幻想のTPP農業対策2015年11月24日
自民党が、農業のTPP対策を決めた。これが、そのまま政府の対策になる、というのが大方の見方である。
この対策の評価は、国会決議で明言しているように、農業の再生産を維持できるか否か、という点にある。否となれば、TPP協定の国会での批准は拒否するのが論理的帰結である。
国権の最高機関である国会の議員諸氏が、この論理を無視してTPPを批准することは、よもや無いだろう。あらかじめ、ここにクギを打っておこう。農業の一部は再生産できる、などと言い逃れしようとしても、逃げられない。醜い姿を曝すだけである。
この対策の特徴は、農業を税金で維持する、という点にある。
TPPで安い農産物が輸入されても、国内産の農産物を、それより安く売ればいい。安く売れば赤字になるから、赤字は税金で補填すればいい。そうすれば、国内農産物の再生産を維持できる、というのである。
この農政思想は、日本の政治社会の状況では容認されない。だから、この対策は実現されず、幻のように消え去るだろう。
つまり、この対策は現実を見ない一部の政治家の幻想である。強行すれば、農業者は農業を継続できなくなり、後継者は農村から去り、荒涼とした旧農地だけが残る。そうして、国民の生命をつなぐ食糧を全面的に外国に依存することになる。
◇
この対策の特徴を具体的にいえば、農業につぎ込む税金が巨大な金額になる、という点にある。だから、この点を覆い隠し、予算の裏付けのない対策にしたのだろう。
予算の裏付けのない政策なら、誰でも、どんな政策でも作れる。夢のようなバラ色の将来像を描くこともできる。しかしそれは、やがて幻のように消え去る。それが、この対策である。
立案者である政治家は、一生懸命に努力したが、予算不足で実現できなかった、という言いわけを、当初から考えているのだろう。それでは政治家とはいえない。狡猾な政治屋というのが、ふさわしい。
予算不足になることは、はじめから分かっている。だから、臨時国会を開こうとしない。予算不足になることが、国会で暴露されることを避けたいからだろう。
◇
いまでも財界は、農業は税金を使い過ぎる、と言いつのっている。それを、マスコミを使い、一部の学者と評論家を使って、言いふらしている。財界は、政治やマスコミに対して絶大な影響力をもっている。そうした政治的、社会的状況のなかで、農業にさらに多額の税金を使うのである。政治は、しり込みするに違いない。
どれほど多額の税金を使うか。それは補償する対象の国内供給量に、生産費と市場価格との差額を掛け算した金額である。それは国内生産量に、生産費と輸入価格の差額を掛け算した金額でもある。
対策に必要な税金 = 国内供給量 × (生産費―市場価格)
= 国内生産量 × (生産費―輸入価格)
政治は、財界の顔色をみながら、この金額を少なくする方法を考えるだろう。その方法は次の2つしかない。
◇
第1の方法は、掛け算の片方の国内生産量を減らすことである。だが、この方法は、国会決議でいう再生産の維持を正面から否定するものである。
第2の方法は、掛け算の、もう片方に含まれる生産費を値切ることである。だが、それでは再生産はできない。だから、この方法も国会決議に反している。
第3の方法の、市場価格を上げる方法はない。TPPによるゼロ関税の安い輸入品の価格が、市場価格を決めるからである。
◇
以上のように、この対策は必要な多額の予算を捻出できず、再生産の維持は不可能になり、国会決議に違反することになる。
では、この対策の他に良い対策があるか。それはない。だから、TPPを批准して、再生産を断念し、国内農業の壊滅的な縮小を採るか、それともTPPの批准を拒否して、国内農業の維持、発展をはかるか、二者択一の選択しかない。
◇
そもそも農業者は、この対策が予算不足になる、という問題の以前に、税金を恵むことによって農産物の再生産を保証する、というTPPの考えに、根本的な違和感を持っている。再生産は税金で保証するのではなく、市場で保証すべきだ、と考えている。そのために、輸入禁止的な高率関税を維持するなど、輸入を阻止する制度を要求している。TPPの例外なき関税廃止などという考えは、とうてい容認できない。
◇
農業者は、輸入阻止の制度とともに、市場が生産費を正当に評価し、市場価格に厳格に反映することを求めている。そうした市場にするという農政を、農業者の誇りにかけて要求している。
この要求を、これまでの政治は、ごく部分的にではあるが呑んできた。しかし、TPPは、この要求を全面的に拒否し、農業者の誇りを踏みにじるものである。だから、農業者はTPPの国会批准を阻止しようとしている。
◇
いまを生きる農業者は、祖父や父から受け継いで、日本の農業を維持、発展させ、それを子や孫に引き継ぐべき責任を負っている。そして、国民に対して、食糧を安定的に供給する重い責任を負っている。
農業者は、農業が存亡の危機に立っている今こそ、全力を傾けて、その責任を立派に果たすだろう。それは、TPPの国会批准を阻止することである。こんどのTPP農業対策に幻想を抱く農業者はいない。
(2015.11.24)
(前回 「攻める農業」の危うい攻撃性)
(前々回 TPPは醜い格差社会をめざす)
(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)
重要な記事
最新の記事
-
地域複合農業戦略に挑む(2)JA秋田中央会会長 小松忠彦氏【未来視座 JAトップインタビュー】2024年4月19日
-
農基法改正案が衆院を通過 賛成多数で可決2024年4月19日
-
【注意報】さとうきびにメイチュウ類 伊是名島で発生多発のおそれ 沖縄県2024年4月19日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:JA水戸 那珂川低温倉庫(茨城県) 温湿度・穀温 適正化徹底2024年4月19日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ対策を万全に 農業倉庫基金理事長 長瀬仁人氏2024年4月19日
-
食農教育補助教材を市内小学校へ贈呈 JA鶴岡とJA庄内たがわ2024年4月19日
-
【浅野純次・読書の楽しみ】第97回2024年4月19日
-
(380)震災時は5歳【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年4月19日
-
【JA人事】JA道北なよろ(北海道)村上清組合長を再任(4月12日)2024年4月19日
-
地拵え作業を遠隔操作「ラジコン式地拵機」レンタル開始 アクティオ2024年4月19日
-
協同組合のアイデンティティ 再確認 日本文化厚生連24年度事業計画2024年4月19日
-
料理酒「CS-4T」に含まれる成分が代替肉など食品の不快臭を改善 特許取得 白鶴酒造2024年4月19日
-
やきいもの聖地・らぽっぽファームで「GWやきいも工場祭2024」開催2024年4月19日
-
『ニッポンエール』グミシリーズから「広島県産世羅なしグミ」新発売 JA全農2024年4月19日
-
「パルシステムでんき」新規受付を再開 市場の影響を受けにくい再エネ調達力を強化2024年4月19日
-
養分欠乏下で高い生産性 陸稲品種 マダガスカルで「Mavitrika」開発 国際農研2024年4月19日
-
福島県産ブランド豚「麓山高原豚」使用『喜多方ラーメンバーガー』新発売 JAタウン2024年4月19日
-
微生物農業資材を用いた大阪産の減肥料栽培で共同研究開始 ナガセケムテックス2024年4月19日
-
栃木県真岡市産バナナ「とちおとこ」使用「バターのいとこ」那須エリア限定で新発売2024年4月19日
-
大阪泉州特産「水なす」農家直送で提供開始「北海道海鮮にほんいち」2024年4月19日