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コラム:地方の眼力

【小松泰信 岡山大学大学院教授】

2017.01.18 
グローバリズムは「神楽」を破壊する一覧へ

 松の内は15日まで、ということで正月モードから1月モードに切り替わった。とは言っても、年々正月モードの期間も規模も縮小している。

◆敬意と愛情(respect and love)

 作家村上龍が、昨年7月に『日本の伝統行事(Japanese Traditional Events)』(講談社)を上梓した。構想が生まれてから10年、作業をはじめてからも8年、とのこと。正月から始まって年越し・大晦日までの伝統的な行事について、イラストや写真を多数載せながら紹介している。氏が執筆したその紹介文すべてに英訳が併記されているのも本書の特徴の一つである。さらに、CDが3枚付いた坂本龍一監修の『日本の童謡と唱歌集(The Japanese Children's Song Book)』もセットとなっている。少なくとも芥川賞受賞作『限りなく透明に近いブルー』から最近の『オールド・テロリスト』までの小説や、『カンブリア宮殿』でのMCとは、異なる趣の仕上がりであることは間違いない。
 当コラムとして興味を引かれたのは、この本を世に問うた意味である。それについては序文で次のように記している。
 「この絵本は、わたしたちが美しい伝統的な行事を持っていることを確認するために作られた。この本で紹介した伝統的な行事は、わたしたちすべての日本人が、すでに広く平等に持っている無形の財産だ。経済成長による『世間』の消失、グローバリズムによる国家の枠の弱体化と地域社会の疲弊、共同体意識の喪失、そういった精神文化の危機に際して、すでに持っている財は滞留させず、運用したり活用したりしたほうが合理的ではないだろうか。この絵本は、テキストにすべて英語を併記した。外国の人にも日本の伝統的な行事を知ってほしいし、日本文化を発信したいと思ったからだ。そして将来的に、日本にやって来て滞在したり働いたりする外国人が増えるとわたしは予想していて、彼らにも日本の伝統的な行事を知ってもらったほうがいいと考えた」
 わが国の無形財産である美しき伝統的な行事が廃れることで、日本人の精神文化が危機的状況にあることへの、氏ならではの取り組みと言えよう。
 地域に根ざした農業協同組合としても、「世間」の消失、地域社会の疲弊、共同体意識の喪失、には同じ危機意識を共有しているはずである。
 本書の公式サイトでは、「制作中、まるで朝日が昇ってくるように、日本の伝統行事に対するわたしの基本的な態度が、自然に浮かび上がってくる瞬間があった。それは『敬意と愛情』で、通常だと言葉にするのが少し照れくさい感じもあるが、不思議なことに『日本の伝統行事』に対しては、素直にそう思えて、副題とすることにした」と記されている。
 この副題を本節の見出しとした。

◆神楽の教え

 村上氏の序文を読んで思い出したのが、反TPP論者の中野剛志氏による『反・自由貿易論』(新潮新書、2013年)に書かれていた興味深い内容である。氏は、講演で広島県の中国山地の農村を訪れたとき、車窓から見える山村風景に、「なるほど。この村はたしかに厳しいな」と思った。ところが講演の後、神社の祭礼で行われる伝統的な歌舞である「神楽」をはじめて見て、認識を一変させることになる。「ハイライトのシーンでは、観客席は興奮のるつぼと化し、特に最前列を占める少女たちは熱狂して気を失わんばかりで、さながら人気絶頂のアイドル・グループのコンサートのようでした。...神楽が盛んな中国地方の山間部の農村では、『神楽をやりたい』という理由で多くの若者が地元に残っているというのです。...神楽のような地元に根ざした伝統芸能が、高齢化と過疎化を抑制し、山間部の小さな農村を生き生きとしたものにしていたのです」(127頁-128頁)と、衝撃的な体験としてレポートしている。
 その体験から、「これは、経済理論や経営理論からは見えてこない、圧倒的な現実でした。日本の農業に必要なのは、規制緩和と資本の導入による経営の大規模効率化ではなく、地元のお祭りのような人と人とのつながりや、農村に伝わる文化といった精神的な要素だったのです。...自由貿易やグローバル化を支持し、TPPや構造改革を訴える人にとって、日本の農家や農村は『無駄』で『非効率』で『古い』ものでしょう。(小松注:地元の農協の)組合長が長年培ってきた常識や知恵も、彼らが生活する農村共同体も、そしてその農村共同体をつないでいる伝統文化も、生産や貿易を妨げる『障壁』であり、取り除かなくてはいけないものと考える。...TPPを巡る騒動は、まさに『日本的なもの』が破壊されていく過程でした。そして、反対派が何とかして守りたかったのも、この『日本的なもの』だったのです」(128頁-129頁)と、結論づけている。
 村上、中野両氏が危惧していることと、評価し守り通さねばならないものは何かが、期せずして同じであることには、注目しておかねばならない。
 
◆ナショナル・シンボルとしてのコメ

 中野氏はさらに『国力とは何か』(講談社現代新書、2011年)において、「農業は、その国の気候、地形、風土によって固有の性格を帯び、ナショナル・アイデンティティの一部を形成する。農業が持つ古い歴史や伝統もまた、ナショナル・アイデンティティの源泉となる。日本のコメがナショナル・シンボルとなっているのは、その典型的な例である」としている。
 筆者も広島県北部のJAを訪問した際、中野氏と似たような経験を通じて、神楽の重さを感じた。そして、広島県において集落営農による稲作が盛んであることに、この神楽の存在が少なからぬ影響を及ぼしていると推察している。この推察に大きな誤りがないとすれば、地域の伝統文化がナショナル・シンボルを守り支えていることになる。
 この歴史的事実に対して、地域に根ざした組織である農業協同組合も農業者も誇りと自信を持つべきである。そしてその価値を認めず、破壊しようとする連中に対しては、声を大にしてこう言わねばならない。
 「地方の眼力」なめんなよ

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