特集


【インタビュー】
株式会社 ローソン・新浪剛史 代表取締役社長 CEO、経済同友会副代表幹事・農業改革委員長
聞き手:加藤一郎 前JA全農専務理事、ジュリス・キャタリスト代表取締役

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【インタビュー】消費の現場とコミュニケーションを深め価値ある農産物生産を  株式会社 ローソン・新浪剛史 代表取締役社長 CEO、経済同友会副代表幹事・農業改革委員長

・商品の「価格」ではなく「価値」を伝えていきたい
・地域に密着し原料に「こだわる」
・「苦を求めろ!」 その後に楽しさが来る
・地元のニーズに応え「みんなと暮らすマチを幸せに」
・しなやかで強く逞しい組織と「人財」をつくること

 東日本大震災、リーマンショックから欧州の危機へと私たちを取り巻く環境はいまだに厳しいものがある。そんな状況のなかでコンビニエンスストア(CVS)は環境変化に柔軟に対応し「元気だ」といえる。(株)ローソンの新浪剛史社長は、常に消費者と向かい合っている立場からもっと産地の隠れた名品をブランド化していくためには「農家が主役であり、優れた国産農畜産物に誇りと自信を」とのエールを送り続けてくれている。
 今日のそしてこれからの日本農業について、加藤一郎前全農専務と忌憚なく語り合っていただいた。

日本農業の主役は農家 自信と誇りを


◆商品の「価格」ではなく「価値」を伝えていきたい

 加藤 新浪社長とは昨年、NHKの日曜討論でTPPの賛成派と反対派に分かれて討論しましたが、今日は、TPPの論議ではなく、 新浪社長の言われた「産業界と農業界は対話が必要であり、コラボレーションが重要だ」「なんといっても農家が主役だ」との考えは、JAグループとして学ぶべきものがあり、農業者を勇気づけるものがありました。もう少し詳しくお話ください。
株式会社 ローソン・新浪剛史 代表取締役社長 CEO、経済同友会副代表幹事・農業改革委員長 新浪 ローソンではおにぎりに力を入れていて「おにぎり屋」というブランドを作りましたが、日本のお客様は原料 を良くするとよく売れます。それは質に対するこだわりがあるということですから、いかに良いお米を作っていただくかに、私たちの生死がかかっているわけです。
 生産者の方々にどうしたら私たちと同じ目線で良いモノを作ってもらえるのか。もちろん生産者の方々も手塩にかけて作っておられ、私たちはそれをおにぎりという商品にしていますが、お客様が何を求められているかを、もっとダイレクトに 対話ができる場があると、最終的にお客様に喜んでもらえ、信頼が得られ、結果的にまた買っていただけるということになると思います。
 私は「商い」はリピートしていただけるご愛好者が大変に大事だと思います。そういう意味で、私どものようにお客様とコミュニケーションしなければいけないところと、農産物を作られているJAや農業従事者ともっとコミュニケーションを増やす必要があります。
 場合によって生産者の人たちが「たいしたことではないよ」と思っていることが、お客様にとって価値あることだったりします。そのことを私たちがお客様目線でとらえ伝えることが大事です。
 いまそこのところに情報の断絶があり、私たちのような流通業と農業の間に残念ながら密接な関係が築かれていないのではないかと思います。ここをどうするかが重要だと考えています。私たちコンビニエンスストアは「価格」ではなく「価値」を伝えることで、よいものは当然よいものとして価値に対しての価格にて売りたいのです。そうした私どもとコミュニケーションを深めることで、さらにお客様にとって付加価値の高い農産物をつくっていって欲しいと思っています。


