提言

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「開国」は国民を幸せにしない  加藤好一・生活クラブ生協連合会会長

・情報不足の中の「開国フォーラム」
・工業VS農業、都市VS農村  誰が構図を誘導したか
・資本主義のあり方見直しこそが急務
・TPPで輸出は増えない
・「貧困スパイラル」を避けよ
・生活クラブはなぜ反対するのか

 TPP(環太平洋連携協定)は「この国のかたち」に関わる問題だとさまざまな場面で強調されるようになってきた。それは関税撤廃による農業への破壊的な影響にとどまらず、医療・福祉、雇用などにも市場原理を徹底的に導入しようという利益至上主義とでもいうべきTPPの根本的な「思想」を批判する視点からのものだ。では、私たちはそもそもどのような「国のかたち」をめざしているのだろうか。その問いかけなくして、TPPの本質には迫れない。今回は生活クラブ生協がこれに反対する理由と合わせて、加藤好一会長に提言してもらった。

◆情報不足の中の「開国フォーラム」

 

加藤好一・生活クラブ生協連合会会長 唐突に始まったTPPの議論であったが、この数か月で一定程度までは論点が整理されてきた。昨年末に農文協が出版した『TPP反対の大義』を皮切りに、書籍や雑誌の特集も相次いでいる。
 また農業団体以外の立場からする集会や学習会も各地で開催されてきている。これらの努力により、TPP問題は農業問題には限定されず、「この国のかたち」を悪しき方向に激変させかねない、重大すぎる問題であることが明らかになってきた。
 医療や金融、あるいは労働者の移動の自由化や外国人弁護士の解禁等、TPPが国民の生活に及ぼす影響は広い範囲に及ぶ。
 しかもTPPは、参加国の国内政策を改変し、それを拘束する可能性が強い。より端的に言えば、米国に主導されるTPPは、環太平洋地域の米国ルール化を意味することにもなる。
 とはいえ、これらのことは現状においては憶測や懸念の域を出ない。とにかく情報が決定的に不足している。そこに問題の根本があり、政府もそれを認め始めた。例えば日本農業新聞は、海江田経産相の3月1日の閣議後の会見をこう伝えた。「何が一番困っているかというと、情報が取れず、自分たちの意見も言えず、対策も打ち出せないことだ」。従って問題は、こういう状況の中で日本政府が「開国」と銘打ち、中身のないフォーラムを全国各地で開催していることに象徴されている。つまり何をどうしたいのか、何がどうなるのかが全く不明で、「開国」だけが強調される(東北関東大震災が発生し、その後政府はフォーラムの開催を中止すると発表した)。

 


◆工業VS農業、都市VS農村  誰が構図を誘導したか


 本紙1月10日号で、筆者は「TPPの全体像をどう捉えるか」という対談に加わらせていただいた。そこで「偏っている大メディアの論調、意図的な『農村・都市対立の構図』」という主旨の発言をしたのだが、これは甘過ぎる発言であったと反省している。
 ここで念頭にあるのは、前原前外務大臣が昨年10月19日にとある所で行なった、あまりにも有名になってしまった講演である。
 この講演は民主党政権の米国追随の姿勢を露骨に示すものであるとも言われているが、ここで問題にしたいのはそのことではない。この講演で前原前大臣は、日本のGDPに占める第一次産業の割合は1.5%であるが、この「1.5%を守るために、98.5%という大部分のものが犠牲になっているのではないかと思います」と述べた。これだけでも相当に問題であるが、ここで想起しておきたいことは、この発言が農業の従事者の平均年齢が65.8歳であるとしたうえで、「長寿社会になって、農業に携わる方々に長生きしていただくことは大変によいことですけれども」という発言に続いてあったことである。
 朝日新聞は今年の正月早々、農業が「衰退モデル」であるとの認識を示した。「衰退」というこの表現は、そのことが「残念である」という立場にはない。この表現は、農業がその程度の「産業」でしかない、という認識を示したものであろう。前原前大臣の発言にも同じ臭いが感じ取れる。したがって「農村・都市対立の構図」にTPPの議論を誘導したのは大メディアにのみ責めがあるのではなく、この前原前大臣の発言をはじめ、政府関係者の言動こそが、問題をそのように誘導してきたと断じるべきであった。

 


◆資本主義のあり方見直しこそが急務


 筆者は現在、菅総理が主催する「新しい公共推進会議」の委員を仰せつかっている。この会議は、政府が昨年6月に公にした「『新しい公共』宣言」という文書に基づいて設置されている。これはなかなかの名文であり、そこにはいまの新自由主義と形容される資本主義の問題点がこう記されている。
 「昨今のグローバル経済システムは、利潤をあげることのみが目的化し、短期的利益を過度に求める風潮が強まり、その行き過ぎの結果」、社会に閉塞感や生きづらさが充満してしまった。「人々の支え合いと活気のある社会。それをつくることに向けたさまざまな当事者の自発的な協働の場が『新しい公共』である」。「『新しい公共』を考えることは、資本主義のあり方を見直す機会でもある」。
 TPP推進者の想念には、ここに記された企業経営者の利潤追求のみを目的とする、あるいは短期的利益を志向しがちな、そういう動機が強く潜在しているように思う。例えば昨年末の法人税減税も、雇用につながっていく気配はなく、そのことを象徴している。浜矩子・同志社大学大学院教授は、このような倫理観なき態度を「自分さえ良ければ」病と命名している(『ユニクロ型デフレと国家破産』)。短期的利益のみが最優先されてしまう社会は確かに息苦しい。

