特集

第57回JA全国女性大会 創立60周年記念特集
明日の日本農業を拓くために

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【インタビュー】 世界最高水準の農畜産物を生産していることに誇りを  バイエル クロップサイエンス(株)代表取締役社長 ギャビン マーチャント

・不屈な精神と復興への決意に改めて敬意を
・食料とエネルギーの消費について教育が必要では
・環境に負荷をかけずに食料増産はできる
・多くの女性が農業を担っていることは素晴らしい
・生産現場のニーズを理解するためにアドバイスを
・革新的な技術を恐れず取り入れることが

 バイエル社と日本農業との結びつきは古い。昨年・2011年はバイエルが日本で事業を開始して100周年であり、日本でバイエル クロップサイエンス社(前身の会社を含む)が創立されて70周年という節目の年だった。長く日本農業ととともに歩んできた同社の社長として就任されて2年がたったギャビン マーチャント社長に再び日本農業のこれからなどについてお話を伺った。聞き手は北出俊昭元明治大学教授に今回もお願いした。

生産現場のニーズに応える技術開発で
農業に貢献する


◆不屈な精神と復興への決意に改めて敬意を

バイエル クロップサイエンス(株)ギャビン マーチャント代表取締役社長  ――日本に着任されて半年ほど経ったときにインタビューさせていただきました。あれから1年半ほど経過し、この間、東日本大震災や原発事故もありましたが、日本の印象は変わりましたか。
 「東日本大震災で東日本の被災地の方々が直接的な影響を受け、多くの命や家が失われ、生活の基盤を失われた方も大勢おられます。そのことについて、今でも私は悲しみを感じておりますし、心からお見舞い申し上げます。
 前回、日本の文化や人びとに深い敬意をもっていることをお話しましたが、震災後の対応を見て、日本の方々の勇敢さや不屈の精神、そして復興に対するエネルギーと強い決意をもっている姿を見て、さらに敬意を深めています。日本は農業も含めて完全に復興をとげ、より強い国として再生できると確信しています」


◆食料とエネルギーの消費について教育が必要では

 ――世界の人口が70億人となり食料問題がさらに大きな問題となってきていると思います。前回『緑の革命』が必要というご指摘がありましたが、いまはどうお考えですか。
 「私の考えは以前から変わっていません。」
 「昨年に世界の人口は70億人を超え、今世紀の半ばには90億人を超えると予測されています。ですから安全で十分な食料を持続的に確保することが、人類にとって一番大きな問題となります。今世紀のなかでこれほど困難な問題はほかにみあたりません。各国政府がもっと農業問題を重要課題として取り上げていかなければいけないと思います」
 「人口問題とともに考えなければいけないのは、世界の人びとの生活水準が向上し、それによって食生活も変わってきたことです。例えば、食肉の需要が増えることで、飼料作物の需要も増大し、それが食料供給の負担となっています。一方で、世界の耕作面積は都市化が進み減少しています。また、農産物を食用に使うのか、バイオ燃料に使うのかという競合も起きています」
 「さらに環境への責任も負わなければなりません。現在、世界の食料が海を越えて輸送されていますが、持続可能という観点からは疑問があります」
 ――食料とエネルギーの競合についてどうお考えですか。
 「食料とエネルギーの競合は今後も続いていくと思います。福島の原発事故によって、効率的でクリーンなエネルギーと考えられていた原子力への疑問が生まれ、再生可能エネルギーが再び重要視されています。私はエネルギーの専門家ではないので、詳しいことは分りませんが、今後、再生可能エネルギーが重要になる以上、食料との競合はなくならないし、逆に強くなると考えています」
 「この問題に関連していえば、日本だけではなくすべての先進諸国で、人びとに対する教育・啓蒙をやり直す必要があります。というのは、個人としても産業としても食料とエネルギーを過剰に消費していると考えているからです。昨年夏に日本全国で行った試みから、エネルギーの消費量を削減できることが分かりました。食料についても廃棄されて無駄になっている量も多いと思います」
 「したがって、エネルギーの消費、食生活について、もう一度、教育するプロセスが必要ではないかと思います」


◆環境に負荷をかけずに食料増産はできる

 ――食料供給を高めるには、環境負荷が増大するような農業技術が必要になると思いますが…。
 「食料増産と環境負荷の低減は相反しません。なぜなら、食料の生産性を高めることは、単純に肥料や農薬の使用を増やすことにはつながらないからです」
 「私たちは現在も革新的な技術の普及に努めていますが、革新的な技術の範囲をさらに広げて食料問題に対処しようと取組んでいます。例えば、品種改良によって作物の活力を高めたり、旱魃などのストレスに強い作物を作ることで、不毛な土地でも作物を栽培できるようにするとか、遺伝子組換えによって害虫や病害への耐性をもつ作物をつくったり、栄養分を効率よく吸収できる作物を作ったりする技術を開発しています。このことで生産性を高め、肥料や農薬の使用量を削減することが可能になります」
 「こうした技術は農家の生産性に貢献する一方で、環境に負荷をかけない革新的な技術だといえます」
 ――革新的な技術開発で環境に負荷をかけず食料生産をふやすことができるということですか。
 「その通りです。今後、革新的な技術開発がさらに重要になってくると考えています。そして現在ある技術を、もっと効率的に活用する方法を考えることも大事です」


