特集

第57回JA全国女性大会 創立60周年記念特集
出席者
大蔵浜恵氏 (元JA全国女性組織協議会会長/滋賀・JAグリーン近江)
福代俊子氏 (元JA全国女性組織協議会会長/島根・JAいずも)
瀬良静香氏 (JA全国女性組織協議会会長/
岡山・JA岡山西)
司会
榊田みどり氏 (ジャーナリスト)

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【座談会】JA全国女性協の元・現役会長が語る 大蔵浜恵氏・福代俊子氏・瀬良静香氏・榊田みどり氏

・地域を動かした女性部活動
・“職員の視点”改革のヒントに
・質の向上も女性役員の課題
・女性自身の意識を改めるべき
・「フレミズ」が組織を変える
・次世代のサポート役として
・「毎日が改革、毎日が実践」

 JA全国女性組織協議会は創立60周年を迎えた。そこで、かつてJA全国女性協の会長を務められた大蔵浜恵さんと福代俊子さん、現役の瀬良静香会長にお集まりいただき、これまで尽力されてきた自身の取り組みや女性組織での活動を振り返りながら、女性組織の抱える課題、これからの女性組織のあり方について語ってもらった。
 座談会の大きな柱となった次世代対策については、フレッシュミズをどうみるのか、女性組織自らが考えていかなければいけないと強調し、特に元会長お二人は「新たな視点を取り込むことで組織が変わる」と期待した。

 歴史から学ぶこれからのJA女性組織 


これまでの活動にもっと自信を
女性のセンス生かして

組織の飛躍を担うフレッシュミズに期待


◆地域を動かした女性部活動

 榊田 まずは自己紹介をかねて、これまで地域でどのような活動をされてきたか、お話しいただきたいと思います。それでは会長になられた順番に大蔵さんからお願いします。
大蔵浜恵氏 大蔵 私の生まれは横浜です。そこで6才のころ、第2次世界大戦の戦禍に遭い、言葉に尽くせない恐怖を味わいました。その後は祖父のいる信州に疎開しましたが、非農家だったので食べ物がなく、栄養失調で学校にすら行けないこともあるくらいひもじい思いをしました。その経験から、食べることはどんなことがあっても生きるうえで大切だと思って生きてきました。
 それから20年後、滋賀県大中の新農村に花嫁第一号として自ら進んでいきました。今になって思えば、幼少のころに戦争で経験した飢餓の思いがそうさせたんだと思います。その後は農業者として減反など農政に振り回されながら生きてきました。
 女性部活動で印象に残っていることは「石けん運動」です。滋賀県では昭和52年、琵琶湖に赤潮が発生しました。農業に携わる者としてこれを黙って見逃すわけにはいかないと、翌年、当時の婦人組織協議会は「石けん使用宣言」を始めました。当時知事だった武村正義元官房長官は「婦人部の50%が石けんを使うようになったら条例をつくる」と約束しました。その後運動は加速し、4万8000人いた農協婦人部員のほとんどが粉石けんを使うようになりました。
 その結果、昭和54年に合成洗剤使用禁止を盛り込んだ「びわこ条例」が可決されました。以前は10%たらずだった粉石けんの使用率が条例施行直前には県全体の約70%になりましたから、いかにすごい運動だったのかがわかります。安全な食料を生産するためにはきれいな水と土地を守ることが必要だという熱い思いが部員を動かし、滋賀県で日本最大の成果をあげたのではないでしょうか。
 福代 私は40年近く女性部活動を続けてきました。あるとき新任の担当課長さんから「今のJA事業の大きなものは女性部活動から始まったものが多いですね」といわれ、認めていただいたことにとても感動し、今でも心に残っています。女性部活動がJAとの連携で大きな事業に展開した例はいくつもあり、そのひとつに福祉事業があります。到来する超高齢化社会を見据え、部員間の助け合い活動にしようと平成4年から女性部でヘルパー養成研修を始めました。その後活動は女性部にとどまらず、JAの福祉事業として本格的にスタートしました。女性部とは別に研修終了者を対象にした「やすらぎ会」という組織を立ち上げ、現在は受講した人数が1000人を超え、JAの福祉事業、あるいは地域の福祉を担っています。JAとの連携と信頼関係はとても重要と考えています。
 瀬良 私は18歳でJAに入組し、職員として41年間務めました。信用共済分野を中心に業務に携わりながら合併を3回経験し、最終的には3年間支店長をしました。支店長時代に「JA合併してJAのメリットが薄れた」という声を組合員から聞き、みんなに喜んでもらえるJAにするためにはどうしたらいいのかと考え、直売所を立ち上げることにしました。
 家庭菜園をやっている方も多いので直売所に野菜を出荷してもらい、地域の方に買いにきてもらう地産地消の場にしようと思ったんです。直売所のついでにJAに寄って帰ってもらう相乗効果もねらいました。プレハブではありましたが、直売所ができたことで女性たちを中心に組合員の方たちがとても喜んでくださいました。消費者も「あの人が作ったものだから買おう」と直売所の中でコミュニケーションも生まれるようになり、地域に密着したJAへと生まれ変わることができたと思っています。


