特集

農業協同組合新聞創刊80周年記念
食料安保への挑戦(2)

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【図で見る 世界の穀物事情】
世界は食料危機を克服できるのか?

Food Crisis Map 08

 世界の食料は過剰からひっ迫基調へと様変わりし、食料高騰で各地で暴動が起きた。今後も人口増加、新興国の経済発展、気候変動など食料生産と需給には不安定な要因が多い。ここでは(株)農林中金総合研究所の協力で世界の穀物生産と貿易事情を図解してみた。図表からは米国が生産・貿易ともに圧倒的な地位を占め、一方、わが国は米国からの輸入を中心に海外に圧倒的に依存していることが分かる。日本が農業生産力を高め食料安全保障を確立していくことは世界の食料安保への貢献でもある。

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◆貿易量はこんなにわずか!!−大丈夫なのか? 海外依存のニッポン−
穀物・大豆生産量と国別輸出量の円の大きさを実際の比率で表すと上の図のようになる。世界地図上で輸出量を示した円グラフの大きさで突出している米国も、実際はここで示したようなごく小さなウエートに過ぎない。日本はこの少ない貿易量に大きく依存していることになる。
なお、本紙では06年にも03年データをもとに主要2国間貿易を図示したが(/archive03/tokusyu/toku198/toku198s06101603.html)、それと比較すると、たとえば、ブラジルからドイツへの大豆輸出、米国からエジプトへの小麦輸出などのラインが消え、一方でロシアからエジプトへのラインが出現するなどの変化が見られる。ブラジル、アルゼンチンから中国への大豆輸出ラインはいずれも太くなった。

◆突出する米国の純輸出量

図1は穀物と大豆の国別の純貿易量だ。米国はすべての品目で輸出量が輸入量を上回り、1億トンと突出した純輸出量であることが分かる。2位のアルゼンチンの2倍以上である。一方、日本は世界最大級の純輸入国だが、中国もトウモロコシは輸出超過だが、大豆輸入の急増で一大輸入国になっていることが示されている。図2は1926年以降の米国のトウモロコシの利用内訳。エタノール仕向が急増し輸出量を抜いている。図3では米国のエタノール利用が近年、世界の穀物消費全体を増やしていることが示されている。

◆いざという時は自国を優先

食料危機が叫ばれるなか、メキシコではトウモロコシ価格の高騰で主食のトルティーヤが06年8月から07年2月までの半年で70%も高騰し数万人規模のデモや暴動が発生したほか、08年に入ってからはハイチ、フィリピン、インドネシア、バングラデシュなど中米、アジアのほか、エジプト、ソマリア、セネガルなどアフリカ諸国など20か国以上で食料をめぐる抗議運動や暴動が発生。
暴動の原因は米、麦など各地域の主食価格の高騰だが、その大きな要因となったのが、輸出規制だ。今年8月までに現在は解除している国も含めれば17か国で輸出禁止、輸出税の賦課、輸出枠の設定、輸出許可制などの措置がとられた。自国内での供給確保だけでなく価格安定もめざした措置で「お金があっても買えない」ことが起きることを示した。また、本文でも指摘されているがアルゼンチンも輸出制限しブラジルにも適用。自由貿易協定を結んでいても「いざというときは自国優先」なのである(いずれもデータは農水省)。

