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協同組合らしい生協の視座が見えない 日本生協連TPP資料集を読んで  加藤善正・岩手県生協連会長

・政府データ中心の資料集
・反対の論旨・見解はほとんどない「資料集」
・TPPの背景・本質、日本農業の諸問題の真因に触れず
・確かな「確信」をどう作り出すかが課題

 日本生協連は3月17日、「消費者の願いからTPP問題を考えるために」と題した「資料集」をホームページで公表した。
 資料集は「TPP交渉参加への賛否について表明するものではなく?この問題の論議に取り組んでいくための資料」との位置づけで、編集にあたっては「可能な限り客観的な立場に立つよう努めた」という。そのうえで「考えあう場」をつくっていくことが生協の役割と強調している。
 今回は、この「資料集」をどう評価するか、岩手県生協連の加藤善正会長理事に指摘してもらった。これもまた「考えあう場」にとって大切なことだと考えたからである。

◆政府データ中心の資料集

加藤善正・岩手県生協連会長 1月13〜14日開催された日本生協連の「2011年全国政策討論集会」において、多くの会員生協から「TPP参加に反対する運動に日生協は取り組むべきだ!」という意見が続出した。
 また、「生協の中にも賛否があることはわかるが、政府からの情報もバラバラで国民世論が成熟しない段階で菅首相の突然の6月までの参加表明は拙速すぎる。せめてこうした強行策には反対を表明すべきだ」という声も多かった。
 これに対して理事会は「賛成も反対も表明しないのが日生協理事会のとるべき態度だ。6月までに参加を決めるのは拙速であり反対する、というのも、急ぐべき、という見解もあることからこれには同意できない。」という形で会員からの意見を無視し、3月中に「資料集」を発行するとした。
 日本生協連のHPでのこの「資料集」―消費者の願いからTPP問題を考える―(A4、70ページの大作、うち58ページは政府的資料)を読んで最初に感じたのは、資料集の中身がほとんど政府・内閣官房の提出したデーターや資料、即ち、TPP参加を推進する立場からの資料や見解、多くの組合員や役職員からは精読できないほどの膨大な生データと、日本生協連のこれまでの農業問題などに関する一方的な見解の資料である、ということだ。 さらに、この資料集を使ってひらく「TPPを考える集い」企画案のマニュアル的ツールを加えた、上意下達的合意形成の意図が見て取れる。


◆反対の論旨・見解はほとんどない「資料集」

 第1部「TPPって何だっけ?」(分量14ページ、以下同)、第2部「日本の貿易はどうなっているの?」(3ページ)、第3部「TPPに参加するとどうなるの?」(4ページ)、第4部「農業の強さ・価値ってなあに?」(8ページ)、第5部「日本の農業はどうなっているの?」(8ページ)、第6部「他の国はどうしているのかしら?」(3ページ)という構成の内容は、解らない人への疑問に答えるような優しい表題が示すように、一見客観的な装いをしているが、そのほとんどはTPP推進論や内閣官房や官僚が作成した資料や統計が連なっている。
 とくにTPP交渉の情報はまだ一切公表できない段階といわれる中で、24の作業部会における「TPPにおける取り扱い」の資料は、その出所も明確にしないでおそらくは内閣官房の情報を大きく挿入している。
 これまで多くのTPPに反対もしくは疑問視する論文や見解が多く出されて、こうした政府資料を別の角度から論じる資料も多いが、そうした批判意見への配慮は見られない。
 かつて「社会保障の給付と負担」という「消費税率引き上げやむなし」論を是認するような学習テキストを発行し学習の場を組織したが、これも厚生労働省の資料と見解PRであった。それを思い出す内容である。