◆地域に密着し原料に「こだわる」

 加藤  新浪社長は「コンビニエンスストアで生鮮食品を取扱う時代だ」と提案され、 周囲に反対されるなかで実行されてきた。さらに「日本の食生活は量から質に転換している」 を基本戦略としています。それは国産農畜産物の価値、品質の高さなどを 消費者目線で再発見していただいていることだと思います。 このことは全農グループの経営理念「生産者と消費者を安心で結ぶ懸け橋」の実践版でもあります。
 新浪 私たちはローソンファームをやっていますが、私たちには農業のノウハウはありませんから、農業従事者が主役で、社員には手伝いに行かせています。そうすると現場でいろいろな発見があります。規格外だったりして捨てるものもありますが「これをジュースにしよう」というと「味が統一できない」というわけです。「何で1年中、野菜ジュースの味は同じでなければいけないのか。四季折々で味が違ってもいいんですよ。お客様に説明します」というわけです。
 加藤 米国ではレストランもコンビニエンスストアでもナショナルチェーン化をめざしてきた。つまりどこで食べても同じ味だという安心感で、大量仕入をして同じ味の商品にして出せば、利益もあがるという文化だと思います。
 日本のコンビニエンスストアとくにローソンは、ナショナルチェーンという店舗展開をしながらも、その店に並ぶものは地産地消、地域密着にこだわってきている。それは農家と消費者を結びつける新たなキーになると思います。
 全農やJAグループはいままで卸中心の仕事をしてきましたので 小売のところが弱かったわけですが、これからはローソンのような異業種との連携によって消費者の求める農畜産物をお互いにムリ・ムダを排除して、お届けすることが重要だと思います。
 新浪 まったくその通りです。ローソンファームで供給できるのは、ローソンで必要な野菜などの数パーセントでしかありません。食品の原料は差別化にとって大切です。お客様は鮮度とか原料に敏感ですから…。私たちが農業分野に入ることで、農業で何が起こっているのか、どうしたらいいのかが分ってくることが大事だといえます。
 私たちコンビニエンスストアはモノを安く売るという意識はありません。どうやってこのモノをもっと良いモノにしてお客様に提供するかを考えています。基本的に私は「メーカー機能を持つ直売」であり、スーパーは「商品仕入」だと考えています。原料 がとても大事だということになるわけです。


◆「苦を求めろ!」 その後に楽しさが来る

 加藤 新浪社長は常に現場を意識されていますが、東京大学の藤本教授は日本の企業は「体育会系戦略論」でやってきた、と。その体育会系戦略論とは、現場を鍛えることでいずれ市場で評価され利益は後から付いてくる、だから現場を鍛えろ、つまり日々の練習だ…。ところが最近の経営者は米国流の本社発想の戦略論、つまり利益が先にあって現場に降ろしていくことで、現場の強靭性を失ってきていると指摘されています(参照記事)。
 新浪社長は 神奈川県立横浜翠嵐高校時代にはバスケットボール部に入り、進学校でありながら、県大会を勝ち抜き、関東大会で3位になった実績があると聞きましたがこの体育会系戦略論をどう見ますか。
 新浪 現場力つまりオペレーションができなければ戦略をいくら考えてもだめです。コートでは相手が何をするかは分りません。それに反応できるのは常に練習し続けることで、足腰の筋力をつけることです。筋力をつけるのは苦しいんですが、筋力がつくことで より高く跳べるようになり、いろいろなことが自在にできるようになります。筋力をつけることが現場力だといえます。
 だから若い人たちにあえて「苦を求めろ」その後に楽しさが生まれてくるといいたいです。最近の日本企業は「短期志向」になり過ぎています。将来に向かって着実に成長していく企業になるためには「人財」です。人を育てて筋力をアップすることをもう一度見直さなければいけないと感じています。


◆地元のニーズに応え「みんなと暮らすマチを幸せに」

 加藤 経営トップ は素早い決断力が求められており、そのときに大事なことは「直観力」だといわれています。私の友人である宮城大学の三石誠司教授のところの学生たちとローソンが共同開発した「塩チョコスティックケーキ」を東北6県で販売し、ヒット商品になったという話を聞きましたが、このプロジェクトにゴーサインをだしたのが新浪社長の直観力の端的な事例ではないかと思いましたが…
 新浪 このケーキについては、学生たちが地元の材料を使って、英知を集めてああでもないこうでもないとやるのは、素敵だなと思ったんです。失敗しても失うものはありません。仮に失敗したとしても、私たちにも反省材料になります。良くも悪くも事が起こらないと何も残りませんし、学生たちにとっても、また私たちにとってもいい経験になりますしね。
【インタビュー】消費の現場とコミュニケーションを深め価値ある農産物生産を 成功するか失敗するかは、これだけ複雑な時代ですから分りません。だったらやった方がいい、しかも地元の素材を使ってですから…。最近、全国の現場を回ってみて、辟易としているのは全国一律だということです。私はローソンに来て「地域密着で地域に根ざしたお店づくり」を始めました。なぜ北海道から沖縄まで同じタイミングで「桜まつり」をしているのか。メンタリティが中央集権だからです。そこでローソンは「道州制」に変えました。だから三石教授の話も東北の責任者自ら地域密着で判断して進めていく様に指示しました。
 加藤 ローソンの基本姿勢として「みんなと暮らすマチを幸せにする」があり、新浪社長は「他人のことを考えて互いに助け合うという農耕民族として日本人が培ってきた美点は急速に失われ、精神的にギクシャクしたどうにも暮らしにくい社会になってしまった」と書かれています。
 今年は国連総会で決定した「国際協同組合年」ですが、「日本経済の新しいあり方」として協同組合組織を再評価して食と農林漁業、再生エネルギー、福祉の分野で雇用を創出するなど、地域密着型の経済が期待されています。
 「地域密着」という視点では、ローソンの 経営理念と協同組合は同じような価値観に根ざしているように感じられ、今後、お互いの強み・弱みを補完しあう新しい経済社会の種を播くことができるのではないかと思います。
 新浪 東日本大震災や欧州の危機を経験して、企業は何のためにあるのか、存在理由を考えなければいけない時期にきています。
 とりわけ今回の震災で感じたことは、「マチ」がなくなったら私たちは商売できません。だからまずマチの復興をするために私たちがやれることをする。そのために仮設でも移動車でもいいからお店を作って、地域の方々に少しでも安心していただくことをしました。
 ナショナルチェーンのスーパーと違うのは、地元の人たちがコンビニエンスストアを経営していることです。本部への忠誠心ではなく、自分たちが住んでいる地域の人たちが大変な思いをしているから、「本部はキチンと商品を届けろ!」ということになる。協同組合と同じで「みんな仲間」なわけです。機能ではなく心でつながっている。これが日本のあるべき姿で、もう一度見直すべきことだと思います。地元の方々に嫌われたら商いはできませんから、地元の方々が求めることに応えていくことが必要だと思っています。