不安定化する世界の穀物需給

◆構造的な不安定性を持つ穀物市場

上の外側2つの円グラフは世界の穀物と大豆の生産状況を示したものである。世界地図内で示したのはおもな2国間貿易で円グラフは輸出量を示し貿易量は矢印の太さで示されている。
2つの図から生産量自体は中国・インドといった人口大国もかなりの規模を有しているが、旺盛な国内需要により、輸出余力はほとんどないことが分かる。生産量・輸出量ともに圧倒的な規模を示しているのがアメリカであり、その輸出の中心となっているのが日本向けのトウモロコシと、中国向けの大豆である。ブラジル、アルゼンチンからの中国向け大豆輸出も相当規模になっており、これら米州諸国から中国に向けた大豆の輸出は、近年の世界農産物貿易における極めて大きな流れとなっている。小麦については、輸出・入先が分散される傾向にあることもあり、2国間の貿易として突出したものはないが、アルゼンチン→ブラジル、アメリカ→日本、ナイジェリアといった流れが目立っている。わが国の輸入状況を見ると、飼料穀物を中心にアメリカへの依存度が極めて高い。食用穀物等は飼料用に比して量的にはかなり小さいことから、図には示されていないものの、オーストラリアからの高品質な小麦、ブラジルからの大豆といった産品も我が国の食料調達を考えるうえでは極めて重要である。
こうした世界の穀物市場を考える際に常に意識しておかなければならない点は、いずれの国もまず自国に必要な部分を確保し、余剰部分が輸出にまわされる、ということである。従って、生産(消費)量に対する輸出量の比率は、全体にかなり低いものとなる。トウモロコシを例にとると、2006年の世界総生産量は、約7億トンであったが、貿易量は9000万トンであり、その比率は13%程度にとどまる。米についてはその比率はさらに低く、7%を下回る。そうした構造の意味するところは、生産量(または消費量)のわずかな変化が、貿易量に対して極めて大きな変化をもたらす可能性があるということである。
たとえば、米を例にとると、生産量が5%落ち込んだ場合、(在庫変動を考慮しなければ)輸出国が輸出に回せる量は7%から2%に低下し、それは貿易量が70%以上落ち込むことを意味する。消費量の変動も同様の効果を持ち得る。たとえば、トウモロコシ輸出国において、生産量の5%をエタノールに向けるという決定がなされた場合、輸出可能量は40%近い落ち込みとなる。

◆増大する生産の不安定性

穀物市場は、基本的にそうした不安定な構造を有するものであるが、近年、その不安定性はさらに増大している。まず第一に、生産の不安定性が著しく拡大している点である。2003年の旱魃により、ウクライナの小麦生産量は前年の2100万トンから360万トンへと実に5分の1以下にまで落ち込んだ。オーストラリアにおいては、100年に一度といわれる旱魃が、2006年から2007年にかけて2年連続して発生した。
こうした気象条件による変動に加え、農業生産の世界的拡大により、その持続可能性に関しても深刻な疑問が生じている。アメリカにおいては農業用水の過剰な汲み上げによる地下水の枯渇が問題化しており、インド、中国といった人口大国においても地下水の枯渇は深刻な問題となっている。塩害、土壌浸食といった問題も、世界的な農業生産の持続的拡大に関して深刻な疑問を投げかけている。

◆エネルギーと農産物が連関する時代

不安定性拡大の第二は、穀物とエネルギーの間にかなり明確な関係が生じ、エネルギー市場の需給が直接的に穀物市場に影響を与えるようになった点である。かつても、主に投入コストの上昇という形でエネルギー価格の上昇は穀物価格に影響を与えていたが、今回の世界的穀物価格上昇の局面においては、(1)原油価格のレベルが代替エネルギーとしてのバイオエネルギー生産コスト近辺、もしくはそれを上回る水準にまで達したこと、(2)各国、特にアメリカのエネルギー政策によって積極的なバイオエネルギー推進策がとられたこと、(3)これらの要因を前提として、国際的な投資資金が穀物先物を投資資産の一部に組み入れ、投機的な資金が穀物市場に流入したこと等の点で、過去の連関とは大きく性格が異なる。景気の循環によってエネルギー価格は大きく変動し、穀物相場が今後調整局面を迎えることも十分予想される。しかし、こうしたエネルギーと穀物の間に生じた直接的な連関は、穀物市場の構造的な変化ともいうべきものであり、今後も状況如何では常に発生し得るということは十分意識しておく必要があろう。