◆“職員の視点”改革のヒントに

 榊田 瀬良会長は長きにわたって職員を経験されるなど、これまでにない経歴の持ち主と感じた次第ですが、女性部の活動に関わるようになったきっかけは何だったのですか。
 瀬良 役職定年で支店長を退任した後は改革実践推進室へ異動になり、その際、当時衰退傾向にあった女性部の改革を引き受けました。
 それからは日々が改革でした。これまで職員として女性部の活動を見てきたなかで、役職員を巻き込んだ男女共同参画が女性部の活性化には必要不可欠だと思い、「男女共同参画のつどいinJA岡山西」という大きな大会を開きました。常勤役員や幹部職員も揃って参加してくださり、組合長をはじめJAの役職員にやっと女性部の活動を理解してもらうことができたと感じました。それからはクッキングフェスタなどJAを巻き込んだイベントを随時開き、その積み重ねによって職員も女性部の応援団として一生懸命協力してくれるようになって、少しずつ女性部を見る角度が変わってきました。最初は職員や女性部の方からの反発もありましたが、女性部はJAの手足にしかなっていないと職員時代に感じていたので、女性部がJAの中心にあるべきだとの思いで取り組みました。
 2年目には女性部から理事2名を出すことになったのですが、「女性部のために理事になってもらえないでしょうか」と部員たちにいわれ、その日に辞表を書いて職員をやめました。それから女性部長を引き受け、県の会長を務め、今につながっています。
 「職員からみた女性部」はどう映っているのかを知っていることが、女性部活動を活性化させていくヒントとして役立ったのではないかと思っています。
 榊田 大蔵さん、福代さんは会長時代の活動の中で特に印象に残っていることは何ですか。
 大蔵 会長は2年1期の定年制ですので、その限られた時間の中で何ができるかを考え、このままでは「振り向いたらだれもいない」組織になってしまうのではないかとの思いから、2年間をフレッシュミズの育成に賭けようと思いました。ちょうど食育基本法が制定されたときだったので、フレッシュミズとともに食育に関する活動に力を入れました。
福代俊子氏 福代 私が会長に就任したとき、全国に81万人のメンバーがおり、このメンバーが行動を起こせば何かが変わるのではないかと、81万人の統一運動を喫緊の課題としてぜひ起こしたいという思いを持っていました。
 就任最初の年は2008年洞爺湖サミットを控えていました。メディアで見る地球温暖化の影響は農業はもちろん、種の存続も危ぶまれるもので、今私たちが享受している快適な暮らしの代償として負の遺産を後世に残してはならないという強い思いから、「エコライフ宣言」をし、温暖化対策を統一運動として展開しました。2年目は政府が食料自給率目標を「2015年までに45%」とした始動の年だったので、「子どもたちの子どもたちも、そのずっと先の子どもたちも食べていけますように」をスローガンに、食料自給率向上を特別決議し、地産地消や食農教育などを全国展開していきました。この2つは一番記憶に残っている活動です。


変わらない数値目標は時代遅れ!


