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この人と語る21世紀のアグリビジネス

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農業にもっと夢とロマンを  クミアイ化学工業(株)代表取締役社長 石原英助氏

・地球規模で食料危機がやってくる
・恵まれた日本農業の環境を活かすことが
・“環境を汚染しない”をキーワードに
・13もの学科の専門家が共同研究し開発する

 日本の農薬開発技術は世界のトップクラスにあるといえる。クミアイ化学工業(株)は、そうした日本の農薬業界を牽引する企業の一つだ。ここ数年、水稲用除草剤が次々と開発されているが、同社もきわめて低薬量で抜群の効果を発揮するピリミスルファン剤を昨年上市した。この剤の開発に当初からかかわり、同社の技術開発をリードし、1月28日に社長に就任した石原助社長に、農薬の開発そして農業への思いを聞いた。聞き手は本紙論説委員の坂田正通。

◆地球規模で食料危機がやってくる


クミアイ化学工業(株)代表取締役社長 石原英助氏 ――農薬業界として昨年を振り返るとどういう年でしたか。
 「一般論でいいますと、昨年は大変な猛暑でしたので、病害虫の発生が少なかったのですが、作物の生育にも影響があり、国内で農薬があまり必要とはされなかった年だといえます」
 ――品質が良く豊作でないと農薬は動かない…
 「果樹などは特にそういう傾向があります」
 「近年のような異常気象は、世界的におおよそ100年刻みで起きています。いまから400年前には東ヨーロッパで、200年前にはアイルランドで大飢饉に陥り、主食であるジャガイモがとれず、新天地を求めて北米に移民しています」
 「いまから100年前の異常気象のときには、いかに収穫を上げていくかを考え、多肥料多収穫に走ります。現在はその反省時期にあって、品種の改良と適正な肥培管理など、技術の革新が図られています」
 ――これからの技術は?
 「地球上の人口は増えますが、それを養える耕地は増えませんから、バイオテクノロジーだと思います」
 ――地球規模で農業を考えるわけですね。
 「間違いなく地球規模で食料危機はやってきます。多収穫にするか、画期的な農業関係技術を開発するしかないと思います」


◆恵まれた日本農業の環境を活かすことが


 ――それは日本の農業も同じですね。
 「日本ではもっと農業にロマンや夢をもてるような施策や国民的な啓発が必要だと思います」
 「海外に出ると日本の良さがよく分かります。それは四季があり、土壌の質がよく、水が豊かにあることです。そして太陽も燦々とふりそそいでいます。これだけのことが揃って農業に適している国が、ほかにあるでしょうか。これだけ恵まれた国でありながら食料自給率が40%というのは寂しい話です」
 ――水田農業は素晴らしい技術です。
 「日本で間違いなく自給できるのはお米です。水稲は連作ができますが、欧米には連作ができる作物はありません。しかも農業機械や除草剤の発達、品種改良などによって省力的な栽培ができます」
 「品種改良も含めて寒い北海道でもお米が栽培できる技術があります。そうした優れた日本の農業技術をもう一度見直してみることが大事だと思います」
 ――そこには農薬の技術も含まれている…
 「もちろんそうです。見直すことで、お米だけではなく農業にロマンを感じて欲しいですね」
 ――豊かな環境があるわけですから。
 「こんなに水が潤沢な国がありますか。そのことを日本人は忘れていると思います。自分たちの食料をつくれなくなった国が繁栄したためしは歴史上ありませんから、もう一度農業にロマンを与えて、国民的な関心を高めたいですね」


