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新たな協同の創造をめざす 挑戦するJAの現場から

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日本一の大型りんごセンターが産地・地域を支える―組合員にも歓迎された広域合併  JAつがる弘前

シリーズ14 JAつがる弘前(青森県)
・10年間で200億円の所得減少
・省力化しつつ高品質化「葉取らずリンゴ」
・総代が自主的に農協経営を支援 模範的組合員に
・“農業者”よりも“正組合員”後継者を

 明治8年(1875年)、当時の内務省から3本の苗木が青森県庁に贈呈されたことで青森県のリンゴの歴史は始まった。それから130余年。青森県は全国のリンゴ生産量85万tのうち6割近くを担う一大産地になった。なかでも弘前は県内生産量の3分の1を占める日本最大の産地である。しかし近年、需要の減少と価格下落が急進し、産地は困窮している。家族労働で200万円にも満たない収益、正組合員8500人の平均年齢は63歳、と生産現場の厳しさが増す中、地域社会を「拓き」「はぐくみ」、地域の未来を守り育てようとするJAつがる弘前の取り組みを追った。

シリーズ14 JAつがる弘前(青森県)リンゴ事業と営農指導
◆10年間で200億円の所得減少

 青森県全体のリンゴ生産量は48万tほどある。年によって災害の有無もあるが、ここ10年間の生産量は、平成16年に大不作があった以外ほとんど変わらない。しかし販売額は大きく落ち込んだ。平成元年から平成10年までの平均販売額は1037億円だったのが、平成11年から平成20年までの平均販売額は841億円にまで減った。青森県のリンゴ農家の手取りは、10年間で200億円も目減りしたことになる。
 将来的に需要の伸びが見込めない今、産地にはより高品質で消費者に信頼されるリンゴづくりが求められている。
 JAつがる弘前でその任務の一端を請け負っているのが、日本一の大型りんごセンター「河東地区りんご施設」だ。
 旧弘前市農協時代の平成7年、総工費約37億円をかけて、3万4500平方mの広大な敷地に選果場と冷蔵庫が一体となったセンターを設立した。
 選果ラインはオートメーション化され全5本。1日約80t(4000箱)の選果が可能だ。冷蔵庫の収容能力は5000t(25万箱)で、11月に収穫したリンゴを翌夏まで新鮮に保存し、通年出荷を可能にしている。管内には他にも大小あわせて30もの冷蔵施設があり、販売額は年間110億円を超え、同JAの農産物販売額の8割以上を占めるリンゴ事業を支えている。
 平成16年からはさらに多様化する消費者ニーズに対応しようと、糖度・熟度・硬度・酸度・蜜の有無・内部の障害などを1分間に200個弱のスピードで瞬時に判別する高性能光センサー、通称「フルーツファイブ」を導入。1台2000万円以上という非常に高価な機械だが、「つがる弘前りんご」のさらなる高品質化をめざし、現在までに各施設に合計22台を揃えている。

弘前市にある日本一の大型りんごセンター。4000平方mの選果場はラインを一直線にするため、極端な長方形になっている。

(写真)弘前市にある日本一の大型りんごセンター。4000平方mの選果場はラインを一直線にするため、極端な長方形になっている。


◆省力化しつつ高品質化「葉取らずリンゴ」

「つがる弘前りんご」のキャラクター この地域は伝統的に農協の営農指導員と組合員との絆が強いのも特徴だ。
 昨今、営農指導員を減らしたり、センターや本店で統括するJAも増えているが、JAつがる弘前は現在も全職員の1割にあたる41人の営農指導員を、各部署に配置し、キメ細かな生産技術指導、新品種や病害虫発生予察の情報交換などをしている。女性の営農指導員も多い。
 JA指導部は、こだわりリンゴの生産や「天晴(あっぱれ)りんごの会」など、新ブランドの企画販売にも積極的だ。
日本一の早生ふじ品種として徹底して品質にこだわった「ひろさきふじ」 平成11年には、日本一の早生ふじ品種として徹底して品質にこだわった「ひろさきふじ」を「夢ひかり」の名で商標登録し、東京青果を中心にトップブランドへと成長させた。
 「天晴りんごの会」は、葉を取らない生産方法で着色よりも味を重視したブランド品「太陽りんご」をつくっている。単に葉摘みをしない省力化では、むしろレギュラー品よりも安く扱われてしまうため、糖度13度以上、大きさは350g程度などの品質的に厳しい規格を定めている。現在は140人ほどが登録し、ふじ、つがる併せて6万箱以上を出荷している。
葉を取らない生産方法で着色よりも味を重視したブランド品「太陽りんご」 リンゴ専業の場合、春季の摘果作業と秋季の着色管理・収穫作業に集中的に労力を要すが、それ以外はあまり必要としない。そのため、ピーマン・キュウリ・えだ豆などの夏場野菜を組み合わることで、通年雇用による労働力の安定確保と、気象災害の危険分散することで、経営の安定を図っている。
 販売戦略では、輸出にも積極的だ。
 国内での供給過剰による価格下落を防ぐため取り組み始めた輸出だが、今では台湾向けに九州全県への出荷量と同程度の2万3000箱を出すなど、JAの販売を支える大きな売り先になっている。
 今後は中国やシンガポールなどにも新たな輸出先を開拓していく考えだ。