◆影響力強める国際穀物資本

不安定性拡大の第三は、穀物の流通過程における国際穀物資本(メジャー)の影響力が近年ますます強まる傾向にある点である。メジャーの支配力の増大は、(1)相場の変動、輸送コストの変動等が拡大する中で、そうしたリスクに対する対応力が優れていること、(2)農家へのファイナンス、国際種子会社と連携した遺伝子組み換え種子の提供等により農家の囲い込みが進展していること、(3)穀物加工分野への進出による大口需要先の確保により、生産農家と需要先を結ぶ太いパイプを形成していること、等によるものである。
とくに3点目については、近年のバイオエネルギーの推進自体にメジャーが大きく関与しており、穀物メジャーの一角を占めるADM社は、アメリカ及びEUにおける最大のバイオエネルギー生産企業でもある。また、近年急速に拡大した米州大陸から中国への大豆の大量の輸出は、メジャーによる中国の大豆搾油企業への進出により形成されたという側面を強く有する。
こうしたメジャーの支配力増大自体は、ただちにわが国の食料調達を困難にするといったものではない。しかし、そのことは、わが国が食料を調達する際にも、メジャーの戦略の影響を強く受けざるを得ないことを意味し、中長期的に見た場合その影響は無視できない。前記のとおり、メジャーは大量の需要先を自ら創出し、遺伝子組み換え作物等の大量生産によりその両者を結びつけるといった手法により事業を拡大している。わが国の要求する、安全性の高い、高品質な穀物の調達は、そうした彼等のビジネスからは排除されていくといった可能性もあり、質的な面からも今後のわが国の安定的な調達は予断を許さない。

◆重要になる自国での農業生産

以上のように、本来極めて不安定な構造を有する世界の穀物市場は、近年さらにその不安定性を増しつつある。相当程度の食料を海外に依存せざるを得ないわが国にとって、今後も海外からの安定的な調達ルートを確保していくことは極めて重要であろう。全農の現地子会社を通ずるアメリカからの直接的な穀物調達ルートは、そうした意味で極めて重要なものといえよう。
しかし、今回の食料危機において、アルゼンチンが穀物輸出を大きく制限し、隣国ブラジルへの小麦輸出が停止された事例に見られるとおり、いかに密接な経済関係を有していようと、また、FTA等の経済協定を締結していようと、自国の食料不足時に輸出を制約するというのはある意味当然の行動であり、今後も国際的な規制によりそれを制約するといったことは不可能であろう。安定的な調達ルートの確保と同時に極めて重要なことは、自国の国内において、可能な限りの農業生産基盤を維持していくことである。新大陸諸国における収奪的、モノカルチャー的な農業生産は、わずか数百年の歴史を有するにすぎず、その持続可能性については深刻な疑問も生じている。わが国の有する「水田」は、数千年の歴史を有し、その持続可能性、人口扶養力、生物多様性の維持といった点において、極めて貴重な資源と言える。わが国の食料安全保障の観点からも、そうした貴重な資源をいかに維持していくかが重要な課題であろう。(原)

主要国の農業生産動向

アメリカ
記録的収益の穀物農家、畜産農家は飼料高騰で苦境に

アメリカは穀物・大豆両方の最大の生産国かつ輸出国である。とくにその輸出量は他の輸出国をはるかに凌駕しており、世界の3分の1(トウモロコシは2分の1)を占めている。主な輸出先は中国、日本、メキシコ、台湾であり、これら4か国で穀物輸出の約2分の1、大豆輸出の約7割を占める。ただし、生産量に対する輸出の割合は2〜3割台であり、主たる供給先は飼料向けをはじめとする国内消費である。
この輸出は、恵まれた土地資源と大規模農業経営、そして補助金によって支えられている。とくに第二次大戦以降は、余剰生産能力のはけ口として、対外食糧援助や輸出補助金によって世界に市場を拡大した。70年代以降は農家の生産費を直接支払い等の補助金により補填しながら、穀物価格を国際競争力のある低水準に維持している。こうした政策は安価な飼料の供給により国内の畜産にも好影響を与えてきた。
しかし、05年以降、バイオ燃料の振興策により需給構造は一変している。バイオエタノール原料向けのトウモロコシ需要が急拡大し、07年にはアメリカのトウモロコシ輸出量を上回り、かつ世界における穀物消費量増加への寄与度は4割に達した。トウモロコシへの作付転換により他の作物の需給も引き締められた。くわえて、アメリカには穀物の主要な先物取引所があり、そこでの投機資金の流入も相まって世界的な食料価格の高騰につながった。穀物生産農家は記録的な利益を上げる一方、畜産経営は飼料の高騰により厳しい状況にある。(平澤)