◆“環境を汚染しない”をキーワードに


 ――昨年、登録を取得し上市された除草剤ピリミスルファンの開発にも深く関わってこられた…。
 「当初から関わってきています」
 ――御社は多くの新剤を開発されていますし、多くのパイプラインをもっておられます。今後、農薬会社に求められるものは何だとお考えですか。
 「消費者が求める食の安全と安心を無視しては、農薬は存在できません。私は、一般社会と向き合って農薬会社が存在する。社会から認められる農薬技術を確立することで、社会貢献し、その対価をいただきたいと考えています」
 「これからクミアイ化学がどう変わっていくかにぜひご注目いただきたいと思います」
 ――もう少し具体的にいうとどういうことですか。
 「環境への負荷を少なくしていくことと、食の安全・安心にどう繋げるかです」
 「昨年発表しましたピリミスルファンは、10a(300坪)当たりに使用する有効成分量はわずか6.7gで、他の薬剤よりも画期的に少なくなっています。そんな少ない量を均一にまくためには、それに応じた製剤技術が必要です」
 「この有効成分を見つけ開発できたのは、“環境を汚染しない”というキーワードで絞り込んできたからです」
 ――そうした考えから新剤だけではなく製剤技術も開発されてきたわけですね。
 「できるだけ飛散しないように考えた微粒剤Fとか、あずき大の豆つぶ剤は10aあたり3kg撒いていたのをわずか250gを畦からまくだけで済むようにした省力化製剤です」
 「そしてエコホープなど微生物農薬があります。これは特別栽培農作物などでは農薬としてカウントされません。さらに微生物農薬と化学農薬をハイブリット化したクリーンカップとクリーンサポートもあります」


◆13もの学科の専門家が共同研究し開発する


 ――そうした発想はどこから生まれてくるのですか。
 「一言でいえば、市場が何を求めているのかに焦点を合わせた開発、つまりマーケットインの開発志向です。これからは、農薬に限らず社会に役に立たない研究は相手にされなくなります」
 ――そういう方向で次々と開発されていくわけですね。
 「研究開発型の会社の価値はパイプラインにどれだけ有望な新剤があるかにあるといえますから、さまざまな開発が進められています。そのことで農業に貢献できればと考えています。その開発の基本は、先ほどから申し上げているように、低薬量で分解が早く、環境に負荷を与えないということです」
 ――素人が考えると低薬量で効くということは、それだけ強い薬ではないかと思えますが…
 「選択性といいますが、人間の体の代謝系には影響せず、雑草だけにしかない代謝系に効きますから、雑草だけが枯れます。そういう選択性がないと人にも悪影響をおよぼすおそれがありますが、現在の農薬はそういう選択性を突き詰めて探しますから、人や作物には影響がありません」
 ――技術はどんどん進歩しているわけですね。
 「かつてとは異なり、現在の農薬は、再三申し上げましたが、低薬量で分解が早く、残留しないものでなければ受け入れられませんし、そういう方向で技術競争し進歩してきていますが、残念ながらそのことが十分に理解されていません。もっと私たちが努力しなければいけないと思います」
 ――研究開発のための人材が大勢いるわけですか。
 「農薬の開発にはさまざまな分野の知識が必要ですので、当社の研究所には13学科の専門家200名がいて、最先端の技術を駆使して大学や国の研究機関などと共同研究しながら最先端の剤を開発しています」
 ――貴重なお話をありがとうございました。


【略歴】
いしはら・えいすけ
昭和44年クミアイ化学工業(株)入社、平成10年取締役総務部長、13年常務取締役研究開発本部長、15年専務取締役研究開発本部長、17年代表取締役専務研究開発本部長、23年1月代表取締役社長。

 


インタビューを終えて 

 農業にロマンを! を石原さんは公私共に実践している。入社以来、主に農薬の開発に携わり、成果を上げてきた。その間の農薬の進歩は著しい。昨年クミアイ化学が上市した除草剤ピルミスルファン剤は1成分の低薬量で効果がでる、ノビエや雑草に10a当りわずか6.7gの散布でよいという。残留、薬害なし。人間の成育には無関係の成分だから、従来の農薬のネガティブ・イメージとは異なるという。農家に安心して使っていただけるし、消費者にも安全性をアピールできると石原さんは力説する。将来は日本の農薬技術の海外戦略も有望視される。
 プライベートには、ある地域の人々と一緒に、どんぐりやくぬぎを植林し、日本農業のロマンをかたる活動を20年以上継続している。大正時代の“美しき村”にも通ずる運動で自分の最も心休まる時間であると石原さんは語る。趣味は多数、ゴルフは遊び、ユーモアを解し、専門以外の文学詩歌などにも造詣が深い。家族は夫人と1男1女。(坂田)

【著者】インタビュアー坂田正通(本紙論説委員)
           クミアイ化学工業(株)代表取締役社長

(2011.02.25)