介護・直売・6次産業化…
JA事業の原点は女性の活動


◆質の向上も女性役員の課題

 榊田 瀬良さんは会長になられて半年ですが、ミッションとして男女共同参画の促進が与えられているような気がしますが…。
 瀬良 昨年末に開いたJA全国女性役員等研修会には230人が集まりました。そこでは自分の考えをしっかりとみんなの前で発信できる女性たちばかりで、女性のパワーの強さを感じ、女性役員、女性の正組合員、女性総代をもっと増やしていかなければいけないと改めて思いました。
瀬良静香氏 JAにおける理事会の中でも女性は男性と見ている視点がまったく異なるので、JAの中に女性の理事がいるといないとでは大きく違います。女性総代の登用や女性の正組合員の増加を進めていくことはまだ多くの壁があり厳しいですが、目標を全JAで共有し、なんとか達成したいです。
 そのために、全国のトップが集まる会議の場で発言させていただくこともひとつのチャンスととらえ、ちょうど現在、第26回JA全国大会議案の策定を検討しておりますので、その審議会に出席したときは「女性のパワーを組織の中でしっかりと活用していただきたい」と訴えています。そこでは「『女性理事2名』の目標数値は少ない。もう時代遅れでしょう」と力強い言葉をかけてくださった組合長さんもいました。せっかく会長という立場をいただいたのだから、機会あるごとに女性参画をしっかり主張していきたいと思います。
 福代 まずは女性の登用を促すことが第一ですが、理事になっても自分で学び、自信を持たないと理事会でもどこでも発言できないですよね。せっかく女性を登用していただいても活動をしなければ意味がありません。私のJAでは女性総代だけの研修会を開いています。
 瀬良 そうですよね。正組合員はなにをするのか、総代はどんな役割があるのかといった勉強は絶対していかなければいけないと思います。
 役員の研修会も将来的には全国規模だけでなく、各ブロックや各県、各JAでも開催していくべきだと思います。勉強は身近なところでしなければ実践につながらないと思いますから。まだ県域では「女性理事2名以上」の目標達成ができていないところもあって「数」という目標で留まっていますが、今度は「質」を考えていくことも必要です。会長として、全国の女性たちに勉強しなければいけないということを投げかけていく立場にあることも感じています。


◆女性自身の意識を改めるべき

 榊田 男性役員が多いなか、「これからは女性の力を生かそう」という声が出てきているにもかかわらず、女性の総代数はまだ5%といった状況でなかなか進んでいません。単協でいうと福代さんのところは女性の登用が早かったですよね。
 福代 JA合併した平成7年に女性は参与として登用されましたが、参与はただの“飾り物”という思いをみんなが持ちました。そこで女性部役員の連名で理事登用を求める要望書を出したのですが、審議会で通してもらえず、結局歩み出したのが平成12年の第22回JA全国大会で女性登用の数値目標が設定された次の改選からでした。
榊田みどり氏  全国的に農水省の事務ガイドラインの女性枠設定で確実に女性登用は進んでいますが、第25回JA全国大会でも目標数値は変わっていません。励ましもあったようですが、いつまで同じ数値目標でいくのでしょうか。
 私たちの地域では早い段階で女性総代の目標を10%に設定していただいたのですが、当時はまだなり手がいなくて困っている地区もありました。行政による上からの指導と、男性もですが、女性自ら意識を変える下からの改革、その両面から取り組んでいかなければいけないと思います。
 榊田 高齢者福祉や直売、6次産業化など、これまで地域の女性が暮らしの視点でやってきたことが今、JAの事業を支える柱に育ってきているように思います。その点からもこれからの事業の方向性に女性のセンスは必要だと思うので、そういった感覚を女性たち自らがもってもらい、経営の人材となってもらいたいです。
 瀬良会長のところではどうですか。
 瀬良 岡山県内には9JAありますが、そのうちの5JAで改選期を迎えたとき、各地区で女性の登用に対する要望書を出しました。県の総代数が620人なので女性総代を目標の10%にするには62人の女性を出さなければいけません。しかし、次になる人が決まっているから、と男性陣にいわれ、結局総代になった女性は22人で、目標の3分の1という厳しい状況でした。しかし女性部のリーダーが一丸となって動いたからこそ22人を確保することができたと思います。リーダーを中心にメンバーの統一した意識の積み重ねが女性組織の活性化につながっていくと思いますし、一生懸命自分たちの考えを発信して動いていかなければいけないと強く思います。訴えていくことや発信していくことが女性の私たちにまだまだ欠けているのではないかと思います。
 福代 出雲市では「市民がおこす共同参画の実行委員会」を立ち上げ、行政と一緒に男女共同参画の都市宣言も行いましたが、地域社会全体においてはまだ意識が薄いように感じます。理解あると思っていた男性にも「男女共同参画なんて」といわれることもありました。私は固定的な役割分担ではなく、お互いが理解し合って自分ができることをすることが大切だと思っています。
 農業、生活、文化と多くを担う女性の視点は大切で、JA運営に反映しないJAは発展しないとさえ思います。
 大蔵 子育てしながら働いている今の若い女性組合員やフレッシュミズ世代は運動に賛同してくれると思いますし、実行力もあると思います。そういう人を味方につけることでもっと男女共同参画が進むのではないでしょうか。


