特集

第26回JA全国大会特集 「地域と命と暮らしを守るために 次代へつなぐ協同を」

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伊藤澄一 JA全中常務に聞く 「地域にあったJA独自の人づくりプランをつくろう」  インタビュアー:ジャーナリスト・榊田みどり氏

・地域の人材を預かり、育て、還す
・JAは経済的事業組織であり社会的教育組織である
・JA人づくり運動の4つの柱
・生活事業で職員を磨く
・尊徳の「芋こじ」を実践しよう

 今から32年前。1980年の第27回ICAモスクワ大会で報告したレイドローは、「協同組合は経済的事業組織であると同時に、社会的教育組織である」という趣旨の提言をした。JA全中の伊藤澄一常務によると、今回の第26回JA全国大会はこの理念を再確認するような大会ではないかという。大会議案では農業・くらし・経営という3つの戦略が掲げられているが、いずれの戦略においても、これを具体化するためには、地域の組合員を結集し組織化することが必要となる。それを主導できる地域リーダーの育成がJAには求められており、教育組織として人づくりの大切さが改めて強調されていると言える。この大会議案をもとに、JAの人づくりをどう進めるべきかを語ってもらった。

JA職員に協同組合人としての意識はあるか?


◆地域の人材を預かり、育て、還す

 榊田 今の時代、協同組合的活動が重要になってきたという認識が強いのですが、一方で、JAが協同組合らしさを本当に発揮しているのだろうか、という危機感も感じます。例えば、金融、共済などの担当職員は、民間企業との競争の中で専門的知識を高めていますが、果たして協同組合らしさを発揮した活動はできているのでしょうか。
伊藤澄一 JA全中常務 伊藤 私は昭和52年に社会人となり、JA共済連とJA全中で35年間働いてきました。若いころはJAの職員である、という強い意識はありませんでしたが、生産者や農家組合員のために働くのだ、という教えがくりかえし上司や先輩を通じてありました。これが仕事の仕方に影響を与えたと感謝しています。
 共済に限らず、経済、信用、医療、新聞・教育文化、観光、葬祭などそれぞれの分野の職員たちも、そうした思いをもってキャリアを重ねてきています。JAとはそういう組織です。全国各地のJA職員たちはなおさらそうです。デスクワークだけで完結せず、地域や農業の現場の中で仕事を深め、体得していきます。なぜなら、組合員はそこにいるのですから。地域の特性を考えながら、自ら地域に学び、そこに住む人たちの願いを成就させていく。それがJA職員の仕事であり日常です。
 また、JA組織というのは、地域の人材を預かり、彼らを育て、地域にお返しするという役割も担っています。これが営利目的だけの企業との違いです。組織として職員一人ひとりの成長プロセスを考えながら、一人前に育て、地域に貢献する人材として還っていってほしい、という願いを持っています。
 JAは、日本の農業、農村という、経済的にも社会的にも有利とは言えない条件のもとで活動していますが、今もって地域の人たちにも頼られているのは、そうした考え方が根幹にあるからだと思います。
 このような事業体は少ないと思います。地域の人たちの営農やくらし、生活の全般を考えなくてはいけないわけですから。だから、JA職員の仕事というのは、知識だけではできない。組合員の生活をすべて知らなければいけません。しかし、ほんの数年前までは、こうしたJAの協同組合活動について、十分には外に向かって見える化したり、説明もしてきていませんでした。