◆しなやかで強く逞しい組織と「人財」をつくること

 加藤 私たちを取り巻く環境はどう変化するかわかりませんが、環境変化に左右されないしなやかで強く逞しい組織 と人材をつくっていくことが求められている時代ではないかと思います。
 最後に、青年農業者へのメッセージをいただければと思います。
 新浪 現実的には日本の兼業農家がなくなれば消費者のほとんどがお米をたべることはできなくなります。そして若い世代が農業を支えないとこの国はダメになってしまいます。そういう意味で、食料は国益の中心ですから、農業従事者が持っている責任感を理解してもらいたい。また、消費者にももっとその意識を共有してもらいたいですね。
 そして先輩たちがつくってきた「良いモノづくり」に誇りと自信をもってもらいたい。そのモノをつくることは「苦」を伴いますが、それを避けずチャレンジして欲しいです。そして先輩たちが作ってきたよいモノ作りをもっともっと自身をもって進化させて欲しいと思います。

【略歴】
(にいなみ・たけし)
1959年生まれ。1981年3月慶應義塾大学経済学部卒。ハーバード大学経営大学院修了(MBA取得)。1981年三菱商事(株)入社、1999年同社生活産業流通企画部外食事業チームリーダー、2001年同社コンシューマー事業本部、ローソン事業ユニットマネジャー、兼外食事業ユニットマネジャー、2002年(株)ローソン代表取締役社長執行役員、2005年同社代表取締役社長CEO(現)、2009年(株)九九プラス取締役会長(現)。経済同友会2010年〜副代表幹事(現在)、2010年内閣府 地域社会雇用創造事業(社会的企業基金事業) 選定・評価・審査委員会 座長、農林水産省 食料・農業・農村政策審議会 委員、内閣府 規制・制度改革分科会 委員 、内閣府 新しい公共推進会議 委員、2011年経済産業省 産業構造審議会新産業構造部会 委員。

 

インタビューを終えて

 新浪社長は経済同友会の農業改革委員会の委員長として「農業を成長産業と位置付けた上で、中山間地域の農業の活性化を含めた具体策の検討」を進めている。NHKの日曜討論では彼とは賛成派、反対派と別れたたものの、日本農業に対する熱い思いを感じた。新浪社長は日経新聞の「知久見聞“私の引きだし”」 連載欄に若い頃から社外勉強会の事務局として汗をかき、幅広い人脈づくりに努力してきたこと。それには粘り強く継続することが重要であり、自ら積極的に動いてこそ手に入ると書かれている。彼の「社外の知恵を借りる」という謙虚さ・直感力・行動力がローソンの活力の源泉になっていることを、対談を通じて肌で感じることができた。
 日本記者クラブの会見で新浪社長は「米国産のコメは国産に比べ水分量が少なく時間をおくと劣化する」と指摘し、おにぎりや弁当のお米は国産が適するとの考えをお持ちである。JAグループとして経済同友会との議論は今後ますます必要になると思う。(加藤)

(2012.02.17)