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【提言】2011農政に望む  東京農工大学名誉教授 梶井功

・基本計画実現に最大限の努力を
・急務は国民の期待に背くTPP問題への対処
・「開国」との「両立」論の是非を問え
・農地確保策は十分検討されているか?
・求められる本格的な田畑輪換の視点

 2010年は3月に新しい「食料・農業・農村基本計画」が策定された年だった。新基本計画は初めて食料自給率50%への引き上げを目標に掲げた。2011年はその実現に向けた施策の実践が期待されている。
 しかし、政府はTPP(環太平洋連携協定)への参加検討を表明するなど、年頭から国を揺るがす大問題への対処が急務となってきた。農政はどうあるべきなのか、提言してもらった。

◆基本計画実現に最大限の努力を


 昨年3月30日閣議決定された民主党政権下初の「食料・農業・農村基本計画」は、自民党政権下で進められてきた“これまでの農政の反省に立ち、今こそ食料・農業・農村政策を日本の国家戦略の一つとして位置づけ、大幅な政策の転換を図らなければならない”ことを強調、“国民に対する国家の最も基本的な責務として、食料の安定供給を将来にわたって確保していかなければならない。このため、今後の農政においては、特にひっ迫が予想される穀物を中心として、食料自給率を最大限向上させていくことが必要である”とし、“平成32年度の総合食料自給率目標は……供給熱量ベースで平成20年度41%を50%まで引き上げることとする”とその具体的目標を明示していた。(“ ”内は「基本計画」の文章、下線部は梶井)
 的確な認識であり、是非とも達成してもらいたい目標である。
 この「基本計画」の実現は、大多数の国民の望んでいることだといっていい。10.10.14内閣府発表の最新の「食料供給に関する世論調査」でも、将来の食料輸入については86%の人が「不安がある」と答え、カロリー自給率40%で低迷している食料自給率を高めるべきとした人が91%になっていたこと、そして「米などの基本食料も含め食料全般を国内で生産すべき」とする人が90%にも達していたことが、端的にそれを示している。
 昨年は、ロシアとウクライナが旱ばつによる小麦不作で輸出禁止措置をとった。08年には、ブラジル、ロシア、インド、中国、アルゼンチン、インドネシア、ベトナムなど20数カ国が穀物輸出を禁止した。86%の人が食料輸入に“不安”を持ち、90%の人が“食料全般を国内で生産すべき”としたのも当然といっていい。この国民の声に応えるのはまさに、“国家の最も基本的な責務”であり、「基本計画」はまさしくそれに応えようとする「計画」になっている。「計画」実現に最大限の努力を農政当局に、まずは望みたい。


◆急務は国民の期待に背くTPP問題への対処


 当面、対処しなければならないのはTPP対応である。菅総理が昨年10月1日の臨時国会冒頭の総理所信表明演説で“環太平洋戦略的パートナーシップ(TPP)協定交渉などへの参加”検討を唐突に言い出して以来、この問題への対応が当面する大問題になっている。
 例外なしの関税撤廃を原則にしているTPPは、関係国の協議で例外品目を認め合うFTA(自由貿易協定)・EPA(経済連携協定)とは、米などのセンシティブ品目に与える影響は決定的にちがい、関税撤廃によるマイナスは極めて大きい。
 TPP参加で関税が撤廃されたとしたとき日本農業が受ける影響についての農水省の10.10.22公表試算は、米の1兆9700億円減を中心に全体で農業粗生産額の48%になる4兆1000億円の農業生産減が生じ、自給率は“14%程度”になるとしている。関税率10%以上かつ生産額が10億円以上の19品目(米、麦、甘味資源作物、牛乳・乳製品、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵等)を対象にしての試算だが、これら基幹作物の崩壊は当然ながら他作物にも影響し、日本農業は崩壊することになろう。 TPP参加は“食料全般を国内で生産すべき”とする90%の国民の世論を無視する政策であり、“国家の最も基本的な責務”を放棄する政策としなければならない。JAを始めとする農林漁業諸団体、多くの県・市町村、地方議会が反対運動を展開し、国会では民主党のなかにすら山田前農水相を会長とする「TPPを慎重に考える会」がつくられた。当然の動きとすべきだろう。


