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時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す

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(55) 「関税ゼロ」で「両立」などできない!

 ちょっと古い数字で申し訳ないが、こういう集計は今のところこの数字しか無いので我慢してほしい(表)。3ha以上農家の60kg当たり米生産費を経営規模別・団地数別に示したものだが、見てほしいのは、"分散した農地の連坦化"を図り、"平地で20〜30ha、中山間地で10〜20ha構造の規模の経営体が大宗を占める構造"になったとしても、コストはそんなに大幅に下がるものではない、ということである。(""のなかは「食と農林漁業の再生推進本部」が10月25日に決定した「我が国の食と農林水産漁業の再生のための基本方針・行動計画」より)。

 ちょっと古い数字で申し訳ないが、こういう集計は今のところこの数字しか無いので我慢してほしい()。3ha以上農家の60kg当たり米生産費を経営規模別・団地数別に示したものだが、見てほしいのは、“分散した農地の連坦化”を図り、“平地で2030ha、中山間地で1020ha構造の規模の経営体が大宗を占める構造”になったとしても、コストはそんなに大幅に下がるものではない、ということである。(“”のなかは「食と農林漁業の再生推進本部」が10月25日に決定した「我が国の食と農林水産漁業の再生のための基本方針・行動計画」より)。
 この表の各階層の数字、特に各階層最低の数字を、米国2880円、オーストラリア2640円、中国2100円(いずれも各国産短粒種の60kgあたりの国内価格)とくらべてほしいのである。関税ゼロでの輸入自由になったら、どういうことになるか、いうまでもないだろう。
 中国からのSBS輸入米は60kgあたり9000円だが、SBSという特別の枠内での輸入であり、中国側が多額の差益を得ていたことで生じた数字である。関税がなくなり枠がなくなれば当然その価格は低落することになる。
 “高いレベルの経済連携の推進と…国が農業・農村の振興とを両立させ”るための“対策を検討するため”として「食と農林漁業の再生会議」がスタートした頃、私は、規模拡大をしてもコスト低下傾向が10haを超えるあたりでなくなることを示した図とこの表を示しながら、まずは“両立”させる政策などあり得るのかを客観的に吟味できるデータを農政当局は用意し、「会議」の論議が“机上の空論、いたずらな願望の吐露に終わらないようにする必要があろう”と指摘しておいた。(「日本農業年報」第57集所収拙稿)。が、「基本方針・行動計画」を見る限り、そういう論議・検討はなかったようだ。

水稲作付規模別・団地数別60kg当たり米生産費(2002年)◆「開国」の恩恵などあるのか?

 「基本方針・行動計画」をまとめた「再生実現会議」(11.10.28)の際、JA全中会長の「基本方針は関税撤廃を前提にしておらず、TPP交渉参加の条件整備ではない」との指摘を受けて、古川国家戦略担当大臣が政府見解として「基本方針はTPP交渉参加を見据えたものではない」と発言したという。(11.10.21日本農業新聞)
 問題は、「基本方針・行動計画」が最後のところで
 “高いレベルの経済連携と農林漁業の再生や食料自給率の向上を実現するためには、本基本方針にある諸課題をしっかりクリアし、なおかつ、国民の理解と安定した財源が必要である。消費者負担から納税者負担への移行、直接支払い制度の改革、開国による恩恵の分配メカニズムの構築も含め、具体的に検討する”。
 と書かれていることである。
 “平地で2030ha、中山間地で10?20ha構造の規模の経営体が大宗を占める構造”になったとしても、“納税者負担”や“開国による恩恵の分配”による支援が“両立”のためには必要だ、と認識しているようにこの文章からは読める。問題は財源である。
 “開国による恩恵の分配”など出来るだろうか。内閣府が示している“TPP参加の利益と損失を相殺した経済効果(純利益)”は2.4兆円3.2兆円になるが、鈴木宣弘教授によるとこの計算は、“TPP参加によって競争が促進されて産業の生産コストが半分になるといった仮定が置かれているため、利益が大きくなっている。…生産コスト削減を仮定しないで計算し直し”てみると“日本の利益はほとんど増えない(GDP増加率は0.06%にしかならず、0.480.65%という内閣府試算値よりもかなり低かった)”(鈴木宣弘「TPPは我が国に何をもたらすか」)という。
 “分配”できる“開国による恩恵”があるかどうかすらが問題だと教授は指摘するのだが、更にこうした計算に入っていない「外部効果」の損失、農業の多面的機能喪失も考慮する必要があると教授は付け加えている。農水省推定ではその額は3.7兆円に達する。“分配”にあてられる“開国の恩恵”などは無いということである。
 戸別所得補償の基準になる費用の算定に当たって、米については自家労働費を8割に値切らざるを得ない“財源”難のなかでは、“納税者負担”の増を求めることも困難としなければならない。こういったことの“具体的”な“検討”をしてから「基本方針」は立てられるべきだろう。5年間に集中実施してから“検討する”ことではない。

【著者】梶井 功
           東京農工大学名誉教授

(2011.11.11)