◆「フレミズ」が組織を変える

 榊田 フレッシュミズは将来の女性部の活動を支えていく重要な存在だと思いますが、JAの中で彼女たちを育てていくには先輩としてどうしていけばよいとお考えですか。
 大蔵 フレッシュミズはJA全国女性協の役員に「フレッシュミズ枠」から理事になっていますよね。でも「フレッシュミズ枠」から出てきていても理事は理事です。会長になってもいいわけです。しかし「フレッシュミズから出てきた」という一段格下げしたような意識が組織全体の中にあります。この解釈の仕方が問題だと私は思います。こういった概念をなくすことも改革のひとつとして取り入れることが必要です。輝いたフレッシュミズの方を会長や副会長にしたら組織も変わると思います。そのくらい思い切った改革が必要ではないでしょうか。職員を経験した瀬良会長のように、違う見方をもった方たちが組織に集まれば、いろいろな改革ができると思います。
 榊田 福代さんはどうですか。
 福代 私も大蔵さんと同じように感じていました。やはりフレッシュミズは判断力も実行力もあり、すばらしい活動をしているといつも尊敬のまなざしでみています。しかし時々組織の中でやりにくそうな場面も見てきていたので、年齢などを含めて整理する必要を感じていました。そこで会長就任後、平成20年にフレッシュミズ活性化のための研究会を立ち上げました。その中で組織は“エルダー・ミドル・フレッシュミズが横並びで構成されていて、上も下もない”ということを図にして示しました。
 やはり私たち世代はフレッシュミズのみなさんが活動しやすい環境を整えてあげなければならないと思います。組織の意識改革も必要ですし、子育て支援に女性部のエルダーやミドル世代、また男性のみなさんも関わっていくなど、できることはたくさんあります。
 榊田 今は地域にNPOやサークルなどさまざまな地域活動があり、地域活動に関心があってもJA女性部に関心のない若い世代はそちらに流れてしまうと思います。こういった問題についてはどうですか。
 福代 今日のメンバーの減少は大きな課題ですよね。こういう時期にきているからこそ、JAファンを増やし、若い世代の方たちに女性部に入ってもらうためにはどうしたらいいか真剣に考えなければいけないと思います。女性部は若い人たちが関心のあることもたくさんやっているのに、ほとんど知られていません。
 瀬良 とてもいいことをしていても、女性部の中の一部しか動いておらず、情報の発信や伝達があまりみられませんよね。
 福代 もっといろいろな機会をとらえて積極的に活動をPRすることが必要だと思います。また目に見えるメリットがないとなかなか振り向いてくれないのは確かですが、日本の農と食を守るために女性部はどういうことをしているのかを伝えることも大事ではないでしょうか。今、若い人は農と食にものすごく関心を持っています。女性部員を増やしていく上でも目に見えるメリットだけでなく、意義を伝えることも必要だと思います。
 かつて部員減少が進んでいるときに、支店単位で女性部員を増やすためにはどうすればいいか、地元の理事、総代長にも入っていただいて検討会を開きました。そして事務局さんの発案で支店長会議で女性部員数の増減を毎回報告してもらうようにしたところ、3年で1000人も部員が増えました。そこからどんどん組織が活性化していきました。JA離れや組織強化についても女性部だけでなく、JAの組織全体で動いていくことが必要です。