◆「開国」との「両立」論の是非を問え


 こうした反対運動の盛り上りに対し、TPP参加にのめり込んでいる感のある菅総理は、自らが座長になる「食と農林漁業の再生実現会議」を立ち上げ、“高いレベルの経済連携の推進と我が国の食料自給率の向上や国内農業・農村の振興とを両立させ”る政策の“検討”に入った。
 まずは“両立”させる政策などあり得るのかを吟味できるデータを農政当局は用意し、「会議」の議論が机上の空論にならないようにすべきだろう。
02年米生産費 かつて私共が分析した02年米生産費調査の30ha以上の生産費は、表示しておいたように60kgあたり1万円を超えていた。規模拡大が耕地分散を大きくすることがよく問題にされるが、団地数規模別だけでは有意性はなく、むしろ50a以上圃場シェアの高さを―つまりは圃場整備事業の効果―の方に有意性が合った(報告書32ページ)こともつけ加えておこう。
 “大規模化を進め、また、さまざまな他産業の方々が農業に参入”できるようにすれば“両立”が可能になるかのように夢見ている委員もいる(“ ”は新日鉄会長三村委員の発言、第一回「会議」議事要旨による)ことだから、しっかりしたデータに基づいて議論できるようにすることが大事だと思うのである。
 なお、三村委員と同じような発言は、経済財政諮問会議の場などで、本間正義東大教授ら市場原理主義的農政論者からよく聞かされることだということも附記しておこう。その本間教授は、“食料の安全保障についてはむしろ今後海外依存を確保することが近道というか、近道というよりもそれしかないという認識である”(第1回EPA・農業WG議事要旨)ことを公言している。自給率など問題にする必要がないということなのである。


◆農地確保策は十分検討されているか?


 「基本計画」が50%引上げのための基礎的条件にしているのは、461万haの農地面積確保と92%の耕地利用率を108%に引き上げることである。
 農地面積は09年にすでに461万haになってしまっている。転用は極力抑制するとしても、転用ゼロという具合にはいかないであろう。転用で消えるかわりの農地をどうやって補充していくかを政策課題にしなければならないが、耕作放棄防止のための農地法第4章遊休農地に関する措置―農地利用状況調査(第30条第1項)→指導(同条第3項)→通知・公表(第32条)→あっせん(第33条第2項)→勧告(第34条)→協議(第35条)→調停(第36条)→特定利用権(第37条〜第43条)―だけでいいのか問題だろう。農地減少阻止に腐心するだけでなく、農地を増やす施策も用意すべきなのではないか。
 09年農地法改正は、未墾地買収条項(改正前農地法第三章第一節)を消してしまったが、せっかく菅総理が、これまた突飛な農地法改正を言い出した時でもある。復活を再考したらどうだろうか。
 関連してもう一つ、農地法で復活を検討すべきは草地利用権問題である。
 土地の農業的利用は農地に限られるわけではない。かつては採草・放牧地という耕地にはカウントされない農業的利用面積が95万6000ha(1960年センサス)あった。05年センサスはその面積をわずか3.4万haとしているが、採草・放牧地のこの激減は輸入飼料依存の日本の畜産の特異性とも関連している。人の労働による下草刈を家畜による舌草刈に変えることは、林業経営にもプラスになろう。耕作放棄地の多くが山間の条件不利地にあることを考えれば、耕作放棄地を草地に改良し、周辺の林野の混牧林的利用との一体的利用を図ることも考慮に値しよう。未墾地買収同様09年農地法改正でなくなった草地利用権(第三章第三節)の復活も制度として検討されていいのではなかろうか。
 耕地利用率引上げ問題については、随分前の本紙(08.12.20付)で論じたことがあるので、詳細は略するが、「基本計画」目標とする108%の耕地利用率を実現していた直近年次である1970年と現在の地域別耕地利用率の変化をくらべた表2を掲げておこう。ポイントは、耕地利用率を高めようとするなら、関東・東山、中国、四国、九州で耕地利用率を高める方策を組む必要があるということである。
 これら地域は特に農業就業人口の老齢化が進み、耕地減少率の高い地域でもある。ここが元気になるような地域農業振興計画をどう確立するか。

耕地利用率の変化(1970〜2005)
◆求められる本格的な田畑輪換の視点


 地域農業振興計画で、まず問題になるのは、それぞれの地域での基幹作物を何にするのかである。「計画」が増産を目標にしているのは米粉用米、飼料用米、小麦、大・はだか麦、そば、かんしょ、ばれいしょ、大豆、なたね、野菜、飼料作物であり、野菜と飼料作物を除いては、いずれも戸別所得補償制度の対象作物になっている。これで充分なのかどうかがまず吟味されなければならない。
 飼料米にはかなり政策的力点が置かれているが、今は輸入依存の飼料穀物対策はそれだけでいいのかである。水田活用を念頭に置いての飼料米だけではなく、本格的な田畑輪換を前提にした新たな水田農法確立を展望しながら、デントコーン振興なども考えるべきではないか。同時に、産地づくり交付金で雑穀を地域特産物とした岩手県のような取り組みを可能にする政策が必要なことを強調しておきたい。戸別所得補償の制度的組み立てが、全国一律になっているのは問題だということである。戸別所得補償制度による作物別支援方式が、田畑輪換確立に希望を持たせる作物別収益性を保障しようとするものになっている―この点については10.9.10付本紙「時論的随想」を参照されたい―だけに、ことさら地域特性を活かせる方策確立を望みたいのである。
 ところで、ことさら元気になってもらいたい地域が、耕地率1%未満集落比率の高い地域であることも注意してほしい。条件不利地域が多いことを意味するが、そこで実績をあげている地域の取組みを弱めるような中山間直接支払方式の変更は、すべきではないだろう。

(2011.01.07)