組織強化の取り組み
◆総代が自主的に農協経営を支援 模範的組合員に

 現在のようにリンゴ事業が大規模化できたのは、JAの広域合併が成功したからだと言える。
 旧弘前市農協は、昭和40年に1市1郡の27農協が合併した県内初の合併農協だ。さらに平成15年に1市3町2村の6JAが広域合併し現在のJAつがる弘前が生まれた。
 リンゴ事業は合併初年度に管内を3ブロックにまとめ、2年目には早くも一本化した。統一にはこれまで比較的良質なリンゴを高値で生産してきた地域の反対もあったが、当時、岩木町農協の専務を務めていた西澤幸清現組合長は、「そもそも合併の目的は販売流通の一本化だ。大きくならないと強い産地になれない」と懸命に組合員を説得し、了承してもらった。今では、大多数の組合員が「合併してよかった」と歓迎してくれているという。
センターは常時900人以上を雇用する 農協に対する組合員の意識の高さも、合併が成功した要因の一つだ。
 合併で心配されたのは、組合員とJAとの距離が遠くなってしまわないか、ということだった。組合員と農協との信頼関係を高めるためにも、15人に1人の総代をきちんと教育して、農家の人たちに「農協がどういう仕事をしているか」を伝える架け橋になってもらわなくてはならない。一方、総代側としても組合員の代表として、農協経営を側面から支援することが自分たちの安定にもつながると、「つがる弘前農協総代連絡協議会」を発足させ、自己研鑽のための自主的組織を運営することになった。
 協議会は合併とほぼ同時に発足。地区別研修会のほか、毎年1回100人ほどの総代(総代長・代議員)が集まる大規模な総代研修会を開いている。研修会ではJA役職員との意見交換会も行われ、前述の「フルーツファイブ」導入や、20年から始まったコメの全量JA独自流通などもここで出されて実現したアイディアだ。
 研修会の運営、企画などはすべて総代が担っており、基本的にJAはノータッチ。しかし総代の中から、組合員の農協全利用を推進しようという活動がおきるなど、総代は地域の代表として模範的な組合員になろうという意識も強く、組合員と農協のパイプ役として重要な役割を担っている。

(写真)センターは常時900人以上を雇用する


◆“農業者”よりも“正組合員”後継者を

 JAとして農業後継者を育成している事例は他にもあるが、JAつがる弘前の「農業後継者研修」は、単なる“農業”ではなく“正組合員”後継者を育てるプログラムだ。
 古くは旧弘前市農協の時代、昭和41年から平成13年まで続いた「中核組合員研修」を形を変えて復活させたものである。毎月1回の開催で、2年間で100時間を受講するが、その中には栽培や経営に関することだけでなく、地域における農協の役割、農協の歴史、農協人としての心構えなどを教授する「農協」講座も織り込んだ。これは、「地域農業を守るためには、単に農業を営む人を育てるのではなく、農協という協同体の中で地域と一体になった組織活動をする農業者が必要だ」との考えからだ。
冬場の剪定を学ぶ農業後継者研修 21年1月から始まる第1期生を募集したところ、JAとしては「10人ぐらいしか集まらないのでは・・・」との意見もあったが、ふたを開けてみると20代、30代を中心に38人(うち女性2人)もの応募があった。しかも毎回の平均出席率が80%以上と、参加者の関心も高い。受講者の中には、なぜ農協ができたかを知らない若者もいて、「感動した」と話す人もいるという。
 22年12月には第1期生が卒業する。今後は、いかにして修了生たちをJAのリーダーに育て上げるかが課題になる。JAとしては今、継続的なフォロー研修と来春からの2期生の研修計画を立てている。
 これらの活動は「広報誌いぶき」にも掲載し、組合員全体の啓蒙活動へと拡げていく予定だ。

(写真)冬場の剪定を学ぶ農業後継者研修

 

 

わがJAの挑戦
西澤幸清 代表理事組合長(JAつがる弘前)


