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コラム:正義派の農政論

【森島 賢】

2015.11.02 
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 小泉進次郎議員が、自民党の農林部会の会長に抜擢された。34歳という、きわめて異例の若さである。
 小泉会長の全国各地での人気は高い。それは、タレント的な人気だけではない。タレント性だけで抜擢されたのなら、本人は不本意だろう。そうではなくて、政治信念と、それを曲げない、という点を評価しての抜擢にちがいない。原発問題では、主張の当否はともかく、お父上の純一郎氏とは一線を画している。
 これからは、農政分野の第1線で、先頭に立って活躍するわけだが、この分野には経験豊かなベテランが居並んでいる。彼らに学ぶことは多いだろう。しかし、古い考えや古い慣習に捉われることなく、信念を曲げずに筋を通し、また時には現場の実態を熟視しながら、信念を修正し、若い新鮮な感覚を失うことなく、広く、そして高く羽ばたいてほしい。

 いまの農政は、官邸主導である。首相官邸と、その周辺にいる市場原理主義者による、強引な押し付けの農政である。市場原理主義とは、市場競争に最高の価値をおく主義である。この主義に農政を任せておく訳にはいかない。
 農業、農村は、この主義になじまない。そうではなくて、この主義と対立する協同組合主義に至高な価値をおいている。
 協同組合主義のモットーは、「1人は万人のために、万人は1人のために」である。競争を否定するわけではないが、それは、生産力を高め、国民を豊かにするための、1つの手段にすぎない。競争での敗者は、放逐するのではなく、他の分野で隠れた能力を発揮してもらう。そのために、万人が協力する。そして、万人がこぞって社会に尽くす。そのことに最高の価値をおく主義である。
 小泉会長は、この協同組合主義をどう評価するか。そこが最大の注目点である。まさか、これを否定する市場原理主義の農政を、今までどおりに何の批判もなく続けることはないだろう。

 市場原理主義の別名を3ダケ主義という。「今ダケ、金ダケ、自分ダケ」という主義である。
 農業者は「今ダケ」を重視しない。今も大事だが、今ダケではない。今は多少は苦しくても将来に明るい希望があれば耐えられる。だが、TPPは将来の希望を、特に若者の希望を打ち砕く。TPPは、そのように農政を制約する。だから、反対している。
 農業者は「金ダケ」を重視しない。金だけを信じ、人間を信じない世相に、ますます強く嵌まり込んでいくことを苦々しく思っている。そこには豊かな社会はない。TPPは「金ダケ」を重視する。
 「自分ダケ」という考えを、農村社会は許さない。そうした考えは、共同社会から排除される。
 これらは、協同組合主義と真っ向から対立する。小泉会長は協同組合主義に、どれほどの親近感をもっているか。市場原理主義から、どれほどの距離を保っているか。

 さて、いまの自民党の農政課題は、6次産業化と、農産物の輸出振興と、大規模専業化だという。それらを小泉会長が主宰する農林部会で審議することになる。それぞれに大きな問題がある。
 まず6次産業化だが、それは農業関連産業だけの取り込みに限定した政策のようだ。それにどれ程の広がりを期待できるのか。農村の衰退に対して、どれほど強力な歯止めになるか。
 農村の衰退に本気で歯止めをかけるのなら、農業関連産業だけでなく、最先端の物づくり産業や、IT産業や自然エネルギー産業に、もっと力を注ぐべきではないか。いまは、工業の主力は分散化して、それぞれをネットワークでつなぐ型になっている。だから、農村に立地することに何の難点もない。農村は衰退から繁栄へと一気に豹変する。
 こうした現況を、スマホさえ操れない農林部会の多くの幹部たちは理解に苦しむだろう。しかし、小泉会長のような若い世代なら、すぐに理解できる。農村の若者は、工業の地方分散に熱い期待を寄せている。

 農産物輸出の適度な振興はいいが、「攻めの農政」などといって騒ぎ立てる程のものではない。「攻めの農政」は小泉会長が小学生のころから唱えられた、いかにも干からびた、そして好戦的なスローガンである。
 これは、攻められる国の農業者に思いを致すべきである。
 立場を変えて考えよう。アメリカの農産物の輸出攻勢で、日本市場が蹂躙され、農業者が如何に苦境に立たされていることか。
 しかも、この政策で日本の39%という低い食糧自給率を向上させることは期待できない。食糧自給率の向上のためには、国内需要の拡大を計ることが、先ず行うべきことである。それは、米の飼料化であり、米粉化である。

 大規模専業化は明治以来150年間、一部で唱え続けられてきた政策である。だが、いまだに達成していない。なぜか。大規模化で失業する農業者にとって、農外で働く場がないからである。彼らは目障りだから、どこかへ消えてなくなれ、という冷酷な政策だからである。これを、無責任な学者や評論家がいうのは自由だ。しかし、結果の全てに責任を負う政治家が考えることではない。
 なぜ彼らは農外で働く場がないか。
 1つの答えは、日本の工業化の遅れである。日本が工業化を始めたころは、世界の工業は省力化が進んでいて、多数の労働者を必要としなかった。これは、後進工業国に共通した歴史的な事情で、如何ともしがたい。
 もう1つの答えは、工業化が始まる前から、日本は人口稠密社会だったからである。逆にいえば、稲作農業だったので土地の人口扶養力が高かったことが理由である。これは、東アジアに共通する歴史的・風土的な事情で、これも如何ともしがたい。
 こうした歴史と風土に逆らって、小規模農家と大規模農家が協力しあい、高齢者と壮齢者が協力しあって農業に励むことを否定するのが、市場原理主義農政であり、官邸農政である。それは、農村を混乱させるだけである。

 以上のように、いまの自民党の農政には、このような欠陥がある。その根底には、市場原理主義がある。TPPは、これまでの農政の欠陥をより激しくして、強引に継続するものである。
 小泉会長の農林部会に期待することは、現場の実態を見据えた根本的な議論である。当面の課題は、市場原理主義の申し子であるTPPの、大筋合意を否定し、政府に対して再交渉を迫ることである。
(2015.11.02)

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