シリーズ

遺伝子組み換え農産物を考える

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GM農産物の国民理解をめぐる論点

・食料をめぐる現実
・増える人口、どう養う?
・国の食料確保策は?

 本シリーズの前回は日本学術会議が7月1日に提言した「我が国における遺伝子組換え植物研究とその実用化に関する現状と問題点」について紹介した。この提言のとりまとめにあたった鎌田博・筑波大学大学院生命環境科学研究科教授(日本学術会議植物科学分科会副委員長)は、国民理解増進の必要性を強調している。
 今回はこの点についての報告もあった学術会議の公開シンポジウム(8月6日開催)などから遺伝子組換え農産物を考える視点を紹介する。

将来の食料確保策は明確にされているのか?


◆食料をめぐる現実

 

8月に開かれた学術会議の公開シンポジウム 公開シンポジウムで宮城大学食産業学部の三石誠司教授は「科学技術と社会」の視点で報告した。
 その視点のひとつは、現実を知ること。食料をめぐる問題でいえば、世界の食料生産の現状や将来の人口増などについて「数字」できちんと把握することだ。
 たとえば、世界の主要穀物(小麦、米、粗粒穀物、油糧種子)の生産量は年間27億トン(2010/2011見通し)で、日本は年間約3100万トンを輸入している。
 このうち家畜の飼料用のトウモロコシは約1200万トンを輸入。ほとんどが米国からで月に100万トンを輸入し続けていることになる。 米国から日本にトウモロコシを運搬するパナマックス型の船舶は約5万トンもの積載量があるが、かりに積荷のすべてをトウモロコシにしたとしても月に20隻は必要だ。したがって、月100万トンのトウモロコシを運ぶため、太平洋上には日本の港に向かって「船が途切れなく続いていることになる」。三石教授はこれをわれわれの食(この場合は畜産・酪農生産)をめぐる「現実」だと指摘する。
 一方、このシリーズでもすでに指摘したように米国のGMトウモロコシ作付け比率は86%(2010)。トウモロコシの全輸入量(工業用含む)は1630万トンで米国からが96%だから、この数字とGM作付け比率とのかけ算をすれば、約1300万トンのGMトウモロコシが輸入されているとの推計ができる。
 同じような方法で他の輸入農産物も推計すると合計で約1700トンになるという。日本が輸入している主要穀物の過半がGM農産物となっているのが現実だ。
 三石教授は、非GMトウモロコシ確保の努力が行われているとはいえ、米国でのGMトウモロコシ作付け比率が9割近くまで普及したこと、また、国産飼料増産の必要があるにしても時間がかかることをふまえれば、日々の安定的な生活を支える食料の「現実」を認識する必要があるのではないか、と指摘した。

(写真)8月に開かれた学術会議の公開シンポジウム

 


◆増える人口、どう養う?


 農地についても同様だ。わが国の年間主要穀物輸入量から逆算すると耕地面積は約1200万haとなる。このデータはこれまでも農水省がしばしば発信しているが、日本の農地約460万haの2.6倍の農地を海外に依存しているのが実態である。
 他方、国連の推計によれば2055年の世界人口は約92億人となり、現在より23億人増える。このうちアジアで10億人、アフリカで10億人増えると見込まれている。
 また、中国は2040年前後に人口のピークを迎えて減少局面に入ると推計されているが、インドの推計16億人は将来、まだピークを迎えていない。三石教授は現在の70億人近い人口が将来、1.3倍に増えるなかでは、食料も現在の1.3倍の35億トン前後の水準を必要とするようになり、それを達成する「科学技術は不可欠」となる、とする。
 こうした現実を冷静に認識することが必要で、世界が日本に対して期待しているのは、GM技術を含む知的資産を活用して食料問題などに貢献することだ、と三石氏は指摘。社会的に議論が多いGM農産物について、「対話と科学的根拠の基づく合意形成」が求められていると提言している。

 我が国のトウモロコシ・大豆の主要輸入国と当該国の栽培状況


◆国の食料確保策は?


 筑波大の鎌田博教授は、安全性が確認されているGM農産物の社会受容に、各国がどう取り組んでいるかの調査結果を発表している。
 そのなかでは英国の取り組みが注目される。
 英国ではGMトウモロコシを米国から輸入しない場合の国内畜産業への影響を政府が検討した。その結果、英国内の畜産業は壊滅的打撃を受けると予想、国としてはGMトウモロコシの輸入を積極的に行うべきとの姿勢を明確にしたのだという。
 これに対しては英国畜産業界をはじめとして大きな論争になっている。また、英国政府は有機栽培農産物のほうが通常栽培農産物よりも栄養価が高いという科学的事実はない、との報告を出した。同国内の有機農産物表示の根拠が栄養価が高いとすることにあったため、政府は世界中の論文等を審査して結論を出した。これも有機栽培農家との大きな論争を巻き起こしている。ただ、鎌田教授が着目すべきとするのは、科学的データをもとに政府が政策方向を提示していることだという。
 ポルトガルは日本と同様に食料輸入国であり、経済状況が厳しいなか、世界の穀物動向は自国の食料安全保障に関わる大きな問題との認識があるという。
 そのポルトガルでは、GM農産物を生産する農業と従来の農業との共存法を制定して、飼料用のGMトウモロコシの栽培を進めている。
 鎌田氏によれば大学、企業、栽培農家、NGOなどが協力して社会的受容を進めるための組織がつくられるなど積極的な取り組みが行われているという。
 いずれの例もその国の食料確保策をふまえたうえで、科学的根拠に基づいた政策決定と合意形成に向けた努力をしているといえそうだ。こうしたことから鎌田氏は日本におけるGM農産物の国民理解のためには、人口増や地球環境対応などもふくめ「わが国はどう食料を確保をしていくのか。その将来像を明確にする必要がある」と強調している。
 それを明確にするには、なお社会に存在する「安全性」についての不安を検討しなければならないだろう。次回は「安全」をめぐる議論を取り上げたい。

主な遺伝子組換え農作物の栽培面積とその割合

【著者】シリーズ(5) 学術会議・公開シンポジウム

(2010.10.06)