◆多くの女性が農業を担っていることは素晴らしい

 ――これからの日本農業の在り方についてはどのようにお考えでしょうか。
 「まず日本の農業を持続可能という観点から変えていきたいと考える場合、日本社会にとっての農業の重要性を戦略的にとらえ、その重要性を社会的な意識の中で高めていく必要があると思います」
 「私の世代の人間にとって、食料は過剰なくらいに供給され、かつ多くの選択肢がありました。私の世代を含めて人々が食料や農業の重要性を認識していくためには、政府の政策に依るところが大きいと思います。そして同時に子どもたちに対する教育をやり直さなければならないと思います」
 「多くの国の子どもたちは、食べ物がどうやってつくられるのか、どこから来るのか知らないと思います。農業の重要性が広く再認識されるためには、子どもたちを含めた社会の教育から始めなければならないと思います。日本では、この分野でJAグループに、より大きな役割を担っていただけるかもしれません」
 「将来、日本が食料や飼料の自給率を高めていくためには農業経営の大規模化は必須になってくると思います。しかしそれは、日本の農業に大革命を起こさなければいけないというものではありません。再編成をする程度のことだと思います」
 「農業の大規模化は重要なテーマですが、同時に、小規模な農家が担う役割も今後も重要になってくると思います。それは、農村部では、食料生産だけではなく、小規模農家が地域基盤を形成しているからです。大規模農家は必要ですが、そのことで小規模農家が終わるということではなく、それぞれが担う重要な役割があると思います」
 ――日本は家族農業でそのなかで女性が6割占めています。こうした日本の家族農業をさらに伸ばしていくために、日本農業を担う女性にメッセージをお願いします。
 「農業者の6割が女性ということは、そうした多様性が日本農業にあるということで、大変に素晴らしいことです」
 「そして、日本の農畜産物の品質は世界最高水準だと私は思っていますので、このような素晴らしいお仕事をされている女性の方々には大きな誇りをもっていただきたいと思います。農業は今後さらに不可欠なものとなり、社会がその重要性を真に理解する時期がやってくると思います。そのときのために、次の若い世代の人たちが積極的に農業やその関連分野に入るべく、その模範となって下さい」


◆生産現場のニーズを理解するためにアドバイスを

 ――JAとのパートナーシップについてはどうお考えですか。
 「日本の農業にとってJAグループが担われている役割は不可欠なものだと思います。各JAが農家への指導やアドバイスをされ、農業の大規模化や集団営農化に対しても大きな役割を担っています。それとともに、各地域の農作物の販売促進をさらに強化していただければ幸いです。それは国内だけではなく、海外を含めてということです。日本の農産物は高品質で安全ですから、海外へ展開すれば非常に魅力的な商品として受け入れられると思います」
 「バイエルの事業戦略は非常にシンプルなものです。それは、革新的な技術を継続的に開発するだけではなく、日本の農家のみなさんと対話をすることで、そのニーズを理解することが必須だということです。そのときに、JAグループの役割が非常に重要だと感じています。日本の農家の方々の将来のニーズや懸念を理解して、潜在需要を満たす革新的な技術を開発していかなければならないと思っているからです」
 「ただ製品を開発をして市場に投入する会社が多いと思います。しかし私たちは、各地の生産環境に応じた知識やアドバイスをJAグループから提供していただいて、初めて私たちの戦略が実行できると考えています」


◆革新的な技術を恐れず取り入れることが

 ――それ以外にJAやJAグループへの希望があれば…
 「今後とも日本の農業を発展させていくという役割を継続していただきたいと思っています。農業の重要性を社会的に認識してもらうための取り組みを積極的に推進してください」
 「ぜひお願いしたいのは、JAは農家の代表として、私たちのような革新的な技術を提供する会社と、もっと対話をしていただきたいということです。
 そして革新的な技術を恐れずに取り入れ、農家の方々と共にそれを実践していただくことが、長期的に日本農業を考えたときに不可欠な要素となると思います」
 「2011年は日本のバイエルの100周年であり、日本でのバイエル クロップサイエンスの70周年の年でしたが、大震災がありましたので特に祝賀行事は行いませんでした。私たちは、これからも被災地の復興のためにできる限りのことをさせていただきますし、日本の農業関係者の方々と緊密に協力をさせていただきと思います」
 ――ありがとうございました。

(2012.02.01)