◆次世代のサポート役として

 榊田 では最後に、次の世代に期待することと、みなさんの世代がこれから果たすべき役割についてお話しいただきたいと思います。
 大蔵 女性組織存続の問題もそうですが、日本は超高齢社会を目前にしているわけです。TPP問題を抱える中で日本の農業を担っていく若者がいないという組合員組織の崩壊が目先にあるわけですが、女性農業者と女性組織が貢献していけることがあると思います。青年部といっしょになって新しい農業での生き方を考えていくことが大事です。TPP問題では農業者、消費者、さまざまな立場から賛成・反対の意見がありますが、農業を支えていく立場としてそういう動きの中に若い方々も加わってほしいと思います。
 また、今回の震災では女性組織の結束を強く感じました。震災発生後、自分が身近にできることをやろうと募金や物資の援助などをしましたが、炊き出しによる継続的な支援や生活に必要な細かい物資の調達など、支援の力の大きさはJAグループだからできるということを改めて感じました。こういうときこそもっと女性が全面に出るべきで、役員をもっと増やしてもらい、女性が実戦部隊となるべきではないかと改めて思いました。
 福代 いまJAグループをあげて「よい食プロジェクト」に取り組んでいますが、「生産からいただく」までのプロセスをすべて取り入れた食農教育ができるのはJAの女性部、特にフレッシュミズではないでしょうか。次の世代に私たちが行うべきことの一つに郷土食の伝承もあると思います。郷土食にはそれぞれの地域の風土や文化、絆があり、それを知ることでふるさとに対する価値観を高める大切な意味を持っています。基本的な知識を持たない若い世代に食材や調理法などを伝えていくことも大事かと思います。
 次の世代への一番の願いは先達から引き継いできた食と農を守るという精神を基軸に置きながら、その時々の時代に求められる活動をし、子どもたちが安心して暮らせる社会をつくること、そして元気な女性部を継承してもらうことですね。
 榊田 郷土食の伝承はフレッシュミズ世代にできないことなのでエルダー世代の方たちが伝えていってほしいです。食農教育を軸にして自分たちが培ってきた技術をフレッシュミズ世代にちゃんと伝えることはエルダー世代の重要な役割ですね。
 大蔵 私はこの年になると、人からほめられるよりも人をほめるほうが気持ちがいいと思います。自分の経験を含めて若い人たちにアドバイスしながら育てていく、それが私たちエルダー世代の役割だと思います。
 特に農業の女性は農業にどっぷりつかっているといわれます。私はある人から休みが3日あるなら、そのうちの1日は同業者と、1日は家族と、1日は異業種の人と交流することで自分も発展して相手にもいい影響を与えるということを聞いて実践してきました。いろんな職種の人と知り合いになることで自分を磨くことができ、自分たちの問題についても客観的にみることができるようになります。若い人たちもぜひこういった交流を人生の中で取り入れていただきたいです。


◆「毎日が改革、毎日が実践」

【座談会】JA全国女性協の元・現役会長が語る 瀬良 私のような異色の経歴の持ち主が会長をさせていただいているように、若い人を組織の中に取りこんでいくこともまさしく同じことだと改めて思います。フレッシュミズの方たちが発言しやすい場や活動しやすい環境を私たちがつくり、彼女たちをサポートしなくてはいけません。
 「毎日が改革、毎日が実践」をモットーに新しいことを取り入れて改革を進めていきたいと思います。2人の先輩がおっしゃったことを頭に入れて、これからの任期をがんばっていきたいです。

女性役員数の推移

 

◇     ◇

 


女性の声が社会をリードする時代

JA全中 常務理事・伊藤澄一氏

 