EU
穀物価格高騰に対応して関税と生産調整を停止

EUは、07年にルーマニアとブルガリアが加わって加盟国は27カ国となり、域内の人口は4.9億人になっている。EU各国の農業構造は立地条件や歴史的経緯などのため多様であり、イギリス(57ha)、フランス(47ha)などは経営規模が大きいが、イタリア(7ha)やポーランド(6ha)などは比較的小規模である。
EUは、域内の人口を支えるため共通農業政策(CAP)のもと価格支持、関税、直接支払いなどの手厚い農業保護を行なっている。1970年代以降、CAPによる価格支持によってEUの穀物生産量は増大したが、それが生産過剰と財政悪化をもたらしたため、92年のマクシャリー改革によって価格支持水準の引き下げと直接支払い導入を行ない、その後、EUの穀物の生産量はやや減少し輸出量も減少した。しかし、EUの食料自給率は高く、穀物自給率は、イギリス99%、フランス173%、ドイツ101%である。
07年の穀物生産量は、小麦1億2100万トン、大麦5800万トン、トウモロコシ5100万トンであり、EUは小麦、大麦を輸出し、トウモロコシは一部輸入に依存している。ナタネ(油糧種子)の生産量は増加しており、07年の生産量は1800万トンで、その一部はバイオディーゼルの原料となっている。
近年の穀物価格高騰に対応して、EUは、(1)穀物の輸入関税の一時停止、(2)生産調整の停止、(3)バイオディーゼル原料生産に対する補助金の廃止、などの措置をとっている。(清水)

ブラジル
穀物メジャーの参入で輸出伸ばす

食料の安定供給が改めて世界の課題となるなかで、農産物の増産余力を持つ国としてブラジルが注目されている。ブラジルはコーヒー、たばこなど伝統的商業作物の輸出大国だったが、2000年以降、大豆、食肉など基礎的食料の生産・輸出を急増させ、05年には農産物輸出で世界のトップ5に入り、また農産物の純輸出額ではすでに02年に世界のトップに立った。
農業の対外開放に伴い米欧の穀物メジャーが参入し、それまで資金不足で増産が難しかった農家に資金を貸し付けるとともに国際市場への輸出ルートを提供したことで大豆等の生産が急激に伸びた。同時に、ブラジル中部に広がる未開拓のセラード地域の開発が、日本の協力と農業の技術進歩の成果で進んだことも増産の要因となった。
大豆の最大の輸出先は、まさに穀物メジャーの市場開拓により輸入を急増させた中国であり、年間約1000万トンとなる。穀物メジャーはまた大豆をブラジル国内で搾油し、大豆油・大豆粕として輸出する志向も強い。また2006/07年の世界的な小麦不作で欧州の飼料不足が発生し、トウモロコシに大量の輸出需要が生まれた。今後は米国で行われているような大豆との輪作体系が普及し、トウモロコシの輸出も拡大する可能性がある。
ブラジルにはセラード地域はじめ米国の農地面積の8割にもあたる未開発の農耕可能地が残っており、今後、世界最大の農産物輸出国に向けてさらに伸びる潜在力がある。日本企業にとってブラジルへの取り組みが重要性を増している。(阮 蔚)

