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【TPP―医療(2)】「尊農情医」を合い言葉に食と健康を守ろう  神奈川県保険医協会理事長(池川クリニック院長)・池川明氏

・米国のルールに合わせるだけのTPP
・利益追求のみの医療制度にしていいか?
・医療と農業が手を結ぼう

 本紙編集部にしばらく前にこんなメールが寄せられた。「農家と医療を連動させ『尊皇攘夷』をもじってTPP反対派の錦の御旗は『尊農情医』運動でいかが?。農業を尊び人情ある医療をめざす互恵社会を実現させよう」。送っていただいたのは神奈川県保険医協会の理事長で横浜市で開業する池川明医師。本特集にあたってTPPの問題点をどう考えるか、改めて話を聞きに訪ねた。池川医師は農業分野と医療分野が連携して「国民の食と健康を守る」ことを旗印に反対運動を展開しましょう、と呼びかけている。

◆米国のルールに合わせるだけのTPP


神奈川県保険医協会理事長(池川クリニック院長)・池川明氏 TPPがめざすのはグローバルスタンダードではなくて米国標準だと思います。要は日本は米国から「われわれのルールでやれるのか、やれないのか」と言われているだけだと思います。狙いは米国の企業がやりやすいように、ということでしょう。
 医療に関していえば、TPPに賛成する人たちは、日本の医療制度は閉鎖的で自由競争がないといいます。そして米国のような医療制度がいいと。
 この主張は農業と似ていると思います。日本の耕作面積は米国からみればほんのわずかで、どんなに効率化してみても負けますよね。だから、当然、ハンディがあっていいはずなのに、そこを一緒にやれというのは無理、ということです。
 しかし、米国農業は効率的で安くつくれるのに、日本の農業はだめだ、と国民は思わされているのではないでしょうか。
 医療をめぐる議論も同じことです。米国は実は非常に特殊な医療制度であって、多くの人たちは医療保険に入りたくても入れなかったり、民間保険があっても高いものから安いものまであって、お金の負担によって給付内容が変わってしまう。
 だから、お金がある人はいい医療を受けられるけれども、お金のない人は医療そのものにアクセスできないという状況にあります。

 

◆利益追求のみの医療制度にしていいか?


 ところが、日本企業から米国に赴任する人たちは一番いい保険に入る。だから「米国はいい医療だ」と思うのは当たり前で、それだけのお金を払っているだけのことなんです。
 一方、クレジットカードも持たずに旅先でたまたま倒れてしまったという場合、救急で病院に行っても24時間待たされるなんてことも当たり前です。そういう状況を知っている人たちは米国の医療がいいとは思っていないはずですが、TPP推進派は、こうした実態を知らせないまま、米国の医療制度はいいと主張していると思いますね。

◇   ◇

 米国がどちらの医療を日本に押しつけてつけてくるかといえば、お金のある人たちのために医療であることは見え見えです。
 しかし、日本の医療制度ががっちりしていると食い込む余地がなく利益が上がらない。だから、とりあえず日本の医療制度を壊さないと入れないぞと、これまで混合診療の拡大や病院の株式会社経営といった規制緩和を要求してきました。
 日本の医療保険制度はつぎはぎかだらけかもしれませんが、一貫しているのは国民皆保険制度ということです。これは保険料と税金と自己負担で成り立っています。広く薄くみんなから保険料を集めて困った人を助けましょうというこの日本の制度は、世界で一番機能していると思います。
 ただ、なかにはお金を稼いでいて健康な人は、自分で高い保険に入っているから健康保険は払いたくないという人もいますね。しかし、それを言い始めたら保険制度はいらないということになってしまう。なくなって困るのはどういう人かといえば、本当にお金がない人です。そういう人たちは税金で面倒を見ていけばいいというわけですが、その分税金が増えるということになります。しかし、それもいやだという。
 そうなれば困った人たちを見捨てるのか、ということになりますが、それは自分の健康や安全は自分で守るという社会になるということ。一部富裕層が高い壁に囲まれて暮らしている米国のような社会です。
 しかし、困った人たちが暴動も起こさず平和に暮らしていくには、困った人たちが生活できることも必要で、そう考えると安全に暮らすためには、みんなが健康であるほうが良い社会ではないですか、ということになります。こうした発想がなければ社会保障など成り立たないわけです。国民がどういう意識を持つかが非常に大事だと思います。
 どうみてもこれだけきちんとしている日本の医療制度を壊してまで米国の制度を持ち込む理由は何もないと思います。
 利益が出る間はお客だから大事にしますが、利益が出なくなったら米国人医師が日本人の健康を守ってくれるでしょうか。お金がない人はお客さんじゃないわけですから。

 

◆医療と農業が手を結ぼう


 日本の国民の健康はやはり食べ物だと私は最近つくづく思います。そこが医療と農業が手を組める領域ではないでしょうか。
「尊農情医」を合い言葉に食と健康を守ろう  そのためにもお互いに意識を変え「国民の健康のために」という旗印を立てなければならないと思います。
 たしかに両方とも社会の安全保障という意義がありますが、さらに「国民の食と健康を守る」ということを打ち出すべきだと思います。
 実は、健康を害する人がいるということはそれで医者が潤っているということでもある。医者は一生懸命、真面目に患者の病気と取り組んでいますが、出てきた病気をモグラ叩きのように処置するだけの医療というものでいいのだろうかと思います。
 よく考えたら人間の体は食べ物でできている。健康な食べ物の基本は土壌ですよね。だから農家の方々は日本人の健康を預かる大事な役割をしています。
 だから医療界も、自分たちの技術で人々の健康を維持する、そのことによって自分たちの生計も成り立つ、ということになれば、大変なことだけどこれは素晴らしいことだと思います。
 われわれもそういうパラダイムチェンジ(思考の土台の転換)をしないと、TPPに対抗するということもできないのではないかと思います。大きなスローガン、展望を私たちが国民に示すことが求められています。
 TPP問題が「国のかたち」に関わる問題だというのであれば、私たちはどんな国をめざすのかということが大事ですね。政府がそれを言うかどうかに関わらず、農業と医療は、国民の食、健康、安全守るための存在であるということをともに強く打ち出していくべきだと思います。
 TPPはその対極にあるものであって、従来型の「利益追求」の延長、その徹底だけをめざすものだと思っています。

(2011.06.09)