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コラム:地方の眼力

【小松泰信 岡山大学大学院教授】

2017.02.08 
高齢農業者を下流老人では終わらせない一覧へ

 「久しぶりに支店勤務になって、高齢者世帯の経済格差が顕著なことに驚きました。これだけの年金、何に使われるのだろう、と余計な心配をしてしまうご夫婦がいるかとおもえば、これだけの年金でどうやって生活されているのだろうか、とつい気の毒に思ってしまうご夫婦もいる。後者に多いのは農家として頑張ってこられた方です」と、JA職員に教えてもらったのは5年ほど前。悲しいかな、その格差は確実に広がっているようだ。

◆地方農家の貧困

 藤田孝典氏は、『続・下流老人 一億総疲弊社会の到来』(朝日新聞出版、2016年)において、〝地方に暮らしながら月5万円で生活する江藤さん(仮名)〟という見出しで、地方農家の貧困実態を例示している。
 「...江藤さんがこのような低収入でも暮らしていけるのは、持ち家があること、そして食べ物の多くを自家栽培したり、隣近所と物々交換したりして揃えられる環境にあるからだ。...特に地方の山間部などは自営で農業や林業を営む方が多く、厚生年金に加入していない場合が多い。夫婦2人でも年金受給額が月に10万円に満たない世帯も珍しくないのだ。...持ち家や田畑があるからどうにか暮らしていけるものの、現金収入だけをみれば、これは明らかに貧困といっていいレベル」とのこと。
 そして、「...低収入であっても、精神的には満ち足りた生活を送っているのだろう。だが、江藤さんの生活は非常に危ういバランスの上に成り立っている。...世代交代がなされず、全員が高齢化した村では、住民同士の〝共助〟の糸は簡単に切れてしまう。健康なうちはいいが、自力で動けなくなったときに生活を支えるシステムがまったくない」ことに、危機感を募らせている(82頁-84頁)。
 
◆〝共助〟依存が貧困の連鎖を招く

 加えて、都市部と地方の間にも埋めがたい格差や断裂が存在するとのこと。
 「『地方ではお金がなくても暮らしていける』といえば聞こえはいいが、別の見方をすれば、本人たちが貧困状態にあることに〝気づいていない〟、もしくは貧困に〝慣らされている〟状態であるともいえる。だから、たとえ生活が苦しくても、誰も声を上げようとしないし、それが異常であるとも気づかない。こうして〝サイレント・プア〟とも呼べる人々が、静かに増殖していく。...集落全体が一般社会から切り離され、所得面でも情報面でも孤立無援化してしまう」(117頁)ことを、地方の貧困の特徴にあげている。
 「...〝自然由来の資産〟が豊富にある。そんな自然の恩恵をフル活用し、さらに高齢者同士が助け合えば、十分に暮らしを成り立たせることは可能であろう。だが問題は、このような互助的なシステムには『持続可能性がない』ことだ。...このような閉鎖的なコミュニティでは、貧困は個人だけでなく全体の死活問題となり得る。...互いをつないでいた『共助』の糸が切れた瞬間、双方が一気に最底辺まで転落しかねない」と、共倒れの可能性を指摘したうえで、「近い将来、まるでパンデミック(多地域同時大流行。感染爆発;注小松)のように、日本のそこかしこの集落が次々に貧困化する可能性も、考えておかねばならないだろう。...現状では十全な社会保障サービスがないからこそ、共助によって自己解決せざるを得ないといった側面があることにも、ぜひ意識を向けてほしい」(下線は著者)と警鐘を鳴らし、〝最低限の暮らしを担保できるような社会保障サービス〟の必要性を強調する(118頁-119頁)。
 
◆生業扶助の活用

 以上のような考察から、農業や林業などの自営業を営む高齢者に対して「生業扶助」(生活保護制度における扶助の一つで、生活保護受給世帯や生活困窮世帯の収入増加や自立を助けるための給付金。ここでは小規模な事業を行うための資金を支給する「生業費」が該当。原則として現金で給付される;注小松)の広範な支給を提言している。
 地方の第一次産業などでは、「毎月いくらかの現金支給さえあれば、事業を継続していける場合も少なくない。そのため廃業してから生活保護を丸々申請するよりも、補助金という形で生業扶助を利用していったほうが、財政的にもよほど効率的」というのが、その提案理由である(132頁-133頁)。
 高齢農業者の経済的状況はすでにそのような扶助が必要な段階に来ている、というのが生活保護や生活困窮者支援のあり方に積極的に提言してきた藤田氏の見立てである。

◆JAの責任と許されぬ政治の不作為

 読売新聞(1月29日)は、国際民間団体・オックスファムが、世界の裕福な上位8人が持つ資産の合計が、貧しい生活を送る世界の半数分(36億人分)に匹敵するとの報告書をまとめ、「格差は社会に亀裂をつくり、民主主義を脅かすと警告し、経済の仕組みを根本的に改めるよう訴えている」ことや「...大富豪や大企業が、税金や賃金の支払いを抑えようとすることが格差拡大につながっていると分析。各国が、課税逃れの阻止と法人税の引き下げ競争の回避に協力し、適正な賃金が支払われる環境を作るべきだと指摘している」ことを伝えている。
 おそらくわが国においても、似たような状況であろう。ネットで知り、メディアにもっと取り上げられるニュースかと期待したがこの程度である。昨年上半期にメディアを賑わせたパナマ文書関連ニュースもしかり。その筋からの圧力が働いたはず。げすの勘ぐりではない。げすどもの普段の行状から容易に想定されること。
 〝地方創生〟であるとか〝一億総活躍の国創り〟を本気で目指すのならば、目をそらすことなく内向きの議論をすべきである。良き内政は内省からはじまる。
 情況はきわめて深刻である。ゆえに、地域に根ざしたJAの責任はますます重くなっている。しかしJAをめぐる一連の動きは、その責任を果たさせない方向に進んでいる。高齢となっても食料生産と多面的機能の創出に多大な貢献をしている農業者の人生を、下流老人として終わらせかねない政治の不作為を絶対に許してはならない。
 「地方の眼力」なめんなよ

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