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コラム:地方の眼力

【小松泰信 岡山大学大学院教授】

2016.10.12 
地味にスゴイ!"新たな土地改良長期計画"一覧へ

◆農水省内に亀裂ありか

 10月10日の日本農業新聞一面「論点」に掲載された、〝競争力一辺倒の政府目標 農村政策に目配りを〟という柴田明夫氏の論考は極めて興味深いものだった。1年程審議に加わった当事者として、政府が8月に閣議決定した「新たな土地改良長期計画」の概要を紹介しつつ、「一つ気掛かりなことがある。政府の目標との微妙な乖離(かいり)だ」として、慎重な筆致で「アベノミクス」における農業政策の問題点や農水省内の亀裂を示唆している。実際にご一読願いたい。
 恥ずかしながら土地改良長期計画の存在すら知らなかったため、早速農水省のHPから入手し一気に読んだ。その後、柴田氏の論考を再読したが、私なら次のように書く。

◆私ならこう書く

 「アベノミクス」は米国並みの土地利用型農業、わが国に置きかえれば、専業農家および法人経営に焦点を当て、農業・農村全体を対象とすることなく、「強さ」や「競争力」を強調している。一方、本長期計画は多くの小規模兼業農家や高齢者による中山間地での零細農業にも焦点をあてるなど農業・農村全体を対象にするとともに、「しなやかさ」と農村協働力にも思いをはせている。ゆえに両者は真逆であり、埋めようもない程に乖離している。長期計画の実践も含めて、この乖離状態を政府そして農水省はどう考えているのか、明らかにすべきである。

◆なんで、そう書くの -新たな土地改良長期計画のツボ-

 なぜ、このような書きぶりになるのかを明らかにするために、この長期計画のツボを押さえることにする。
 基本理念として「社会資本の継承・新たな価値の創出と農村協働力の深化」を掲げ、個性と活力のある豊かな農業・農村の実現を目指している。キーワードは「農村協働力」(農村版ソーシャル・キャピタル)で、37頁におよぶ本文中に27回程登場する。他に、「協働」が5回、「協働体制」が2回である。使いすぎると価値が下がるが、その思い入れは十二分に伝わってくる。
 基本方針において、多面的機能を有する農村を、「社会資本」(農地や農業水利施設など)、「自然資本」(自然環境や生態系)、「人的資本」(農業者や地域住民など)からなる社会的共通資本と位置づける。
 そして、「農村協働力」は、社会、自然、人的という三資本を膠(にかわ)の如く結び付け、農村の潜在力を高めてきた。ゆえに今後も、再生産可能な営農条件の確保と農村協働力を十分に機能させることが重要である。そのために、土地改良事業はインフラ整備にとどまらず、生産と生活の場が一体となった農村において、産業政策と地域政策の双方を担うが、縦割り的視点ではなく両政策の統一的実現を促す視点が肝要とする。
 さらに政策課題の実現に向けては、農村の多様性を大前提とし、土地改良事業の特徴を最大限に活用し、農村の三資本が三位一体となるための協働の舞台を整え、農村協働力を深化させることにより、地域の特性を活かしつつ環境の変化に柔軟に対応し、持続的に発展し得る、個性と活力のある豊かな農村の実現を目指さねばならない、としている。

◆農業協同組合も農村協働力の重要な担い手である

 農村の存在意義と多様性、生産と生活の一体性から必然ともいえる〝地域産業政策〟の視点、多様な主体への配慮など、土地改良事業が果たしてきた、そして今後も果たさねばならない使命に誠実に向き合って生み出された長期計画として、高く評価すべき内容である。新番組のタイトルに倣えば、地味にスゴイ!
 ただ不満があるとすれば、農業協同組合の影が薄いことである。農村協働力の形成や発揮においてその果たしてきた、そしてこれからも果たさなければならない役割は決して小さくはない。現に、本長期計画の農村振興プロセス事例集に取り上げられた30事例のうち、17事例で農業協同組合の関わりが明示されている。決して無視できない存在であることを自ら示しているにもかかわらず、本文中に出てくるのは、農協とJAという単語がそれぞれ1ヵ所だけである。農業協同組合は、農村協働力の重要な担い手である。ただ、農協解体に余念のないトップがいることで、文字として取り上げることもはばかられるような省内事情を象徴したことだとすれば、義憤すら覚えるところである。もちろん、農村協働力の価値や重要性を認めない、ということであればトップの資格なし。いかがであろうか。

◆新たな土地改良長期計画に幸あれ

 農村の基層領域に直接関わる土地改良事業だからこその「農業・農村のあり方への提言」、重く受け止めなければならない。
 しかし、柴田氏が「気掛かり」にしていたことは、残念ながら杞憂に終わらないだろう。信頼される筋によれば、昨年4月に成立した「都市農業振興基本法」はトップの意向に沿わず、店ざらしにされているとのこと。わが国は、いつから「放置」国家に成り下がったのか。この基本法に基づいて動こうとしたJAは、計画が進まず困り果てている。農協改革の急先鋒が、改革に誠実に取り組もうとするJAの足を引っ張るとは、何事ぞ。
 本長期計画は、農業・農村を取り巻く情勢が大きく変化したことを受け、計画期間を1年前倒ししてまで策定されたものである。昨年8月に食料・農業・農村政策審議会に諮問がなされて以降、現地調査、地方懇談会、パブリック・コメント、知事や関係行政機関の長の意見聴取、そして最終答申、という民主的な手続きを経た後、この8月に閣議決定されたものである。
 都市農業振興基本法と同様に、早急な実践活動を求めている現場が多数存在するはずである。エキセントリックな一官僚が、我が意に沿わないということで閣議決定されたものを無視黙殺することは、由々しきコンプライアンス違反である。絶対にこのような横暴を許してはならない。
 一人でも多くの人がこの長期計画に触れ、自分たちの地域をより良きものとするために何をすべきかを、逆風の中でこのような凛とした長期計画づくりに精励した見識ある農水省の職員とともに考えなければならない。

 「地方の眼力」なめんなよ!の心意気で。

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