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コラム:正義派の農政論

【森島 賢】

2013.04.01 
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 TPPは、日本の農業を壊滅させるだけでなく、日本の医療制度や法制度までも崩壊させようとしている。これらは、日本文化を構成する重要な要素である。TPPは、日本をはじめ、東アジアに展開する文明を破壊し、アメリカ文明に置き換えようとしている。
 農業を見てみよう。
 東アジアには、共通して、アメリカとは違った農業がある。それは、稲作農業を基本に据えた小規模農業で、アメリカの大規模畑作農業とは全く違った農業である。この違いは、自然条件の違いだけではなく、歴史条件の違いにも起因している。
 そして、この違いが農村社会の違いだけでなく、社会全体の違いをもたらしている。社会の中で人々を結びつける紐帯が違っていて、東アジアは協同で、アメリカは競争である。

 自然条件をみてみよう。日本を含む東アジア地域は、温暖な気候のもとで、しかも水に恵まれている。この条件を生かして、この地域では、土地生産力の高い稲作農業を営んできた。昔から、約1haの水田があれば、一家を養うことができた。それ程に生産力が高かった。こうした農業を数千年の間続けてきた。
 一方、アメリカでは、100haの農地がないと一家を養うことができなかった。ヨーロッパでは10haだった。
 神谷慶治先生は、日本の農業は東アジアの国々とともに先・先進国農業を営んできた、といって、上のような土地生産力の隔絶した先進性を指摘した。日本などの東アジア諸国は、欧米の先進国よりも先に進んだ農業をしている、といった。
 先生がいうように、日本の農業は、先進国の農業と比べて決して遅れているわけではない。先進国農業は、日本農業が目指すべき目標でもないし、アメリカ文明は、東アジア文明が目指すべき理想でもない。

 農家が、開墾などで農地を1ha以上に増やすことができたとしても、増やした分から得られるもので、以前より裕福な生活をするのではなく、これまでは結婚して家族を持てなかった次男や三男に分家させて家族を持てるようにした。そうして本家も分家も1haの農地で農業を営んできた。その方が一家にとって幸せだった。こうして1haの農業を続けてきた。
 また、農地を増やすことができないで、1haだけの農家が、次男や三男に田を分けて分家させることはなかった。それぞれの農地が半分や3分の1になって、一家の全員が困窮するからである。それでは一家の幸せにならない。そうした一家は田分者(たわけ者)といわれ、農村では尊敬されなかった。だから、1haの農業が続いた。
 神谷先生は、通常の経済学がいうように、土地と労働がコメを作るのではなく、土地が人間とコメを作るのだ、といった。そして、それを実際のデータに基づいて実証した計測結果を示し、話題をよんだりもした。
 こうした状況のなかで、農村の、したがって当時の東アジア社会の文明が築かれてきた。

 しかし、日本では数十年前から状況が変わってきた。経済発展によって労働の価値が上がり、コメを作るにも労働量を少なくして、機械を使うほうが利益が多くなるようになった。
 この機械化技術は、これまでの農業技術とは経済的な性質が違っていた。これまでの技術は、例えば肥料のように20アールの農地で使う肥料費は10アールの肥料費の2倍だった。つまり、10アール当たりの肥料費は同じだった。
 だが、機械費は2haでも1haでも同じ機械を使えばいいのだから、2倍どころか同じでいい。つまり、規模が2倍になれば、1ha当たりの費用は半分に減る。こうなると、日本のような小規模農業は、アメリカのような大規模農業との市場競争で不利になった。

 それなら、アメリカを見習って規模を大きくすればいい、という安易な主張がでてくる。だが、それは容易にできることではない。歴史が違うからである。それは、歴史を変えることが不可能であるのと同じように不可能である。
 では、アメリカはなぜ規模を大きくすることができたのか。それは、大きくしたのではなく、初めから大きかったのである。小さかったのを大きくしたのではない。農業者や農政担当者の努力の結果ではない。つまり、見習うことはできない。

 500年前、ヨーロッパの人たちがアメリカ大陸を「発見」したとき、アメリカの土地には、ヨーロッパ的な所有権を持っている人がいなかった。そうした場合、所有権は初めに「発見」した人のものになる、というのがヨーロッパ文明である。だから、発見者が充分に広いアメリカの土地を所有することができた。
 だが、実際はアメリカの土地に所有権がなかった訳ではない。ヨーロッパ的な所有権がなかった、というだけである。
 500年以上前から住んでいた原住民たちは、狩猟生活を送っていたが、ある特定の土地にいるウサギなどの動物は、ある特定の集落の人なら誰が獲ってもいい、という土地に対する絶対的な支配権、つまり、独占的かつ排他的な権利を持っていた。これは所有権といっていい。集団的所有権である。原住民たちは、土地の所有権をもっていたのである。
 それをヨーロッパの人たちは無視して、生活の糧である彼らの土地を略奪した。
 アメリカだけではない。新大陸といわれる南北アメリカやオーストラリアも、同じ歴史をもっていて、だから、大規模な農業を営んでいる。新大陸農業ともいわれていて、市場競争力がある。日本でも北海道農業は、それほど大規模ではないが、同じように恥ずべき苦い歴史をもっている。

 TPPは、こうした自然条件や歴史条件、したがって、各地域が持っている独自な文明を否定して、アメリカ文明を東アジアに押し付けようとするものである。
 だが、東アジアはそれを、受け入れないだろう。そうして、日本のように、多様な農業の共存、多様な文明の共存を主張し、独自な文明を守り続けるだろう。そして、それぞれの国が独自な農業を尊重し合い、文明を尊敬し合う貿易体制を築き上げるだろう。そうしなければならない。


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