アルゼンチン
同盟国ブラジルにも食料の禁輸措置

アルゼンチンの主要穀物等の収穫面積は、トウモロコシ、小麦では過去20年間ほぼ一定であるのに対し、大豆は1996年頃を起点にして遺伝子組み換え種子の普及(98%)をてこに急拡大した。単収水準は、生産技術要因にパンパ地域の肥沃さも加わって高い。担い手は、近年大規模化、会社化している。
大豆・大豆油の主要輸出先は中国であり、生産増は中国が自給をあきらめ純輸入国に転じたことに呼応している。また、穀物メジャーは、生産、大豆油搾油、輸出の各局面でアルゼンチンの穀物等に大きく関与している。
小麦は、91年発効の関税同盟MERCOSULの無税特権が利用され、輸出量の約6割が隣国ブラジル向けとなっている。ブラジルから見ると小麦輸入のほぼ全量をアルゼンチンに依存している。
アルゼンチンは穀物等の輸出制限を、輸出税と輸出登録制度の運用で行っている。近年の世界的な穀物価格高騰に際し、アルゼンチン政府は2008年3月、過剰輸出回避等を目的に大豆の輸出税を41%へ引き上げた。これによって農民スト等で国内が混乱し、7月には元の税率に戻された。
輸出登録はトウモロコシ(06年11月)、小麦(07年3月)で原則停止となり、08年1月に再開されたが、小麦は4月以降ほとんど輸出されていない。輸出規制は、関税同盟国のブラジル向けにも適用され、自由貿易協定(FTA)が食料安全保障に無力であることの一証左となった。(藤野)

オーストラリア
不透明感増す農業生産と輸出体制

オーストラリアは主要な小麦輸出国の一つであり,日本にとっても製麺用など小麦輸入の約2割を占める重要な輸入先である。人口に比して豊富な土地資源を背景に粗放的な大規模農業経営が行われており、穀物農場の平均規模は1千haを上回る。農業は輸出産業の性格が強く、主要作物である小麦は、平年であれば生産量の3分の2程度が輸出に向けられる。おもな輸出先は東南アジア、東アジア、中近東である。
しかし、降雨が少ないため旱魃の被害を受けやすく、生産・輸出ともに変動が大きい。特に02年以降は旱魃傾向が続いており、02年、06年、07年には「100年に一度」といわれる大規模な旱魃が相次ぎ、輸出は半減した。08年は当初豊作が期待されたものの、雨の不足等からやや不作を予想する向きもある。雨量の減少、気温の上昇、旱魃の増加といった傾向は地球温暖化による気候変化ではないかとの懸念が強まっており、政府は各種の予測や対策を打ち出している。
作況の不安定化に加えて、69年ぶりにAWB(かつての小麦ボード)による小麦輸出の独占が廃止されたことから、外国資本も巻き込んだ業界再編が予想されており、また旱魃耐性のある遺伝子組み換え小麦の開発が進められているなど、日本への安定的食料供給にとっては先行きの不透明感が増している。(平澤)

インド
作付け・単収の伸びが鈍化、水不足の懸念も

現在11億人を超え中国に次ぐ人口規模を有するインドは、1970年代後半以降「緑の革命」による高収量品種の導入や化学肥料の投入等により、それまでの慢性的な食料輸入状態を脱し、90年代後半以降にはコメと小麦を中心とする穀物輸出国へと変化した。所得上昇に伴い食用油の原料となる油糧種子や豆類は国内生産では需要を満たせず輸入しているものの、インドの食料自給率は基本的に高い水準で維持されている。
こうした中、インド政府は国内食料価格の上昇に配慮し、昨年後半から非バスマティ米(一般米)、小麦の輸出を禁止し、バスマティ米(高品質な香り米)については高い輸出関税を課している。インドのコメの輸出量は、近年では年間400〜500万トンに達し、タイに次いでベトナムと世界第二位を競うレベルにあっただけに、輸出規制が国際的なコメ相場に与える影響も大きかった。
長期的観点からも、インドの穀物需給バランスが不安定化する懸念があることも見逃せない。インドは中国と異なり人口抑制策を取っておらず、また所得向上等からコメ、小麦の需要は共に年2%程度増加する一方で、単収の伸び率や作付け面積の増加は近年鈍化している。さらに、インドは1人当り水資源量が世界平均の1/4程度と小さく、既に地下水枯渇が深刻な農業地帯もあり、水不足が将来的な穀物増産に対する大きな制約要因となるおそれがある。(室屋)