◆JAは経済的事業組織であり社会的教育組織である

伊藤澄一 JA全中常務に聞く 「地域にあったJA独自の人づくりプランをつくろう」  榊田 例えば、東日本大震災では、協同組合の支援が大きな力になり、JAや生協の中で共助の価値が再確認されましたが、それはあまり報道されませんでしたね。こうした活動を当のJAの職員はどう思っているのでしょうか。これまでの協同組合の活動を理解し、その果たしてきた役割に自信を持っているのならいいのですが、もしそうした意識がないとしたら、職員自らがそうした活動や成果を見つめ直す必要があると思います。
 伊藤 昨今、大震災や原発事故だけでなく、大雨や竜巻など局地的な異常自然災害が立て続けに起こり、その一方でTPPのような荒っぽい支配、被支配のルールが跋扈し、この国の社会システムや地域社会の崩壊の危機がさらに深まっています。そうした中で思い出すのは、協同組合原則などや『西暦2000年における協同組合』、いわゆるレイドロー報告です。
 彼は1980年から見通した2000年以降の未来について、「人類は史上かつてない危険な立場にいる。協同組合人は未来の歴史を書く決心をすること、将来のプランニングの積極的な参画者になること」と記述しています。32年後の現在、日本のJA大会議案においても、これらのことがテーマとなっているように思います。
 実はレイドローは、この報告の10年前に日本を訪れ、岐阜県の総合JAと厚生連病院を視察して、日本の農業協同組合のかたちに強烈な印象を持ったらしいとのことです。それは何かと言うと、協同組合が総合事業を営む意味、つまり、資本主義経済のシステムの中にあって、自らの力で経済を回していこうという活動と、その事業を相互扶助の理念のもとで成立させているという点です。
 これらを評価し、世界の協同組合がこれを記憶に留めるべきだと紹介しています。勝手ながら、このレイドローのいろんな指摘を改めて吟味すれば、大震災や原発事故さらにはTPP問題などで、農山漁村が国や経済界に振り回されて犠牲にされようとしている今こそ、それを糺す協同組合の存在と主張が必要なのだと思います。事実、そのようにJA組織は動いています。
 榊田 確かに、協同組合がこれまで積み上げてきた関係や仕組みが、有事を迎えて浮かび上がってきたという感じを受けますね。これをどのように伝えていけばよいでしょうか。
 伊藤 レイドローは協同組合について、「経済的・事業組織であると同時に、社会的・教育組織である」と指摘しており、今大会ではこのことも再確認するのだと思います。これはJA組織の根幹の考え方であり、この認識に基づいて地域活動をすすめるバランスのとれたJA職員を育てよう、というのが「JA人づくり運動」の目標でもあります。


◆JA人づくり運動の4つの柱

 伊藤 大会議案の中でも、「JA人づくり運動」を重視しており、いくつかのポイントがあります。
 1つ目は「活力ある職場づくり」です。CS(組合員・利用者満足)・ES(職員満足)学習を経て職員自らが学び、JAを課題解決に立ち向かえる組織に変えていこうということです。支店を拠点とする取り組みの第一歩はここにあります。
 2つ目が「JA職員階層別マネジメント研修」です。現在4つの階層別研修(管理者、監督者、中堅、初級)をしていますが、これを単なるキャリアアップ研修ではなく、JA職員としての成長プロセスの研修体系として提供することが大切です。
 3つ目が「JA戦略型中核人材育成研修」です。将来的に、協同組合経営を担える人材育成をするのが狙いです。とくに「JA経営マスターコース」は、東京の高尾の教育センターに1年間学ぶコースです。今年度も30名のJA職員が勉強しており、10年後の支店長など、JA経営を実践する人材になってほしいと願っています。このコースは学校でもあり、大切に運営していきます。人材の派遣を全国のJAに呼びかけています。
 4つ目は「組合員学習」です。例えば、各JAが作っている広報誌は、教育広報、学習広報として役割を果たし、家の光や日本農業新聞などの情報も学習の材料です。組合員の日常生活の中にも学習の場があり、「JA女性大学」は全国の140JAで開講されています。大震災時の助け合い、TPP阻止に向けた組合員の働きは、日頃の学習の成果でもあります。
榊田みどり氏 榊田 今、あげられた4つのポイントのいずれを見ても支店の存在が重視されていますね。今後、支店を核に、もう一度地域から運動と事業を積み上げていこう、となった時、支店長の果たすべき役割は大きくなるでしょう。事業性と運動性のバランスをとりながら支店を運営する技量が求められるのではないでしょうか。
 伊藤 まさにそうです。支店を中心に地域活動をしていくなかで、人や地域を理解し、自らを成長させていく、というプロセスが協同組合としての職員教育の根幹にあります。成長する職員に仕事がついていくのです。4つのポイントはそのための道筋を示しています。その標準となるプログラムは全中や県中がつくりますが、最終的にはJA独自のマスタープランをつくってほしい。プログラムを基に、各JAの農業のかたちや地域性をそれに当てはめ、自らの地域の言葉を使って、職員育成を進めていただきたい。