 


◆TPPで輸出は増えない


 ところで米国が日本をTPPに誘い込みたい最大の狙いは、オバマ大統領の「輸出立国宣言」の実現だという。5年間で輸出を2倍に増やし200万人の雇用を支える。大統領は昨年1月の一般教書演説でこれを目標として掲げた。その実現は容易ではあるまい。だからこそ米国はアジアの成長エネルギーを取り込むために、TPPを重視する方向に舵を切ったらしい。しかしTPPは、その実情は日米FTAにすぎないということに明らかなように、このような米国の動きはとりわけ日本の雇用を脅かすものとなりうる。
 加えて中野剛志・京都大学大学院助教が言われているように、米国は「日本に輸出の恩恵を与えず、国内の雇用も失わずして、日本の農産品市場を一方的に収奪することができる」という(「日経ヴェリタス」11.28号)。なんとなれば、米国の自動車の関税は2.5%、家電は5%でそれほど高くはない。詳しい説明はできないが、「輸出立国宣言」とは、すなわち「ドル安追求宣言」(浜矩子教授)であり、この程度の関税が解消されて得られる日本のメリットは、ドル安誘導という米国の為替操作でたちどころに消し飛ぶという。「TPPで輸出は増えない」。
 今日この認識は反対派の主要な論拠である。

 


◆「貧困スパイラル」を避けよ


 しかもTPPはより一層のデフレを促進させる懸念もある。
 このような「仁義なき安売り競争」がより一層加速した社会は、どのように国民を幸せにするのであろうか。生協関係者の記憶に新しい出来事に、「中国製冷凍ギョーザ事件」がある。この事件についてはここでは触れないがその価格の秘密について見ておこう。生活クラブの冷凍ギョーザの原料はすべて国産で、供給価格にすると一個20円程度である。しかしこのギョーザは40個入り398円で、1個当たり単価にすると10円弱であった。しかもこのギョーザは商流が複雑で、中間マージンをかなり含んだ上でその価格であった。
 昨年この事件の容疑者が中国で検挙され、その人物像が明らかになった。問題の冷凍ギョーザを生産していた天洋食品(河北省)の臨時職員であった36歳のこの男性は、正社員になれないことに不満があったらしい。労働時間は8:00〜22:00で月給は1万3600円。グローバル経済の競争はこういう賃金格差に依拠している。
 これ以上のデフレの促進はなんとしても回避しなければならない。グローバル経済と縁は切れないにしても、グローバル化一辺倒では国民(より積極的には世界市民)は不幸である。経済評論家の内橋克人氏が言われているように、いま課題とされるべきは「貧困スパイラル」からの脱却であろう。貧困スパイラルとは、「賃金下落で購買力が衰え、それが低価格への依存をさらにすすめる。するとますます安い輸入品が国内市場を席巻し、結果においてますます賃金が下落する」という悪循環のことだ。

 


◆生活クラブはなぜ反対するのか


 最後に当会の立場性からする、「TPP反対の大義」について記してみたい。TPPは物品の貿易の関税について、原則としてこれを撤廃する(段階的な撤廃は可)するというもので、例外を認めないことがその特徴である。したがって、情報が不足している中にあっても、農業に深刻すぎる影響を及ぼすことだけは確実だ。その結果日本の農業は決定的に「衰退」する。政府は少なくともコメだけは関税撤廃の例外としたい、仮にそれが不可能でも戸別所得補償の増額で「救済」することを基本方針とする考えであろうが、前者は期待薄であるし、後者は農業を希望のない営みにすること必至である。財源は大丈夫なのかという問題以上に、補助金まみれになる農業に誰が魅力を見出すであろうか。
 いずれにしてもそんな農業とは異なる、自立的かつ持続的な農業のあり方を生産者とともに模索してきた生活クラブのこの40年間の営為を、TPPは丸ごと否定することになる。それは生活クラブがこれまで築き上げてきた、共益的かつ公益的な食料をめぐる価値的基盤を大いに動揺させるものとなろう。
 加えて生活クラブの生産者とのこの協同で積み上げてきた、例えば遺伝子組み換え食品やBSEなどの食品安全基準の緩和ないし廃止を強いられる懸念も強い。これまた生活クラブが積み上げてきた運動実践の否定につながる。
 さらに協同組合の立場からする危機感もある。協同組合はその存立の理念や役割が会社と異なるがゆえに存在根拠を有する。しかしTPPは必ずや協同組合に対する「会社化」の要求を強めるであろう。具体的に言えば、この間の規制改革会議が仕掛けてきた協同組合に対する「攻撃」を、TPPはより加速させる予感がある。そうなれば協同組合原則は否定されてしまう。断固としてこれを死守しなければならない。これらを詳しく解説する余裕はないが、当会として断固として反対する理由である。

【略歴】
かとう・こういち 生活クラブ生協連合会会長、1957年7月28日生まれ、群馬県出身。『TPP反対の大義』、『食料主権のグランドデザイン』(いずれも農文協・共著)

(2011.03.22)