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【提言】「国破れて山河あり」 TPPの高すぎる代償 経済評論家・内橋克人氏

【総力特集TPP 考えよう 議論しよう この国のかたちを】
・車の関税障壁なくても「不公正」と主張
・米国への忠誠心競い合う日本
・足蹴にされる日本の「公正」
・輸入材が72%もある森林大国・日本

 日本でアメリカ製自動車が売れないのは、日本市場の不公正な障壁のせいだ、とアメリカは主張します。TPP(「環太平洋戦略的経済連携協定」が正しい)への参加交渉入りを渇望する野田政権に、まずアメリカ政府は自動車、牛肉、保険の3領域で「競争ルールを公正にせよ」と迫ってきました。公正な競争ルールとは何でしょうか。

◆車の関税障壁なくても「不公正」と主張

経済評論家 内橋克人氏 日本でアメリカ製自動車が売れないのは、日本市場の不公正な障壁のせいだ、とアメリカは主張します。TPP(「環太平洋戦略的経済連携協定」が正しい)への参加交渉入りを渇望する野田政権に、まずアメリカ政府は自動車、牛肉、保険の3領域で「競争ルールを公正にせよ」と迫ってきました。公正な競争ルールとは何でしょうか。
 自動車についていえば、すでに日本市場の輸入関税は0〜2.5%です、関税障壁はありません。日本車のシェアが高いのは、日本の消費者が日本製自動車を選択するからです。ところが、アメリカは「日本市場でアメリカ車が売れない」現実そのものが「不公正」と主張します。異国日本の「左側通行」ルールさえ「非関税障壁」の一つ、と糾弾されかねない雲行きになっています。


◆米国への忠誠心競い合う日本

 その昔、日米構造障壁問題協議の際も同じ論法でした。たとえばフィルム。アメリカ製コダック・フィルムが日本市場で売れないのは、富士、コニカ2社の国産フィルムが輸入品を差別的に排除しているせいだ、と。性能のよいアメリカ製品がシェアを伸ばせないのは日本市場が閉鎖的だから、に決まっていると。
 そのコダック社がつい最近、経営破綻に陥ったこと、周知のところです。他国に市場開放を要求するアメリカの「大義」は、過去も現在も、そして将来も、いつの時代も「かくの如し」であり続けるでしょう。
 アメリカの無理無体に、日本政府は毅然と対応するのか、というと、悲しいことにその勇気の片鱗すら伺えません。
 牛肉輸入ではアメリカの意に添うべく、はやばやと厚労省が「輸入を認める米国産牛肉」の条件を、アメリカの要求通り、従来の「20カ月齢以下」から「30カ月齢以下」へと規制緩和すべく食品安全委に諮問しました。アメリカへの忠誠心を競い合うのに懸命の日本ですが、そのアメリカでこの4月、またまたBSE(牛海綿状脳症)感染牛が報告されたばかりです。BSEの病原体とされるプリオンの正体さえいまだ謎のまま、というのに。


◆足蹴にされる日本の「公正」

 3番目の保険についても全く同じ。
足蹴にされる日本の「公正」 いま、日本での「がん保険」のシェアはアメリカ系外資のアメリカン・ファミリー生命保険(アフラック)が70%以上の圧倒的シェアを抑えています。この高い占拠率を維持するため、彼らが最も警戒していたのが日本郵政傘下のかんぽ生命保険の新規参入でした。この4月の「郵政民営化見直し法」の成立で、かんぽ生命は国の認可がなくても自由に新規事業を始めることができるようになったからです。
 案の定、自由になったはずのかんぽ生命保険は、まさに、はやばやと「がん保険には参入しません」と表明し、アフラックを喜ばせました。アフラックの会長こそ元USTR(米通商代表部)日本部長のチャールズ・レイク氏その人です。
 私たち日本人にとっての「公正」は足蹴にされ、選択肢は狭められる。高すぎる代償ではないでしょうか。


◆輸入材が72%もある森林大国・日本

輸入材が72%もある森林大国・日本 先進国で日本はフィンランドに次ぐ世界第2位の「森林大国」です。その国で年間に使われる国産材の割合は28%(一時は19%)。遠く海外からの輸入材が72%も占めています。森林大国すなわち木材輸入大国。森林荒廃が土砂災害の犠牲をふやし、緑の社会資本はやせ細るばかりです。
 決定的誘因となったのが、1989年の「スーパー301条」の対日発動にあったこと、その狙いはアメリカ建築基準「ツーバイフォー」(2×4)の普遍化にあったこと、いまではよく知られた事実です。すでに関税ゼロで打撃を受けていた林業界の窮地を決定的なものにしてしまいました。
 第1位の森林大国フィンランドが決して許そうとしなかった割譲です。森林大国を守る意思が育てたもの、それが教育大国フィンランドの今日だったのです。
 「国破れて山河あり」と叫んだあの日はもう遠い過去になってしまったのでしょうか。

(2012.07.17)