◆生活事業で職員を磨く

 榊田 大会議案では支店を中心にした地域活動が重視されていますが、経済事業改革を契機に次第に地域との接点を深めてきたJA単協も少なくないと感じています。しかし、その中で、地域活動の原点とも言える生活事業は、職員の配置なども含めて軽視されているのではないでしょうか。
 伊藤 ご指摘はわかりますが、信用も共済も組合員から見ればこれらはすべて生活事業です。経済事業で物を買ったり代金を受け取ったりするのも、組合員を主語に置き換えれば、すべては生活に密着した活動です。
 榊田 大きな意味では、地域活動と言えますね。
 伊藤 そこに生活という活動のすそ野の広さがあると思います。生活事業を経験して仕事を覚えながら自分を磨き、経済、信用、共済のマネージャーへと成長し、逆に経済、信用、共済の職員が生活に配属され地域活動を学ぶこともあります。JAの事業は総合事業ですから、職員個々の資格やスキルなど能力とキャリアに従った配置をしています。
 ただ、その中でくらしの活動を担当する人材をどう育てるかは、テーマの一つだと思います。ここで期待したいのが女性の活躍です。実際、今でもくらしの活動の担当者の中には、すぐれた女性が多くいます。この分野の道を拓いてきたのも女性です。
 榊田 確かにその人がいなければ成り立たない、という人がたくさんいます。しかし、そうした感度の鋭い女性も、大抵はリーダー止まりで、経営者にまで登っていけないのが大きな問題ではないでしょうか。
 伊藤 JA全国大会ではこれまでも女性のJA経営参画目標として、正組合員数25%以上、総代数10%以上、理事2人以上という3つの数値目標を定めてきました。いつまでも同じ数値目標を掲げていて意味はあるのか、という批判もありますが、続けることに意味があると考えます。全国的に同じ目標でも、それがあることでJAごとに女性の経営参画への道が拓かれてきています。現在、38JAが3目標を達成し、400近いJAがそれぞれの目標をクリアしています。また、議案では女性職員の管理職への登用を提起しています。


◆尊徳の「芋こじ」を実践しよう

 伊藤 むしろ、「女性の登用とか位置づけを」というのは、本当は女性に対して失礼な言い方です。実際には、あらゆるジャンルにおいて女性が活躍しているのですから、女性のJA経営参画を進めないのはおかしな話です。目標を掲げ続けることの苦しさがここにあります。
 榊田 実態は確かに女性抜きでは何もできないのに、役職の上ではそうなっていないというのが問題です。例えば、女性大学は割と若い人向けで仲間づくりみたいな活動が中心ですが、そうではなく、女性役員を育てるプログラムが必要ですね。
 伊藤 二宮尊徳はたくさんの人が集まって話し合うことを「芋こじ」と呼んで、大事にしたそうです。みんなが同じ場所で議論し、相手の意見を尊重し、意識を共有していく。すると、人のすぐれた意見が自分の言葉にもなっていく。そうこうしているうちに、芋がキレイになって皮も剥けていくように、人が成長していく。これが協同組合の運営の姿だと、尊徳記念館で学びました。
 全国で今、女性の常勤役員は13人、非常勤理事も含めた女性役員となると835人です。この皆さんこそ、積極的に「芋こじ」に参加し自らを高めてきている人たちです。2期目をめざしてチャレンジして、次代を担うJA女性職員も育ててほしい。
 また、これは女性に限らずすべての役員に言えることですが、役員の最大の責務は職員を育て、改革の「火だね」をつくることだと思います。次代を担う人たちのために道を拓くという、崇高な役割を果たしてほしい。人づくりのルートをつくり、制度システムを整え、若い人たちの成長につきあい、たくさんの人材を育ててもらいたいと願っています。私も頑張りたいと思います。
 榊田 今日はさまざまなお話をお伺いできました。ありがとうございました。

 


インタビューを終えて

 取材で各地のJAにお邪魔すると、運動論を熱く語る“農協人”に、たびたび出会う。多くの場合、その職員には、尊敬する“熱い”先輩職員がいて、身近に協同組合の理念をたたき込まれた経験を持っている。一方で、JA広域合併と本店機能の強化が、トップダウン方式と“指示待ち症候群”を広げたとの指摘も聞く。単に「そこそこ給料のいい地元の就職先」として入組する若い職員も少なくはない。
 JA事業が細分化・専門化する中、根底に共有すべき「協同組合」としての認識を持つ人材育成は、経営に直接つながらなくても、巡り巡って各事業の成果に現れると私は思う。支店重視の機構改革は、地域を基点に、職員が自ら考え行動するボトムアップ方式への意識改革でもあると思う。「今年の全国大会は、レイドローがいう『協同組合は経済的事業組織であると同時に、社会的教育組織である』ということを再確認する大会」という伊藤常務の言葉を、改めて噛みしめたい。
(榊田みどり)

(2012.10.05)