農家兼業は悪か2013年1月28日
農家兼業は悪だ、とする論者がいる。兼業農家を温存しているから効率的な農業構造ができないという。だから、兼業農家は農政の対象にしないように主張している。兼業農家を邪魔者扱いして、肩身の狭い思いをさせている。
こうした効率主義の考えは、TPPに通底する目先しか見ない市場原理主義の考えである。
農家兼業は、もちろん悪ではない。日本社会の最も重要な安全装置を担っている。
本来なら、農業だけで暮らしたいのだが、そうできないので止むを得ずに兼業をしている。それは、農家の責任ではない。政治の責任である。
農業だけで暮らしている専業農家はそれほど多くない。全国に45万戸しかない。全国の総農家数は253万戸だから、18%になる。残りの82%は兼業農家である。
その兼業先が、いま減っていて、兼業収入が減りつつある。日本経済が全体として縮小しつつあるからである。そのため、農村でも雇用の場が減っている。
上の図は、農家の兼業収入のうち、賃金収入の推移をみたものである。賃金収入は、雇用量つまり労働日数と賃金単価を掛け算したものである。この3つを指数にして示したのがこの図である。
この図で分かるように、賃金収入が減ったのは、賃金単価も減ったが、雇用量が減ったことが大きな原因である。農村でも雇用の場が減ったのである。この7年間で3分の1も減った。
◇
戦後の経済成長のころを振り返ってみよう。
当時は、人手不足といわれていた。都市の企業は農村の人に対して、都市へ出て企業で働くように勧誘しにきた。農村には若い人も大勢いたし、中高年の人も大勢いた。だが、企業は若い新卒者だけを勧誘した。若い人なら安い労賃で雇えるし、仕事が早く出来るようになる。だから、中高年の人は敬遠された。
その結果、若い人だけが単身で離村した。家族全体が離村する挙家離村ではなかった。
◇
農村に残された中高年の人は、どうしていたか。やがて農業の機械化で、農業だけでは人手が余るようになった。
当時、オリンピックや万国博覧会が行われたが、その施設はこの人たちが作った。また、全国に高速道路網を張りめぐらせたが、それもこの人たちが作った。これらは「父ちゃん」単身の出稼ぎの兼業で、これにともなう挙家離村もなかった。家の全員を養えるほどの賃金をもらえなかったからである。農業は「母ちゃん」と「じいちゃんと「ばあちゃん」の3ちゃん農業になった。
だが、「父ちゃん」が家に半年以上もいないことは、不自然なことだった。火事になっても消す人がいない。
やがて、兼業のために家を遠く離れるのではなく、家の近くで兼業したい、と考えるようになり、そのことを政治に要求した。そして、政治はそれに応えた。農村工業化が始まり、農家の総兼業化が始まったのである。
◇
このように考えると、農家兼業は必然だった。企業は安い賃金で若い人を雇えた。農家も中高年の人の兼業で収入が増えて、豊かになった。
農村で生活に困窮して、都市へ出ざるを得なかった人は、日本の経済発展の過程ではいなかった。このことは、農村工業化政策の成功である。戦後農政の誇るべき成功の1つといっていい。農商工連携で農産物の付加価値を高める、などという矮小なものではない。先端技術を駆使した工業の農村進出だった。
◇
このような日本の成功は、他の国ではほとんど見られない。日本では、たしかに若い人たちは都市に出たが、この人たちは、都市出身の若い人たちと同じ程度の豊かさで暮らしてきた。困窮して出たからではなく、企業の勧誘で出たからである。
日本以外の多くの国は、そうでなかった。農村で生活に困窮して、やむなく挙家離村で都市に出たのである。それでは、都市で豊かな生活はできない。都市へ出ても生活の困窮がつづく。
そうした人たちが集まって生活する地域が、世界の大都市には必ずと言っていいほどある。人口が数万人とか数十万人という巨大な、いわゆるスラム街である。生活環境だけでなく、治安もよくない。
やや私事になるが、筆者の某外国の友人は、護身用のピストルを持っているらしい。いつも腰にぶら下げているわけではないが、研究室か書斎の引き出しに忍ばせているようだ。そうでないと人間としての矜持を保てないという。それが常識だ、という国は少なくない。
これと対照的に、日本にはピストルをもっている友人は1人もいない。日本は安全社会だからである。
◇
日本は世界に類をみないほど治安がいい国だが、その理由は農村で豊かに暮らせるからである。
それは、農村に雇用の場があって、農家が兼業で豊かに暮らせるからである。都市へ出なくてもいいからである。先に示した図は、このことが、いま危うくなりつつある、と警告している。
政治は、先人たちの成功にならって、もう一度、農村工業化を図り、農村に雇用の場を広げるべきだろう。
農家兼業は決して悪ではない。それどころか、日本社会に欠くことのできない貴重な安定装置である。
(前回 アベノミクスの成否の鍵は財界にある)
(前々回 市場原理主義農政への回帰)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)
重要な記事
最新の記事
-
【現地レポート・JAの水田農業戦略】新たな輪作で活路(2)子実コーンの「先駆者」 JA古川2024年3月29日
-
農業者所得増加へデジタルビジネス加速 農林中金 中期ビジョンを策定2024年3月29日
-
「子ども世代に農業勧めたい」生産者の2割 所得向上が課題 農林中金調査2024年3月29日
-
東京・大阪で組合長らが 「夢大地かもと」スイカをPR JA鹿本2024年3月29日
-
全国から1,000名を超える農業の担い手が集う 「第26回全国農業担い手サミットinさが」開催 佐賀県2024年3月29日
-
家族みんなで夏の農業体験はじめよう 食農体験イベント「土袋でデコきゅうり」開催 JA兵庫六甲2024年3月29日
-
(377)食中毒1万人は多いか?【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年3月29日
-
【浅野純次・読書の楽しみ】第96回2024年3月29日
-
【人事異動】全国農業会議所(4月1日付)2024年3月29日
-
品種で異なるメロンの味わいを体験 自由が丘「一果房」で29日から 青木商店2024年3月29日
-
第160回勉強会「レジリエントな植物工場運営・発展に向けて~災害からの復旧・復興事例から学ぶ」開催 植物工場研究会2024年3月29日
-
創立55周年記念 ガーデニング用 殺虫・殺菌スプレーなど発売 住友化学園芸2024年3月29日
-
「核兵器禁止条約」参加求める26万の署名 藤沢市議会が意見を採択 パルシステム神奈川2024年3月29日
-
尾鷲伝統の味「尾鷲甘夏」出荷開始 JA伊勢2024年3月29日
-
令和6年能登半島地震 被災地農家を応援 JA全農石川へ寄付 KOMPEITO2024年3月29日
-
林木育種センター九州育種場 九州育種基本区の「スギエリートツリー特性表」公表 森林総研2024年3月29日
-
農業フランチャイズのクールコネクト シードラウンドで3200万円を調達2024年3月29日
-
鳥インフル 米メイン州からの家きん肉等 輸入を一時停止 農水省2024年3月29日
-
畜産施設の糞尿処理で悪臭対策 良質な堆肥化を促進 微生物製剤を開発 B・Jコーポレーション2024年3月29日
-
水田のスマート水管理で東大大学院農学生命科学研究科と共同研究開始 ほくつう2024年3月29日