JA全中 常務理事・伊藤澄一氏 昨年、JA全国女性協は創立60周年を迎えました。近年、JAの女性部員は減少してきており、70万人を割る状況となっています。一方で、JAの女性役員はこの4年ほどの間に300人以上増えて833名となりました。参与の方を含めると1000名を超えます。JAの広域合併で役員数が減ってきているなか、女性役員は増えています。官民挙げて女性の社会参画やJA役員登用を進めてきましたが、女性リーダーを輩出する社会環境が整ってきたことと、地域社会が直面している疲弊ぶりが生活の実務に優れた女性の登場を必要としたと思います。農業生産そのものあるいは食と農の担い手として、さらには地域社会の高齢化に向けたサポート活動など、女性のもつ経験や技術や日常の生活動作が家庭の枠を超えた社会的活動にまで広がっています。昨年の大震災の際の全国各地のJA女性組織の皆さんの助け合い活動も、女性組織の役割の「見える化」にもなったと思います。
 私はこの数年、JA全国女性協の福代会長、佐藤会長、そして現在の瀬良会長と一緒に活動してきました。お三方はJA界の男女共同参画を強力に推進する立場で共通しています。農村の女性指導者の育成について自らを範として行動されています。地元JA・県域組織もあり実に多忙な日々です。
 とくに、会長任期2年のその途中から病気と闘いながら活動されていた佐藤あき子会長の姿を思い出します。大震災の影響で延びてしまった任期も務めて瀬良会長にバトンタッチされ、昨年7月に亡くなられました。気力と体力の限界までお勤めになりました。JA全国女性協創立60周年の悲しいできごとでした。ご冥福をお祈りしたいと思います。
 これからのJA女性組織は、くらしの活動の担い手としての発言と行動の機会がさらに増えます。JAの農産物直売所、食農教育、高齢者生活支援の分野では、大震災や原発事故の教訓をいかした役割が求められます。TPP問題についても、地域社会の生活者の視点から切実な発言がなされています。例えば、JAの農産物直売所は、輸入農産物を扱わない「地産地消原則」と出荷者の生産・出荷・価格設定を自ら行う「自己責任原則」がベースですから、その国全体の社会システムそのものを力の強い他国がグローバルに支配する力ずくの「TPPルール」とは相容れません。医療・介護もTPPの弊害をイメージできるのは女性の皆さんです。環境問題にしても、JA全国女性協ではすでに節電運動に取り組むなど、自然エネルギー拡大の中核になっています。大震災を経て女性の説得力ある声が社会をリードする時代を迎えつつあると思います。
 ともに協力して難局を乗り切っていきたいと思っています。

 

座談会を終えて


 3人のお話を聞いていて、強く印象に残ったことが3つある。ひとつは、元・現会長の3人とも、今までJAと連携しながらも、女性たちの意見をJAに反映すべく、JA組織とさまざまな闘いをしてきたのだということ。
 もうひとつは、彼女たちが個人、あるいは女性組織として取り組んできた活動が、今やJA本体の事業に成長している現実。そして、自分たちの世代が後方支援に回り、若い世代を育てなければ、今まで自分たちが取り組んできた運動の成果まで消滅してしまうという危機感。
 農産物の直売・加工などの6次産業化、高齢者支援活動など、女性たちは、地域のニーズをいち早く把握し、すぐに大きなカネにつながらなくても、後にJAの事業の柱のひとつになる地域事業の芽を育ててきた。いわば、コミュニティビジネスの先駆的役割を果たしてきたことに、女性たちはもっと自信を持っていい。
 JA全国女性協が誕生した60年前、大半の農村女性が農家の妻だった。今は、非農家住民が増加しただけでなく、夫が農業専業でも妻はサラリーマン、夫がサラリーマンで妻が農業を担う実質的専業と、農村女性の暮らしはさまざまだ。
 その現状下、大きなテーマで全国統一行動することはあっても、日常的にJA単協の女性たちが統一行動だけに縛られることはない。「食と農」「地域」をキーワードに、自分がやりたいと思ったことをJA女性組織の仲間や地域の女性に投げかけ、「この指とまれ」で仲間を募って、地域で多様な活動を広げてほしい。それが、長期的にはJA女性組織の発展につながるのではないかと私は感じている。
 JA本体にとっても、グローバル化の下で農地集積・法人経営が増加する中、営農部門以上に、地域に密着した生活事業の重みは、今後、ぐっと増してくるはずだ。今までその屋台骨を支えてきた女性たちの存在感は、否応なく重くなる。
 男社会といわれてきた農業界も、たぶん今後、大きく変わる。女性たちは、そのときのためにも、自らをもっと磨き、輝いてほしいと思う。(榊田)

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(2012.02.13)