中国
食料需要量は世界の全貿易量の2倍

中国は世界最大の食糧(コメ・小麦・トウモロコシの3大穀物、油糧種子、雑穀)生産国と消費国として07年に約5億トンの食糧を生産・消費した。中国は、80年代初頭の人民公社制度から日本の個人農制に近い農業生産の家族請負責任制への転換、その後の食糧流通体制の改革、04年の農業搾取的な農業税の廃止、直接支払等支持策の導入などの改革を通して、農家の生産意欲を刺激し続け、食糧の増産傾向を保ってきた。その結果、人口は現在の約13億人に増えたにもかかわらず、90年代後半を境にして食糧不足の問題を解決しただけではなく、食糧全体でみると輸入国から輸出国へと転換するようになった。
ただし、食料の消費構造が油脂や食肉類へと高度化しつつあることに伴い、その原料となる大豆の生産が追い付かず、96年以降輸入が急増した。07年に世界大豆輸出量の45%に当たる約3000万トンを輸入し、対外依存率が約7割に上昇した。近年ブラジルとアルゼンチンからの輸入が急増した結果、ブラジルは米国を抜いて中国最大の大豆輸入先となった。
今後、人口の増加と都市化の進展が進む一方、耕地の縮小と水不足の加速が重なる可能性があり、中国の食糧輸入量は増えることになろう。特にトウモロコシは近い将来輸入国へと転換しかねない。しかし、中国の食糧需要量は世界輸出量の約2倍にもあたるため、将来も中国は90%以上の自給率を維持せざるを得ない。(阮 蔚)

CIS諸国
原油高騰の利益で農業支援、気候要因に不安

ロシア、ウクライナ、カザフスタン等のCIS諸国(旧ソ連邦諸国による「独立国家共同体」)においては、1991年の旧ソ連崩壊以降、社会・経済の混乱が続き、農業生産もその過程で一様に大きく落ち込んだ。1990〜1998年における農業生産の落ち込みは、ロシア▲44.4%、ウクライナ▲47.9%、カザフスタン▲56.1%と、いずれも極めて大きなものとなっている。
しかし、その後は、ロシア危機後の通貨切り下げによる自国農産物の対外競争力回復、農業保護政策の強化、自由化後の効率的な経営体の出現等により、徐々に回復傾向を示し、2005年の穀物生産量はロシア7800万トン、ウクライナ3800万トン、カザフスタン1400万トンと、カザフスタンを除き、過去のピーク時の7、8割程度にまで回復してきている。
こうした生産の回復に伴い穀物輸出も拡大傾向にある。ロシアにおいては、2000年代以降、1000万トンを超える穀物輸出が行われており、世界市場における小麦の供給者としての地位が確立しつつある。また、ウクライナの穀物輸出も2005年には1270万トンに達した。カザフスタンにおいては2005年の穀物輸出は200万トンにとどまるものの、石油価格の上昇により余裕の生じた財政資金により、近年積極的な農業支援策がとられている。
これら諸国は、今後の世界的な穀物供給国として期待されており、特に肥沃な黒土地帯を有するウクライナの潜在的な供給余力に対する期待は大きい。しかし、同国においては、2003年、2007年と大規模な旱魃被害が生じており、その安定性には疑問も残る。また各国とも、貯蔵・輸送等のインフラ整備の遅れも大きな課題となっている。(原)

(2008.10.29)