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政治の責任を問い続ける・首相はどう「美しい農村」を守る気か?

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民意を無視したTPP参加判断  鈴木宣弘・東大教授に聞く

・政策決定プロセスが崩壊したニッポン
・原発問題と同じ情報隠し
・アジアを分断させてはならない
・政府に徹底して説明を求める

 野田首相は11月11日、記者会見で「TPP交渉参加に向けて関係国との協議に入る」ことを表明した。関税撤廃を原則とするTPP(環太平洋連携協定)は農業の壊滅的な打撃のみならず、国民の暮らしに大きな影響を与える協定であることへの懸念が広がり、全国各地から参加反対の声が上がっていたにもかかわらず、参加判断をしたことは国民の声を無視したものとの強い批判が起きた。JA全中も抗議声明を出し今後も断固参加阻止に向けて広範な国民運動を強めていくことを表明した。
 今回の政府判断の問題点と今後、私たちはどう対応していかなければならないのかを鈴木宣弘・東大教授に聞いた。

政治の責任を問い続ける

首相はどう「美しい農村」を守る気か?


……世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村、
そうしたものは断固として守り抜き、
分厚い中間層によって支えられる安定した社会の再構築を実現する決意だ。……
(平成23年11月11日、野田総理の記者会見)より


◆政策決定プロセスが崩壊したニッポン


 ――野田首相はTPP交渉の参加に向けて関係国との協議入りを表明しました。この判断をどう見ますか。

鈴木宣弘・東大教授 結局、最初から参加表明すると腹を括っていたわけです。それなのに体裁を整えるため党のPT(プロジェクトチーム)で議論してほしいというかたちにしておき、しかし、どんな結論が出ようとも野田総理は参加表明をするつもりでいたということです。しかも、判断を一日延ばしたのだから熟慮したのだという。これは茶番だし、まさに国民を愚弄するものです。
 問題なのは、そもそも政治の意思決定プロセスが完全に崩壊していることです。議論を積み上げて結果を出すということは、はなから考えていない。党のPTの提言だけではなく国民の民意もふまえないというかたちをとりました。
 何度も強調されているように47都道府県のうち明確に賛成と言った知事は6人しかおらず、44の道府県議会で反対または慎重に対応すべきと決議しているし、市町村議会でも8割以上が同様の決議をしています。
 各地を回っていて分かるのは、地方紙はほとんどが反対または慎重な対応を、という社論です。感覚的には日本の面積の9割にあたる地域が反対しているということがひしひしと感じられた。しかし、これがまったく無視されたのです。


◆原発問題と同じ情報隠し

 ――政府は議論もせずに不意打ち的に参加判断をするかもしれない、とずっと警告をされていました。

 実は、3月11日の震災があった直後、政府関係者から聞かされたのは、6月までにTPPへの参加判断をすることは先送りになるが、これはむしろ都合がいいと官邸周辺は考えている、ということでした。その理由は、震災からの復旧・復興が優先されTPP問題の議論は表に出ない、しかし、最終的に11月のAPEC首脳会合での参加表明に滑り込ませればいいのだ、というものでした。
 つまり、TPP問題はずっと水面下に置いておき、11月になって不意打ち的に参加表明してしまうというストーリーを描けばいいんだ、ということであって、この意見のほうが官邸周辺には多いというのです。
 これが伝えられたので非常に驚き、これは大変だ、きちんと議論をしなければいけないということを私は強調してきたわけです。
 しかし、政府はぎりぎりまで情報を出さないことも決めていたことが今回の議論で明らかでしたね。情報として出していいのは、農業についてだけであって、それも農業を改革すればTPPに入れる、というものでした。ほかのことを表に出すとややこしいことになるからとにかく隠せと。たとえば医療分野に関して米国が何を要望しているかの情報はあったにも関わらず出さなかった。政府は余計な不安を与えるな、と全部隠したんですが議論が行われるなか、つい最近になって出さざるを得なくなったわけです。徹底的に意図的に情報を隠してきたことは間違いない事実です。
 この体質は放射能問題と同じですよ。
 福島原発事故では直後からあれだけ放射能が放出されていると言われていたのに、その情報を隠し多くの人が被曝して、いろいろな問題が起きた。外国人が日本から逃げるように去るのを笑っていましたが実は笑われていたのは私たちだったわけです。こういう情報操作はまさに犯罪にも値すると思います。
 この罪をきちんと問わなければいけない。
 TPPも国の行く末に関わるこれだけ大きな問題なのに情報を隠して参加してしまえばいい、ということをやった。これは国の方向を誤らせる大罪ですよ。この罪をきちんと問う社会にしなければいけない。