◆TPPの背景・本質、日本農業の諸問題の真因に触れず

日本生協連資料集?『消費者の願いからTPP問題を考える』 TPPが菅内閣でなぜ突然浮上したのか、その背景と真意、財界やアメリカの戦略的意図や利己的要求について、多くの批判や論文が続出している。私はこうした論文からも学び「TPP問題の背景・本質とその影響」という拙文を表し、岩手県生協連HPに掲載してもらっているので、ご覧頂ければ私のこの「資料集」への批判をお解かりいただけるのではないか。
 この資料集にはこうした本質的・批判的見解がないために、マスコミが一斉に流す「TPP参加礼賛キャンペーン」に影響を受け、こうした批判的見解に触れていない組合員や役職員にとっては、マスコミのプロパガンダを一層信用することになり、日本生協連理事会が結果的にこのプロパガンダを支援する形で作用することを恐れる。
 特に触れておきたいことは、第5―日本農業はどうなっているの? の記述は、なぜ今日の農業が衰退し、後継者難・高齢化・限界集落・耕作放棄地が発生したのか、それがこの問題の焦点=自由化、輸出産業優先、自由貿易立国論、アメリカと財界のための農政、という関連でほとんど解明されていない。規模拡大が必要、コスト削減が足りないなどという誤った見解に固執している。相対的に規模拡大しコスト削減に努めている北海道の農業者・経済界がこぞってTPPに危機感を持って反対していること一つをとってもこの誤りが解る。
 私はこれまで、かつての国策として進めた産業の工業化(巨大独占企業育成)、輸出産業優先、安上がりの労働者を農村から調達し、商品経済化や大都市集中などを大転換して、地方や農山漁村に人びとを誘導し、自然との共生・豊かな「結い」をもう一度再生し、子供や若い者が心豊かに暮らせる社会、食糧安全保障を優先させる価格保障と個別保障を確立する「国策」を主張してきた。

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◆確かな「確信」をどう作り出すかが課題

 第7部「農政論議に生協はどのようにかかわってきたの?」では、極めて恣意的な見解を記述し、結果的にこれまでの政権党の農政、財界とアメリカの要求を優先した農政=今日の農業・農村の衰退と食の不安をもたらしたもの=に追随してきた(少なくてもここ15年間)日本生協連理事会の歴史を正当化している。
 とくに2005年に発表した「日本農業への提言」は小泉首相の「いつまでも農業鎖国は続けられない」という発言に示されたように、市場競争原理・金融大国日本・自己責任論などの新自由主義、行き過ぎた規制改革・構造改革の具体策としての「農業改革」に対する賛辞と支持を表明した。
 全国の多くの生協、とりわけ長い間生産者・JAなど共に産直運動、地産地消に取り組んできた生協の内外から大きな批判があった。こうして2010年の「食料・農業問題検討委員会答申」は全国的な会員も参加した議論も行なわれて、少しは前進を見た内容であったが、今回の生協のかかわりの中では、この答申も2005年の提言と同じ路線・主張であることを自ら表明した。
 2012年は「国際協同組合年」であり、「レイドロー報告」の「世界の飢えをなくす協同組合」のミッションがクローズアップされている。今こそ「協同組合らしい生協」を再構築するために、TPP問題に対する組合員・役職員の確かな「確信」を創造すべきである。
 日本生協連理事会は「消費者」を前面に打ち出し、消費者のニーズや願いを声高に叫んできた。しかし、J・Kガルブレイスの『悪意なき欺瞞』に詳しく述べられているように、「消費者主権の欺瞞性、独占企業は消費者を思うがままに操れる」という今日の経済社会の中で、「消費者」という社会的存在をもっと科学的に考察しなければならない。内橋克人氏は「消費者を単なるモノを購入して消費する人ではなく、働く・生きる・暮らす人びと(生活者)として自らを認識する“自覚的消費者”に成長させるのが生協の今日的ミッションではないか」と繰り返して示唆されておられる。
 今回のTPP問題のような複雑な命題に対してこそ、単なる消費者としての視座ではなく、両氏のような科学的・倫理的・協同組合的視座から作成する「資料集」でなければならない。
 最後に、この資料集には誰が報告したのかが不明ながら、10年11月の理事会へ報告したという「TPPに関する基本認識について」を掲載しているが、これでは単なる「資料集」ではなく、会員生協がTPP参加に反対する運動を検討する際には「難しい問題だから慎重な態度を」「日本生協連理事会の過去・現在の見解を前提にすべき」などを意図して作成された「資料集」と見て取れるのは私だけであろうか。


【略歴】
(かとう・よしまさ)1940年北海道滝上町生まれ。66年岩手大学林学科(中退)。61年岩手大学生協創立、67年岩手県生協連創立、69年盛岡市民生協創立、90年いわて生協合併設立。03年いわて生協理事長退職、県連会長理事。TPP反対岩手県民会議世話人。

(2011.03.29)