場原理の導入が進み、農業者もJAも、農業技術の向上以上に、販路確保など経営ノウハウが不可欠になった。

(写真)
榊田さんの寄稿を載せた雑誌

 

◆小規模農業の価値を再評価

 一方で、食の外部化も止まらず、食品産業の年間販売額が80兆円規模なのに対して、国内農業の算出額は8兆円規模と、食市場の1割まで低下。農産物輸入額は6兆円を超え、食と農の乖離は、私が記者活動を始めた頃より、さらに激しくなった。
 この状況下、グローバル化への対抗を視野に、産業政策に特化した農業改革の議論ばかりが目立つようになり、現場の実態を踏まえているとは思えない急進的な改革論が先行し始めた現状に、正直なところため息が出る。
 そんな時代だからこそ、地に足の付いた現場からの発信を地道に続けていこうと思う。かすかな展望を感じているのが、農業と食流通(フードチェーン)のグローバルな大規模・集中化が進む一方で、それとは一線を画した「ローカル化」の動きが、日本だけでなく世界に広がり始めていること。また、FAOによる「国際家族農業年」制定など、大規模農業だけでは世界の食料供給をまかなえず、環境負荷の低い農法に支えられる小規模家族農業の価値が再評価されつつあること。
 なによりも、多くの農業者の中に、「消費者との交流・連携」という意識が広がり、交流型の多様な農業スタイルが生まれていることが心強い。わがままで移り気な消費者は確かに多い。しかし、農業者が本気で向き合えば、交流や食農教育を通じて消費者は変わると信じている。地域に立脚した食と農の関係の再構築や共助の仕組み。「食の不安」と「老いの不安」を解決するために、協同組合が果たすべき役割は、まだまだたくさんある。

【推薦の言葉】

農協運動に熱い期待

 東北人らしい粘り強さと誠実でブレのない座標軸、加えて旺盛な行動力などをあわせ持つ彼女の強みは、生協運動や農協運動の双方の現場に詳しいこと。漁協や森林組合なども含め、制度上の縦割りの枠組みを乗り超えた協同組合同士の横断的な連携強化を唱え、わけても農協運動に寄せる熱意や期待は並々ならない。
 農業の現場を女性の視点から精力的に取材し、農業分野のイノベーションに女性が不可欠と説き、女性の感性や識見・行動力を活かす農協の男女共同参画を唱えている。
 そのために、女性自身の精神的自立や意識改革などを進める学習・実践活動も強く求め、少子高齢化や多様化が進む農業と地域社会の活性化に果たす農協の役割に思いを寄せてきた。
 時代の大きな変革期に彼女が果たしてきたフリー・ジャーナリストとしての執筆・言論活動は、農業の振興や地域社会の再生に果たすべき農協の新たな可能性を示唆して地道だが確かな功績を残している。

【略歴】
さかきだ・みどり
農業ジャーナリスト。立教大学兼任講師。NPO法人コミュニティスクールまちデザイン理事。1960年秋田県生まれ。1987年3月東京大学大学院修士課程修了。学生時代から農村現場を歩き、消費者団体勤務を経て90年よりフリー。農業・食・環境問題の分野で、一般誌、農業誌などで執筆。産消提携、食・農を軸にした地域づくり、食育などが主要テーマ。日本農業賞特別部門「食の架け橋賞」審査員。農政ジャーナリストの会幹事。共著に『安ければそれでいいのか?!』(コモンズ)など著書多数。

(2014.07.09)