生産量を減らしても1ランク上のリンゴを


言い伝えではなく、科学的根拠で消費者にPR
JAは商系と競い合って強くなる

西澤幸清 代表理事組合長――組合長ご自身も永年リンゴづくりをされてきたとのことですが、弘前のリンゴ生産の現状と課題はなんでしょうか。
 ここ10年、青森のリンゴ生産量はほとんど変わらないのに販売額は2割も減ってしまった。これだけ価格が低迷すると、いかにお金にならない下級品を少なく作るか、が重要になる。だから、とにかくたくさん作って儲けようという考え方を改めて、これからは生産量を1割減らしても1ランク上のリンゴをつくるようにと指導している。
 リンゴは値段が高かろうが安かろうが、生産コストも手間も変わらない、省力化ができない作物だ。2haのリンゴを育てるのに必要な労働力はだいたい2.58人ぐらいなので、それが家族労働の限界規模になる。採れ高は1箱20kgとして10aで約100箱、2haなら2000箱ほど。だから、平成20年産のように価格が大暴落して1箱2000円以下になると、売り上げは約400万円。そこから農薬代、ガソリン代などの経費を引くと、1家族あたり150?180万円ぐらいしか手元に残らない。だいたい4〜5年に1度暴落する年があるので、1箱3000円ほどで売れる年に稼いで余裕を持たないとやっていけない。
 中には5ha以上経営するような人もいるけど、規模拡大しても省力化はできないので、やはり家族労働が前提になる。平均すると一戸あたり1.3〜1.7haほどの耕作地を夫婦2人でやって、いい時で年収350万、悪いときは150万円ぐらいというのが管内の平均的モデル農家の現状だ。
――生産現場は非常に厳しい状態ですが、今後の販売拡大などの戦略はありますか。
 生食での販売が減っているが、だからといって加工に回すと1箱300円ぐらいで元手にもならないし、なにより1箱100円以下で入ってくる安い中国製の原料リンゴには敵わない。加工はジュースよりも化粧品の方が歩留まりがいいということで県が試験しているが、これからは色々なやり方を模索しなければならない。
 販売拡大で言えば、消費者へのしっかりしたPRが必要だ。
 例えば昔から、「リンゴが赤くなれば医者が青くなる」などと言うが、そういう根拠のない言い伝えじゃなくて、実際にリンゴには体温を上げる効果があり、人間は平熱が1度あがると免疫力が40%高まるなどの科学的裏づけがある。ほかにも繊維質を多く含むとか、塩分の排泄を助けるなどの具体的データもある。こういうのは口コミで広められるので、全国のリンゴ農家が一緒になってやっていければいいと思う。
 リンゴは色や形をよくするために葉を取ったり袋をかけたりして、ものすごい手間をかけているが、葉を取らない方が実は美味しくなる。だから、手間がかからず、しかも美味しい無袋、葉とらずリンゴがもっと普及すればいいと思うが、これもまた良し悪しで、「生産費がかからないならもっと安く売れ」と言われてしまう。結局、誰も味では判断しないのだ。今後さらに生産者の高齢化が進むと、今のように手間がかけられなくなり、必ず色や形のよいものが作れなくなる時がくる。今から無袋、葉とらずの価値を認めてもらうような運動を展開しないといけないと思う。
――元々、リンゴ販売は商人が始めたものなので、農協系統はなかなか入っていけなかったようですが・・・。
 なぜ農協がやれなかったかというと、リンゴは冷蔵庫や選果場が要るのでとにかくお金がかかる。津軽には目立つ産業がないので、銀行もリンゴ商人に融資してテコ入れする、というのが歴史的背景だ。ただ、日本一の大型リンゴセンターを作り、合併して部会を統一するなどの努力をしたおかげで、昔は商系が7割以上あったのが、最近は系統と商系で50%ずつぐらいになっている。
 また、商系と競い合っているから、農協が強くなってこられたという部分もある。例えば、都会の量販店からは「農協と取り引きしたい」という声もよく聞く。商系は値段が安ければ出し渋りなどもするが、農協は定量定価で安定出荷しているから取引しやすいのだと思う。それに農協は必ずすべて情報公開して、「今年はどのぐらい採れたから、来年の夏までこういう出荷計画が立てられますよ」としっかり提案もしている。生産者にしても、商系と違って前渡し金を払うし、値段が急騰すればしっかり精算もする。そういった活動が結集力につながり、今年も予約だけで287万箱が積み上がったのだろう。
――地域におけるJAの役割やその期待が高まっていますね。
 農協を昔ながらの悪いイメージばかりで考えている人もいるけど、農協は常に変革している。5人のTACが農協未利用者を回って「なぜ農協を使わないのか」「何が悪いのか」という声を集めて、農協のイメージを変えるよう努力しているし、今年の夏からは組合員サービスの一環として、年金の宅配便も始めた。
 リンゴの選果場は900人という大規模な雇用機会を創っているし、袋やダンボールなど生産資材の取り引きも地元を利用している。リンゴ依存とも言われるが、農協が地域と支えあって一緒になって活動している結果だろう。

(2010.10.04)