◆アジアを分断させてはならない

 ――日本の参加表明に刺激されてカナダとメキシコが参加を表明したと報じられています。これをどう見ますか。

 カナダは酪農を保護したいということから参加を一度断られていますが、ここに来ての参加表明から考えられるのは酪農も含めて関税撤廃に応じるという覚悟を決めたのかもしれないということです。そうであれば日本がカナダと農業を守るためにタッグを組むなどということはあり得ないし、日本も例外なき関税撤廃ですよ、と言われるだけです。
 どちらにしても米国は自分の国の砂糖と乳製品は守っても他国にはそれを許さない。他国には徹底的に要求し自国は譲らないという姿勢を徹底してきたわけで、残念ながら他国は米国との力関係でこれを認めざるを得ないわけです。
 先日、豪州に行って交渉関係者から話を聞きましたが、米国には砂糖と乳製品の関税撤を残せという要求に対してノーとは言い切れないという雰囲気でした。理由のひとつが、医薬品に対する補助金制度です。豪州では国民に安く医薬品を供給するために政府が補助をしていますが、これを米国はけしからんと主張しています。米豪FTA交渉の際もこれをいわば『人質』にして乳製品との交換条件にした。
 ひどい話です。豪州の制度は貧しい人にも医薬品が行き渡るようにする制度なのに、砂糖や乳製品の関税撤廃を要求するのであればこの制度をやめろ、と要求しているわけですから。
 カナダ、メキシコが参加表明したことで参加国が増えたため、推進派にとってみれば、やはりみなこのTPPには参加してくるではないか、と言いたいのでしょう。
 しかし、問題はアジアだということです。カナダ、メキシコはすでに北米自由貿易協定(NAFTA)に入っているわけですから。
 アジアの国々がどうなるか。とくに米国自身がTPPは対中包囲網だといっているわけで中国を包囲してアジアを分断し米国は自分の利益を上げることが重要なわけです。そして最終的には中国も取り込んでしまえばまさに米国のアジア支配が完成する。これでアジアが席巻されてしまえば日本とアジアの将来は暗い。そうならないようにしなければいけない。
 アジアは歴史的にも文化的にも、そして農業においても小規模分散農地という点で共通性があるわけです。こうした農業も存在する価値があるんだということを日本とアジアが一緒になって世界に対して認めさせることをやらなければいけない。
 アジアの国がTPPの流れでどんどん崩れていくと大変でこれをどう止めていくか、です。ところがその戦略が何もない。米国についていけばいいというだけですから。


◆政府に徹底して説明を求める

 私自身としてこの問題に関わってきたわけですから、研究者といえども責任の一端はあると思っており、政策の意思決定プロセスが大問題だったとはいえ、政府の参加表明を止められなかったことについて責任を感じています。これまで申し上げてきたように一生懸命やった、ではダメであって、阻止できてこそだということです。その意味ではまだ終わったわけではありません。今回、交渉に入るためのプロセスに入ったということは、米国は半年ほどかけて日本参加の承認の手続きをすることになる。その過程で米国議会は必ずいろいろな課題への念押しをしてきます。例外なき関税撤廃に応じるかどうかに加え、郵政完全民営化、混合診療の解禁などこれまでの懸案事項であるこうした問題が、交渉入りの前提になるのか、交渉本体になるのかはともかく、解決を迫られることになります。
 そのとき野田総理の先日の記者会見での言葉が問題になります。日本の医療制度と美しい農村は断固として守る、と言ったわけですね。しかし、米国からの要求に対してイエスと言ってしまえばそれは嘘になってしまうわけで、これは絶対にイエスとは言えないはずです。記者会見の言葉は嘘ではなかったということを示さなければならない。ここがまずわれわれが注視しておかなければならない重要な点です。
 すでにTPP交渉参加が問題になったときに、現場の農家のみなさんは息子が継いでくれてもっと経営規模を拡大しようと思っていたが、これはもうやめたといった後ろ向きの話が出てきてしまった。とくに被災地のみなさんは何とかこの土地で農地を整備して農業を再開しようと思っていたのが、これでは農業をやっても意味はないと復旧・復興への意欲をなくしてしまうということになりかねません。
 そうなってはそれこそわれわれの負けであり推進派の思うつぼです。これから前向きにどんな状況でもプラスに変えていくことを考えていかなければならない。
 TPP問題では農業以外にも非常に重要な問題があることがかなり広く知られるようになってきました。農業サイドがリードし、まさに国民全体の運動をさらに広げていき、これからはたとえば集会には官邸や内閣官房からの説明を求めるべきだと思います。政府に対して徹底的に説明責任を果たすことを具体的に求めていくことが大事になると思います。

(2011.11.25)