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緊急特集[2] どうするのか? この国のかたち―TPP、その本質を問う

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【TPPを問う】韓国農業の現状 EPA・FTA締結 「FTA進める韓国農業の期待と不安」 韓国 GS&Jインスティテュート・李 貞煥 院長(韓国農村経済研究院前院長)に聞く

・経済成長を背景に
・米韓FTAの影響は?
・自給率は急落…
・競争力強化策に批判の声も

 急速な経済発展を続ける韓国は他国とのEPA・FTAの締結を積極的に進めてきている。米国とのFTA発効は11月の両国首脳会合で合意に至らなかったものの署名済みであり、EUとのFTAは来年7月発効だ。
 このような自由化を進めるにあたっては10年間で約9兆円の農業対策費を用意し農業強化を図っているという。この韓国の政策を「先対策後開放」と言われ、日本政府も今後の農業改革の策定にあたって関心を示していると言われる。では、韓国農業の現状はどうなっているのか? 李貞煥・GS&Jインスティテュート院長に聞いた。

【TPPを問う】韓国農業の現状「例外なし」では
穀物生産 大打撃

 


◆経済成長を背景に


韓国 GS&Jインスティテュート・李 貞煥 院長 韓国は2004年に締結したチリとのFTAを皮切りにシンガポール、EU非加盟国(スイスなど)、アセアン、インド、米国、EUと自由貿易協定を締結・発効させてきている。
 ただし、すべてのFTAで米、麦、ニンニク、トウガラシなど同国にとっての重要品目を例外扱いとしている。
 また、関税撤廃もすべてが即時撤廃ではなく削減期間を約束した協定としている。
 チリとの場合、即時撤廃は対象品目の15%、5年以内のゼロ関税品目は38%、そして10年以内が15%だという。ここには畜産物と果実が含まれている。
 チリとのFTAでもっとも影響が懸念されたのは果実だった。ブドウは南半球のチリとは出荷季節が逆で冬から春にかけて輸入されることになるが、韓国では早春に消費者の食卓に届けようと施設ブドウの生産が盛んになっており、この部門への影響が心配されたという。
 しかし、李貞煥院長によるとチリとのFTA発効後、国内の施設ブドウの作付け面積は14%増加し販売価格も上昇したという。キウイもチリで生産が盛んなため影響が懸念されたが、作付け面積は増えているとのことだ。
 果実は10年間かけて関税を撤廃することになっているため、毎年の削減幅が緩やかで想定していたほどの打撃は受けていないとの受け止め方が多いという。 もっとも施設ブドウの作付け面積が増えたのは、輸入ブドウと味、見かけがまったく違うことを消費者が分かったこと、さらに経済成長によって国内の購買力が高まったことが要因だという。
 韓国政府はFTA締結後に廃園を決めた農家が出た場合には3年間の所得補償をする離農対策を用意したが、施設ブドウに限ってはこの対策が活用された例は少ないという。
 チリとのFTA交渉入りでは農家や農業団体から強い反対運動が起きたが、現在は比較的落ち着いた受け止め方になっているのは、国内の経済成長によって果実の消費そのものが伸び、また国内産品が評価されたことに理由があるようだ。


◆米韓FTAの影響は?


韓国の農地面積と農業生産額 米国とのFTAでも焦点となる牛肉については15年かけて関税ゼロにするという協定だ。発効すれば毎年輸入牛肉の価格は1.9%づつ下落していくと試算されているという。
 その一方で、消費者による米国産牛肉と韓国産牛肉との評価の違いも政府は分析した。それによると米国産牛肉価格が10%下落した場合でも、韓国産牛肉の下落率は4〜5%にとどまるとの結果だったという。消費者が品質差を評価する、というのが根拠だ。
 これをFTA発行後に想定されている年下落率1.9%に置き換えれば韓国産牛肉はわずか0.9〜0.7%程度の下落にとどまる。
日本と韓国の食料自給率の推移 篠原孝農水副大臣が10月に同国を訪問した際、韓国農村経済研究院は米韓FTA発効15年後の農業生産額の減少は約1兆ウォン(約725億円)との見込みだと話した。これは全体の3%程度にすぎないが、こうした試算を出したことの根拠のひとつがここで紹介した影響試算だという。李院長は「影響は徐々には出るものの消費者の国産支持も見込んだ数字」だという。来年7月に発効するEUとのFTAでは豚肉輸入の影響が注目されているが関税撤廃まで10年以上であり、牛肉と同様の分析をしているという。ただ研究者によっては、この程度にとどまらず「相当に影響は大きいと指摘する人もいる」と話す。

韓国の農業従事者数


◆自給率は急落…


 これまでのFTAの影響については評価は分かれるようだが、韓国農業全体でみれば、日本と同様に農地面積の減少と担い手の高齢化が進んでいる。
 とくに自給率については日本より低下が著しい。2000年に50%だったものが07年には44%までに落ち込んでいる。
 米国、EUとのFTA発効前であり、しかも同国のFTAは日本と同じように米などを例外扱いしているにもかかわらずである。
 こうした点から李院長は日本が例外なき関税撤廃を原則とするTPPの参加を検討するとしたことに「非常に驚きました」と話す。
 韓国もFTAを推進してきたとはいえ、米が自由化され「関税がゼロになれば被害は膨大なものなる」として今回の日本の農林水産省の試算をショッキングに受け止めているという。
 こうした懸念を持つのも「先対策後開放」とされる政府の政策も「競争力の強化」が重視されているからのようだ。

各国のFTAの比率、各国のEPA/FTA取組状況
◆競争力強化策に批判の声も


 李院長によると、ブドウなどの果実については目標価格を設定、それよりも輸入によって価格が下落した場合に所得を補てんする仕組みがあるが「目標価格から20%以上下落した場合」という条件がついているという。今回、紹介したように今のところブドウには大きな影響はないためこの仕組みは発動されていないが、「市場競争のなかで自ら力をつけるべきとの発想が強く融資などを重視している。農業経営のリスクを政府が取る仕組みが自由化を進めるには大事だ」と強調する。
 米については05年に関税化し政府による買い入れもなくして市場原理を導入にした。それにともなって日本と同じような面積あたりの一律固定支払いと目標価格との差を補てんする制度が導入された。
 ただ、固定支払いは10aあたり7万ウォン。現在の販売価格水準はは1俵(80kg)15万ウォン程度で10aあたり収量を6俵とすれば90万ウォン程度となる。しかしこのうちコストは「約半分の45万ウォン」だという。固定支払い部分は生産費の6分の1程度にしかならない。
 今後、この米政策への対応がどうなるかも注目されるが、少なくとも米をはじめとして穀物を自由化し、しかも生産が持続するような対策を政府が打ち出すには、莫大な財政が必要になるといえるのではないか。

(2010.11.25)